第8章最終回 第595話 日常に戻る

※近況報告に新しいタイトル絵を投稿しました。是非ともご覧ください。


「ディート、ありがとな」


「助かったぞ、ディート」


 俺とシュリはディートに礼を告げるとディートの部屋の外に出る。


「すまんな、あるじ様よ」


 ディートから渡されたバナナの苗木を抱えていると、シュリが俺を見上げて声を掛けてくる。


「いや、構わんよ。ってか、俺が全部食っちまったのがそもそもの原因だからな… これぐらいの罪滅ぼしは付き合うよ」


「ふふっ、そうか…では、あるじ様にバナナの植え付けを心置きなく手伝ってもらうとするかのう…」


 シュリはふっと笑みを浮かべると温室に向けて歩き出す。



 今、俺の領地ではヴァンパイアの襲撃が終結した事で、今まで停滞していたことが、急に動き始めている。今から始めるバナナの植え付けもその一つだ。あのイグアナ騒動の時に、シュリがバナナの成長促進剤を集めていたが、ヴァンパイアの襲撃でディートも何かと忙しくしていたので、ようやく成長促進剤を調合して貰えて、こうしてババナの苗木を作ることができたのである。


 そういう訳で、俺がバナナの苗木とスコップを担いで、シュリが鉈を携えてなんだか、爺さんと婆さんが畑に行くような感じだ。


「なぁ、あるじ様よ…」


 前を歩くシュリが歩きながらチラリと肩越しに俺を見てくる。


「なんだよ、シュリ」


「この前のカローラの家族の討伐の件じゃが…いくらなんでも酷過ぎるのではないか?」


「酷過ぎるってなんの事だよ…」


 するとシュリがジト目で睨んでくる。


「カローラの母親の事じゃ… 夫を殺した後に致して孕ませるとは… いくら敵とは言えカローラの母親じゃぞ? やる事が鬼畜過ぎるわ」


「あぁ…その事か…それには深くて複雑で切実な理由があるんだよ…」


「どんな理由があるんじゃ、わらわが聞いてやるから言ってみい、あるじ様よ」


「実はだな…向こうの方から致してくれって頼んで来たんだよ…」


「はぁ!?」


 シュリはバカにしているのかと言わんばかりの顔で立ち止まって振り返る。


「怒るなシュリ、それと話は最後まで聞け… なんでも、夫の身体は消滅してしまったが、魂はまだ近くを彷徨っているので、ヴァンパイアの秘術を使って、すぐに子を孕めば、夫を転生させることが出来るって言って来たんだよ…」


「そうだとしても、あのカローラの両親は今回の騒動の主犯格で許す事は出来ないと…あるじ様自身がカローラに告げたんじゃろ? なのにどうしてあの場になって母親の頼みを聞いて二人を助ける事にしたのじゃ?」


 シュリは肩眉を上げて怪訝な顔をする。


「それがな…今回の騒動はあの二人が企てた事では無くて、ただ操られていたようなんだよ…」


「カローラの両親が操られていた? 一体、誰に操られていたのじゃ?」


 シュリは再び前を向いて歩き始める。


「魔王だよ…あの二人は魔王に操られていたんだよ…」


「あぁ、なるほど… プリンクリンやエイミーの様に魔王に操られていた訳と言う事か…」


「そうだ、でも今回はその二人と違ってな…ちょっと奇妙な事があったんだよ… シュリはカマキリに寄生するハリガネムシというのを知ってるか?」


「あぁ、畑仕事をしておるから知っておるぞ、黒くてうにうにとしたところが…わらわは嫌いじゃ…」


 シュリは本当にハリガネムシが嫌いなのか顔を顰める。


「それが…ハイエースの身体から出てきたんだよ…蛇サイズのな」


「うわぁ、それは気色悪いのぅ… 話を聞いているだけでも鳥肌が立ってくるわ」


「それでそいつはヤバい奴だって聖剣が騒ぎ出して、カローラの母親に飛び掛かろうとしていた所を切り飛ばしたんだよ、しかも後でディートに調べて貰おうかなって思って死骸を持ち帰ろうとしたら、聖剣が死骸すら残すな燃やせって言い出したんだ」


「なるほど…そんな事があったんじゃな… あるじ様が二人を許した理由が分かったわ… それで、結局カローラの母親はどうしたのじゃ?」


 シュリは鳥肌を擦りながら尋ねる。


「あぁ、流石にここに置いておくわけにはいかないから、丁度連絡があったホラリスで面倒見てもらう事にしたんだよ、あそこなら神官だらけで悪さをする事は出来ないからな」


「ホラリスから連絡? なんの連絡があったんじゃ?」


「カローラが死霊魔法で死者から証言を聞き出す事が出来るって話をしていただろ? ホラリスには死霊魔法が使える人間がいないから、またカローラに来てくれって話があったんだよ。だから、同じように死霊魔法を使えるセリカの面倒を頼んだんだよ」


「なるほどな…ホラリスにとって必要な人材じゃし、神官だらけだからセリカが悪さを出来ないという事か…渡りに船じゃな… しかし、どうやってホラリスまで送ったのじゃ? さすがに一人では行かせられんじゃろ」


 通路を進んでいると、アイリス嬌声事件があった現場が見えてくる。俺はそこを見ないふりをして横を通り抜ける。


「そこは、ブラックホークに護送を頼んだんだよ。アイツはヴァンパイアハンターと呼ばれる冒険者だし、それに妹のルミィー…を一度実家に帰るって言ってたからついでに頼んだんだよ」


「いやいやいや、ブラックホークのご両親も、息子が自分たちが産んでいないはずの妹を連れ帰ったら、ついに息子がそこらの少女を攫ってきたと思われて困惑なさるじゃろ!」


「いや、俺からの両親に宛てた手紙をルミィーに託して、本人からも事情を説明するように伝えているから大丈夫だろ…多分…」


「事情が伝えられるとしても…息子が嫁を連れ帰るのではなく…どこの子か知らぬ娘を妹として連れ帰るとはのぅ… ご両親も気の毒じゃて… ところであるじ様よ…」


 シュリは今度は神妙な顔で振り返って立ち止まる。


「ん? なんだ?」


「その…あるじ様はルミィーが…カローラの弟…デミオだと分かっておるのじゃろ?」


「ん~ 分かっているけど、今はカローラの弟デミオではなく、ブラックホークの妹ルミィーと言う事になっている…それ以上言及するつもりはないよ」


「そうか…それともう一つあるじ様に言っておかねばならぬことがあってのぅ… カローラの双子の妹の事じゃが… 今は力を失って大人しくしておるし、躾や面倒もカローラに責任を持って見させる。カローラの手に負えん場合はわらわも協力するつもりじゃ! だから…カローラがあの双子を吸収した事を許して欲しいのじゃ…」


 シュリは子供が拾ってきた野良猫を飼っても良いかと親に言うように懇願してくる。俺はそんなシュリの姿にふっと笑みが込み上げて来て、その頭にポンと手を置いて進み始める。


「分かったよ、それにカローラがもう吸収したんだろ? ならもうカローラの一部だ。それに今回の悪者はカローラの家族でなく、それを操っていた魔王だ… だから、処分しろなんて言わないよ、ちゃんと面倒見てやれ」


 俺がそう答えると、シュリは息を弾ませながら駆け寄ってきて、俺の腕に飛びつくように組んでくる。


「ありがとうなのじゃ! あるじ様っ!」


「でも、領内で絶対に元の姿にはさせるなよ… これだけは絶対命令だ」


「わかった! カローラにも言っておくのじゃ!」


 シュリはご機嫌な顔で答える。


「なんか色々話をしていたら、いつの間にか目的地についていたな」


 そう言って俺はシュリのツリーハウスの横にあるバナナの木を見上げる。


「では、まずは切り倒すとするかのう」


 シュリはそう言うと、鉈を取り出す。


「本当にマジで切り倒すのか? こんなに立派に育っているのに…」


「立派に育っておると言っても、もう実をつけん、独活の大木と同じじゃ」


 シュリはそう言うと、バナナの木に鉈を振り上げる。


「あ…」


 しかし、シュリは何かを見つけたようで、鉈を振り下ろすのを止める。


「どうしたシュリ、やっぱり自分の植えた木が惜しくなったのか?」


「芽じゃ…芽が生えておる… バナナの親木の脇から新芽が生えて来ておる!」


「えっ? 新芽が?」


 俺はシュリと顔を揃えてバナナの木の根元を覗き込む。するとバナナの親木の脇から、青々とした可愛らしい新芽がいくつも生えていた。


「おぉ~ バナナってこうやって増えていくのか~」


「一度しか実をつけん効率の悪い植物じゃと思っていたが、なるほど、こうやって何本もはえていくのじゃな」


 何本も生える新芽を見て、シュリは顔を綻ばせる。


「では、親木を切り倒すか」


「えっ!? やっぱり切るの!?」


 ここは親木を切らずに新しい場所に苗木を植える流れだと思っていたのだが…


「あたりまえじゃ、このまま親木が生えておったら新芽の日当たりが悪い、それに親木は細かく刻めば豚などの餌になる」


 シュリのこういう所はやっぱりオカンだわ…


 そんな時、背中から懐かしい声が掛かる。



「イチロ~さま~!」


 くるりと振り返ると、お土産を渡そうとして全然見つからなかったコゼットちゃんがこちらに駆けてくる姿があった。


「おっ! 久しぶりだな! コゼットちゃん! 全然、見かけなかったけど、どこ行ってたんだよ!」


「えっとね、疎開してきた人の中にお友達が出来たから、その子とずっと遊んでいたの!」


「へぇ~ そうなんだ、どんなお友達ができたんだ?」


 俺にじゃれてくるコゼットちゃんの頭を撫でながら尋ねる。


「イチローさま、あの子よ!」


 コゼットちゃんは後ろに佇む女の子を指差す。その子はコゼットちゃんより一つか二つ年上で、黒髪の黒目の美少女だ。しかし、何か違和感の様な物を感じる。ここの領民にしては品があるし、全体像も何て言うか…日本人形にここの世界の服装を無理矢理着せたような感じがある。


「こんにちは、初めまして…私はセクトリアと申します。アシヤ・イチロー様… コゼットちゃんに貴方様の事を聞かされて、かねがねお会いしたと思っておりましたが、ようやくこうしてお会いすることが出来ましたわ」


 セクトリアは見た目よりもかなり大人びた口調で話す。


「セクトリアちゃんね、イチローさまに会いたかったけど、中々会えなかったの… そして、もう元の住んでるところに帰らなくちゃいけなくなったから、私が最後に会えるように連れてきたのよ!」


 コゼットちゃんが褒めて褒めてと言わんばかりに説明してくる。


「そうか、城下に残る者もいるが、殆どの者が元居た場所に帰るからな… 場所によっては中々ここまで来ることは出来んからな… それで俺に会えて満足できたか? セクトリアちゃん」


「えぇ! 想像以上の方で大変満足させて頂きましたわ! でもこうして会えたのに元の場所に戻らねばならないのは残念ですわ… もっとイチロー様の事を知りたかったのに…」


 セクトリアちゃんは上目遣いの流し目で俺を見てくる。


「ハハハ、可愛い女の子にそう言ってもらえると嬉しいな~ まぁ、同じ領内だし、何かの切っ掛けがあればまた会えるよ」


「分かりましたわ、イチロー様、それは帰る準備をしなくてはならないので失礼致しますわ」


 セクトリアちゃんはカーテシーで挨拶すると俺の前から立ち去っていく。


「イチローさまっ! 私もセクトリアちゃんのお手伝いしてくるから、またねぇ~!」


 コゼットちゃんも手を振りながら温室を後にした。そして二人が温室から姿を消した後、俺は独り言のように呟く。


「…あの子…どこかの貴族の娘か? もしかして、ここを偵察に来たのか?」


「あるじ様よ、スコップを持っているなら穴をほってくれ」


 先程の女の子に違和感を憶えていた俺にシュリが仕事を言ってくる。


「あぁ、分かったよ、苗木を植えて、一杯バナナが喰えるようにしないとな!」


 俺はシュリと一緒にバナナの苗木を植え始めたのであった。





















………


……




 玉座の間の扉がバタリと開かれて、そこに黒髪の少女が姿を現し、玉座の間に控えていた異形の者は少女の登場に恭しく膝を折る。



「お帰りなさいませ…王よ…」


「私の留守はどうであった…ヒドラジンよ」



 黒髪の少女は、膝を折る異形の者の横を気にも留めず通り過ぎ、当然の様に王の座るべき玉座に腰を下ろした。



「すべからく事もなしでございます」


「そう…」


 

 少女は玉座の上から見下ろしながら返事をする。



「それで王よ…ご自身のその目で確認されるという事でしたが…あちらは如何でしたか?」


「そうね…力はそこそこだけど… 洗脳は全くダメね… 元々の性格が温厚過ぎて、期待したように暴れてくれなかったわ… 特に関係者や血の繋がった者に対しては手心を加えすぎて期待外れも程が過ぎるわ」


「ははっ! それでは洗脳の強度と素材の選定の両方で改良を進めていきます」


 異形の者は一段と頭を下げて答える。


「でも…楽しかったわ…」


「被検体の事でしょうか?」


「違うわ! あのアシヤ・イチローの事よ! あの男、何を仕出かすか全く分からないわ! それでいて、信じられない方法で盤面をひっくり返すのよ! 面白くて面白くてたまらないわ! 私、どうしてもあの男が欲しくなってしまったわ!!」


 今まで人形の様にすましていた少女は発情しているように感情を露わにする。


「では…あの男をこちらに引き込む策謀を計画し、念密に準備致しましょう」


「そうしてみるといいわ! あの男、本当に何をやらかすか分からないから、貴方も楽しめると思うわ!」


 少女の機嫌のよい笑い声が玉座の間に響き渡った。




※新章プロット作成の為、しばらく投稿をお休みします。


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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