第592話 愛ゆえに…

「終わりの時!? 一体、何をっ!!」


 カローラの言葉にハイエースがそう問い返した時、ハイエースたちは再び信じられないものを目の当たりにする。


 凄まじい轟音と共に、この部屋の天井…いや、この館の屋根がまるで砂の城を手で払うかのように何者かの熱線魔法の様なブレスで一瞬で吹き飛んだのだ。


 ハイエースやセリカ、レヴィンにトレノ、そしてデミオは唖然としながら、一瞬で吹き飛ぶ天井を見上げて驚く。天井のみならず館の屋根までもが、砂の城を手で払うように一瞬で吹き飛ぶような事があるのだろうか!? 自分たちは夢や幻でも見ているのではないか!?


 そう思ったのも無理がないほどの一瞬の出来事である。しかし、そんな夢や幻と思わせる現象から皆を一気に現実に引き戻したのが、吹き飛ばされた天井の後に見える真っ青な青空、そしてそこに燦々と輝く太陽の姿である。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ひぎぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 すぐさま、双子の姉妹が日の光に焼かれて悲鳴を上げる。


「お、お父様!!! 身体がっ!」

「貴方!! 身体が焼かれるわっ!!」


 デミオとセリカも苦痛の悲鳴を上げる。


 人間にとっては何でもない日の光であるが、ヴァンパイアにとっては鉄をも溶かす高熱の炎に炙られるのと同義である。


 家族たちが容赦ない日光で焼かれる中、ハイエースは刹那の時間で考える。

 カローラはあの時、最後の時と言った。そして、それと同時に館の屋根が吹き飛ばされた… もしかするとカローラは私たちと共に無理心中をするつもりだったのか!?

 いや、そんなことよりも、早く何とかしないと私の家族たちが日の光に焼かれて消えてしまう!!!



「えぇい!! ままよっ!!!」



 ハイエースは家族を守る為、日陰に逃げる僅かな時間を稼ぐためにも、自身が持つ全ての魔素を使い、吹き飛ばされた天井の代わりとなって、日に焼かれる家族たち…セリカ、レヴィンとトレノ、デミオ、そしてカローラの上に天井替わりとなって覆いかぶさる。


 その時、ふいに驚く顔をしたカローラと目が合う。



「どうして…パパ! 私まで!」



 カローラは驚く表情をして、幼いころの呼び名で父を呼ぶ。そして、ハイエースも驚きの目でカローラを見る。



「カローラ!! どうしてお前は日に焼かれていないのだ!?」



 ハイエースは日の光に焼かれながらも困惑して考える。カローラも日の光を全身に浴びたはずなのに、染み一つないヴァンパイア特有の白い肌をしていた…

 もしかして…もしかすると…カローラは…あのヴァンパイアの伝説の存在…ヴァンパイアの中のヴァンパイア…ヴァンパイアとして長年生き永らえたハイエースですら、その片鱗にも辿り着けなったデイ・ウォーカーに辿り着いたというのか!?



「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ひぎぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 

 日の光に焼かれて所々漏れる日差しに追われて、錯乱したレヴィンとトレノの二人が、館から丘の下へと転げ落ちていく。



「ぐあぁぁぁぁ!! これ以上は持たないっ!!」



 同じく片手を日よけに変化させていたデミオが、先程の破壊で壁が崩れて見えていた階段下へと逃げ去っていく。



「貴方! これ以上は貴方も持たないわ! 早く来てっ!!!」



 ハイエースの作った日よけで難を逃れたセリカが、リビング備え付けの家具を引き倒し、そこに現れた隠し通路から手招きする。確かにこれ以上は身体が持たない。早くセリカのいる隠し通路の入り口に逃げ込まねばハイエースは消え去ってしまうであろう。

 しかし、そこへ逃げ込んでしまえば、ハイエースは二度と日の目を見る様な表立った行動は出来ず、こそこそと陰に隠れて生きなければならないだろう…


 だから、カローラと言葉を交わすのは最後の機会であった。


 ハイエースはカローラに向き直る。



「カローラよ…これからはお前がプライマ家の家長…当主として名乗るがよい… しかし、私は父として、元当主として、お前の一部となる事は出来ぬ。元当主としての矜持だ!」


「パパ…」



 カローラは再び幼いころの呼び名でハイエースを呼ぶ。



「さらばだ…カローラ… 達者に生きろよ…」



 ハイエースは娘に笑顔を送ると、セリカのいる隠し通路の入口へと駆けこんだ。



「パパァァァ!!!!!!」


 

 娘カローラの悲痛な叫びを背にハイエースとセリカは隠し通路の中へと姿を消し、その隠し通路の入り口は崩壊を続ける館のがれきに埋もれていくのであった。



………


……




 子供たちとは別れてしまったハイエースとセリカの二人は薄暗く狭い通路の中を肩を寄せ合いながら歩いていた。


「貴方…お身体は大丈夫なの?」


 衰弱して荒い息遣いの夫に、セリカは心配して気遣いの声を掛ける。


「大丈夫だ…逃亡するだけなら問題ない… ただ…先程の日光に焼かれて… 大半の魔素を消失してしまった… もはや上位ヴァンパイアどころか、下級ヴァンパイア…いや、そこらの下等種どもぐらいの力しか残されておらぬ…」


 そんなハイエースの言葉に妻セリカは悲し気な顔をしつつ笑顔を作って労わりの言葉を掛ける。


「私たち全員を日の光から守ろうだなんて…無理をなさったから… でも、良いですわ… 私たちが最初に出会った時のように、二人肩を寄せ合いながら細々と暮らしていきましょうよ… しかし…あの可愛かったカローラが私たちに歯向かうなんて…人間たちに唆されてしまったのかしら…」


「…セリカよ…カローラの事で嘆く事はない… 我々…いや…私が判断を誤ったのだ…」


「どういうことなの? 貴方…」


 セリカは忸怩たる思いに駆られるハイエースの顔を覗き込む。


「私たちがまだヴァンパイア狩りの冒険者たちや神官たちに脅えながら暮らしていた頃に、ようやく授かった子供…カローラ… 折角授かった子供を大切にしたい…その思いから、私は過保護にそして甘やかして育ててしまった… その結果、カローラは自堕落で甘えん坊な子供に育ってしまった…」


 セリカは自分も同じようにカローラを可愛く思い、過保護に甘やかしてきた事を思い出す。


「だが魔王様と謁見する機会を得た時に、力を与えられ、そして来るべき時に備えて戦力を貯える様にと命じられた時… 私は戦力にならないと判断したカローラを… 今から考えるとどうしてその様な判断をしたのか分からないが… 追放する事を決定した」


 ハイエースの言葉にセリカ自身も魔王との謁見の後、あれほど溺愛していた長女カローラの追放を、すんなりと受け入れていた自分自身に疑問を感じていた。


「そして、追放してから数年後…私たちの前に再び現れたカローラは、弟妹達を圧倒し、ヴァンパイアには不可能と思われていた神聖魔法を会得して… そして…遂には全ヴァンパイアが希求する存在… ヴァンパイアの頂点、伝説のデイウォーカーに至っていた…」


 セリカも青天白日に晒されても、染み一つ焼かれる事無く、悠然と立つ愛娘カローラの事を思い出す。


「僅か数年であれ程までに成長したカローラ… 私はカローラの育て方を誤っていたのだ… 初めて生まれた娘を溺愛するあまり… 過保護にそして甘やかして… カローラの可能性を摘み取っていたのだ…」


「それは貴方だけの責任ではありませんわ…私もです… 愛しい娘を溺愛して甘やかす… 人間たちに言わせれば、それは愛玩動物に対する接し方で、自分たちの老後や死後の事を考えれば、その様な育て方をするべきではない… でも私たちはヴァンパイアで不死者…永遠に生きる事が出来る… だから、ずっと愛娘の手元に置いておきたい… 私も心の片隅でそんな思いを抱いてカローラが独り立ちできなくてもいいと… そんな育て方をしてきたのです… 私も同罪なんですよ…」


 ハイエースの言葉にセリカも自ら犯したカローラに対しての罪の告白を行う。だが、それはハイエースもセリカもカローラを愛するあまりに犯してしまった親としての罪なのである。

 

 そんなセリカの方をハイエースは優しく抱き寄せる。


「そうか…お前もだったのか…セリカ…」


「えぇ…そうよ…貴方…」


 セリカもハイエースに肩を預ける。


「これからは羽ばたくカローラの活躍を二人、陰ながら見守ってやろう…」


「そうね…今は落ち伸びて… 別れてしまったレヴィンとトレノ、デミオたちも探してやらないとね… そうして、また家族一緒に暮らしましょう…」


 セリカは瞳から零れ落ちる涙を拭う。


 そんな時、二人が進む隠し通路の先から声が響く。



「悪いが…そんな事はさせてやれないんだよ… ホント、悪いがな…」


 薄暗い通路の先に、淡白く光る剣を携えた男の影が見え始めた。


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