第591話 最後の時
プライマ家の者たちは目の前でカローラの起こした信じられない現象に驚愕して、言葉を失い唖然とする。自分たちヴァンパイアの家族であるカローラが神聖魔法を使う様を見た。しかし、ヴァンパイアが神聖魔法を使う事は人間に例えれば、自分の服を使って火を使うような自傷行為と同義だ。
そもそも悪魔や邪神を崇拝するならまだしも、全知全能の創造神が定めた命や魂の理に反して不死者として存在するヴァンパイアが善性の神を信仰するなどあり得ない話だ!
「あ…貴方…今、カローラが…」
セリカが目の当たりにした光景を信じられずに夫のハイエースに声を掛けて尋ねる。
「あぁ…私にもカローラが神聖魔法を使ったように見えた… 一体どういうことなのだ!?」
ハイエース自身も家から追放したはずの自堕落な娘が、精力的な弟妹達を圧倒し、尚且つ本来使う事の出来ないはずの神聖魔法まで使いこなしているのである。とても信じられない状況だ。
「ちょ…ちょっと! ヴァンパイアなのに神聖魔法を使うなんて…あんた何考えているのよっ!」
「そうよ! 私たちを驚かせる為にズルやイカさまを使ってんじゃないの!?」
両親の言葉を聞いてカローラが神聖魔法を使ったと分かった双子はカローラに避難の言葉を浴びせる。
「私はホラリスでその神に対する敬虔な祈りの姿勢から、スタインバーガー枢機卿自ら神官の資格を頂いたのよ…ズルやイカさまではないわ」
「…ヴァンパイアであるあんたがホラリスで神の祈りを捧げたっていうの!?」
「あんた…追放した私たちに復讐するためにそこまでするのって…頭おかしいんじゃないのっ!!」
「追放した事の復讐? 今はそんな事は考えていないかな… 当時の私はニー…いや自宅警備員だったわけだし…」
今まで淡々と言葉を交わしてきたカローラであったが、この返答の時だけは、皆と一緒だった時の仕草で答える。
「でも! 昨日は私たちを散々痛めつけてくれたじゃないの!」
「そうよ! お陰で姿を維持する為の魔素をかなり失って、身体を小さくしなくちゃいけなくなったのよ!」
言われて二人の姿を見てみると一回りか二回りほど小さくなっている様に見える。
「昨日のアレは貴方たち二人がゲームでイカさました事のお仕置きと、二人だけ依怙贔屓してもらった事に対する嫉妬よ…復讐ではないわ」
「では、どうして我々の前に姿を現わしたのだ…」
娘たちの会話を聞いていてある程度の事情を察したハイエースは、何故、今日この場に娘が姿を現わした事について尋ねる。
すると娘のカローラは父ハイエースに向き直り、一度物憂げに目を伏せた後、再び顔を上げ決意を秘めた瞳を父ハイエースに向ける。
「会話をしたかったのも確かですが… 実際の所、これだけの大事をしてしまったプライマ家の者は人類側の勢力が放っておくわけがありません… 例えイチロー様が私の家族と言う事で見逃してくれたとしても、他の勇者たちが皆をつけ狙いいずれ討ち取られる事になるでしょう」
確かにカローラが追放される前のプライマ家はヴァンパイアとしてはまだ幼いレヴィンやトレノ、デミオがいた事で目を付けられるような大逸れた事はせず、嫌われ者や独り暮らしをする者等を狙いこっそりと生きてきた。今回の様にプライマ家の名が世間に広まる様な事は避けてきたのである。
だが、魔族の王である魔王と接する機会があり、そこで魔王に目を掛けてもらった父ハイエースが魔王より新たな力を与えられた事で、陰に潜むものではなく、大きく人の世に打って出る事を始めたのである。
「いずれ皆は人の手によって討ち取られる… その時は人間たちの怨恨の念によって筆舌に尽くしがたい方法で滅ぼされるでしょう… ならば!」
カローラは闇の触手に持った剣を構え直す。
「怨恨の念を持つ人間たちの手に掛かる前に、私が皆に引導を渡してその魔素を吸収し、私の一部となり、私の中で生きてもらおうと思ったのです!」
「カ…カローラ… お前が…我々を吸収するだと!?」
あの自堕落で母セリカの世話がなければ一人では生きていられなかった娘が、自分たち家族を吸収するという言葉を発している事に、ハイエースは更に驚愕する。
「私たちがあんたに吸収されるですって!?」
「そんな事が許されるわけがないでしょ!!」
双子の姉妹が怒りに任せてカローラに襲い掛かる。
「昨日はたまたま本体を見破られただけ!」
「私たちの分身二重攻撃を見切れるはずはないわ!!」
双子は昨日と同じように分身を幾つも繰り出しカローラを挟み込むように攻撃し始める。
「本体を見切る必要はないわ、ただ全部切り伏せるだけ」
襲い掛かる双子の分身をカローラは神聖属性を付与した剣を持った無数の闇の触手で迎撃する。
「きゃぁぁぁ!!」
「うぎぃぃぃぃ!!」
本体を切り伏せられた双子は、痛みに悶えて倒れ込む。
「武器を持った者に挑むのだから、自分たちも武器を持って望みなさいよ… あれ?もしかして、武器まで分身できないの?」
ただ結果からそう予測したカローラの言葉を、自分たちを煽っていると思った二人は痛みの為に床の上に伏せながらカローラを睨みつける。
「くっ! 近接戦闘であれに対処するのは厳しすぎる! セリカ! デミオ! 魔法の遠距離攻撃で仕掛けるぞ! ダークランスだ!」
ダークランス、それはヴァンパイアたちが得意とする闇魔法で、漆黒の槍を撃ち出し、対象の身体を傷つけず、その魔力や魔素を奪い吸収する魔法である。カローラを強敵と認識を改めたハイエースはまずカローラを弱体化させる為にこの魔法の使用を思いついたのだ。
「分かったわ!貴方!」
「了解です! お父様!」
妻のセリカや、今まで肌着姿で会話に参加し辛かったデミオも、すぐさま反応してハイエースの側につき、ダークランスの準備をし始める。
ヴォン! ヴォン! ヴォヴォオオオオオオオオオオオオオンッ!
三人の周りにカローラの闇の触手の数を大幅に越える数のダークランスが現れる。
「ククク…カローラ、お前の闇の触手の数を圧倒的に上回るダークランスの飽和攻撃なら…防ぎきれまい! 食らえ!そして貫け! ダークランス・インフィニティ!!!」
その言葉と同時に無数のダークランスがカローラに襲い掛かる!!
「ではこちらも! 神の守護は我らを護り給う! complexus Dei!」
その言葉と同時にカローラを包む青白い防壁が現れ、その防壁に触れたダークランスは次々と消滅していく!
「なっ!!」
「いくら強力な闇魔法と言えど、相性が悪い神聖魔法の前では無力… では、こちらからも遠距離攻撃をさせてもらうわ…お父様」
「まさか! お前まで聖剣の下等種が使っていた技を使えるというのか!?」
「イチロー様の使っていた技? あぁ、ガトリングの事ですね…私はイチロー様のような圧倒的連射能力は持っていませんが…その代わり…」
カローラの周りに闇の触手を使った無数の発射孔が現れる。
「おっ!お前っ!!」
その圧倒的な発射孔の数にハイエースたちは驚愕し背筋に冷や汗が流れる。
「ティロ・フィナーレ・アル・ボーロ!!」
その言葉と同時に、イチローの様な聖氷弾の線の連射ではなく、面による斉射が行われる。この狭い室内での面による斉射ではどこにも避けようがない!
「クッ!」
「貴方!」
「お父様!?」
避けられないと咄嗟に判断したハイエースは側にいたセリカとデミオを引き寄せ、射撃に背を向け自分の身で覆い隠す。
バァァァァァン!!!
「グハァッ!!!」
イチローのガトリングは強力ではあったが、痛みは命中箇所一点であったが、カローラのティロ・フィナーレ・アル・ボーロは背中全面に激痛が走り、一瞬気を失いそうになる。
「貴方っ! 貴方ぁぁぁ!!!」
「お父様!! お父様!!!」
痛みに気を失いそうになるハイエースに、庇われた二人は必死に呼びかけ、その呼びかけによってハイエースは飛びそうになった意識を取り戻す。
「だ…大丈夫だ…二人とも…」
心配する二人にそう答え、ハイエースはゆっくりとカローラに向き直って立ち上がる。
「カローラよ…確かにお前は強くなった…」
「お父様…」
父からの言葉にカローラは思わず少し表情を崩す。
「だが…プライマ家の家長を… 我々家族を…お前に託すかどうかは別問題だ…」
そういうと、ハイエースはカローラに対して構えをし、表情を崩していたカローラの顔色が曇る。
「カローラ…我々をお前に託すに値するかどうか… 私が試してやる… 他の者は手を出すな!」
覚悟を決めたハイエースはカローラを見定める。その時、カローラの方から、チリンチリンと小さなベルを鳴らすような音が響く。
「な、なんだ?」
非常に残念そうな顔をして懐から懐中時計のような物を取り出すカローラにハイエースは声を掛ける。
「あぁ… 私の力が足りない為に…時間が来てしまいました…」
「一体、何の事をいっているのだ!?」
すると、カローラは悲しげな顔をハイエースに向ける。
「…終わりの時です…」
カローラがそう一言、言った途端に館全体を揺るがすような轟音が響き渡った。
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