第568話 気力を取り戻す

「あ… あぁぁぁぁ…」



 トマリさんが掠れる小さな声を漏らし始め、俺が出した現代日本の品物を手に取り始める。



「嘘… 本当に… 日本… 日本の品物… そんな… そんな… もう日本に帰る事も諦めて…マサムネも死んでしまったというのに… 今更なんで… なんでなのよ…」



 トマリさんは日本の品物を握り締め、絞り出すような嗚咽の声を上げる。



「トマリさん… そして、ヤマダ…」



 一応、意思が戻ったトマリさんと、日本の品物を懐かしそうに手に取るヤマダに過度な期待を持たせない為に補足説明をしようと考えて声をかける。



「一応、俺は現代日本に戻り、そしてこの異世界に帰ってきたが、それは全く偶発的な事で、人類側の技術ではなく、魔族側の…いや、多分、魔族側だけじゃないな… あれは魔族の技術と人類の祈りの力で発現したようなものだな… 兎に角、ほいほいと行って帰って来れるような物じゃない」


「はぁ? 魔族と人類の共同作業ってことかよ!? 一体、何があったんだよっ!」


 

 ヤマダは俺の言葉に訳が分からず、ハトが豆鉄砲をくらったような顔をする。



「詳しい事はまた今度話してやるよ… それよりも、以前のマサムネの話では、特別勇者の方でも帰る宛はある、意外と近い場所にあるって天文学者が言ってるって話をしてただろ?」


「あぁ… 俺も報告を受け取ったマサムネから話を聞かされたけど… 全然意味が分かんなかったんだ…」


「なるほど…マサムネもそれ以上の事は聞かされてなかったのか、それとも敢えて説明しなかったのか…今となっては分からんな… 兎に角…」



 そう言って、視線をヤマダから部屋にいる全員を見回す様に移していく。



「今からする話は、ここだけの話で絶対外には漏らさないで欲しい… いいか?」



 俺が皆にそう尋ねると、クリス以外の人は承知したように頷く。クリスは訳が分かんないと言った顔をしているので、話しても意味が理解できないであろう…



「俺が飛ばされていた…俺にとっては故郷の場所… そこは別の大陸でも無ければ、魔界や天界のような別次元に存在する所じゃない… この星の…一億二千万年後の未来だ…」



 俺の言葉にクリスを除く全員が驚いて目を見開き、息を呑んで唖然とする。



「えっ!? じゃあ… 俺は一億二千万年前の地球にタイムワープしたってことになるのか!?」



 ヤマダが驚きのあまり震えた声をあげる。



「なるほど… イチロー様の突飛な発想や、これらの原理すら分らぬ品物は遥か未来の物だったのですな…」


 そう言ってマグナブリルが日本の品を手に取る。


「いやいや、この時代と俺の居た時代が地続きで繋がっている訳じゃねぇよ、恐らく何度か完全に分断されていると思う…」


「では、私たち人類は魔族や魔王に滅ぼされるというのっ!?」


 ミリーズが声を荒げる。


「いや…それはどうか分からねぇ… 俺がいた時代でも歴史書や遺跡で遡れるのは五千年程だからな… その五千年前までここの歴史が続いていたかも知れないし、そうでないかも知れない… とりあえず、俺の時代で遡れる五千年の歴史に魔王や魔族ってものは無くて、人類が残っているから、どちらかと言うと滅ぼされたのは魔王や魔族の方だろうな…」


 俺の言葉にミリーズはほっと胸を撫で降ろす。


「それとな…俺の戻った世界に… その言いにくいが… 俺の子孫もいたんだよ…」


「イチローさん、ならやはり歴史が地続きで繋がっているんじゃないですか?」


 マリスティーヌが聞いてきて、それに同意するようにマグナブリルがうんうんと頷く。


「いやいや、そういう事を言いたいんじゃないんだ、この事はヤマダやトマリさんによく聞いて欲しい事なんだ」


 俺はマリスティーヌからヤマダとトマリさんに視線を向ける。


「その俺の子孫って奴も俺と同じで突発的な原因でその時代に飛ばされてきたようなんだよ… しかも、俺の事やカローラの事、そしてディートの事や聖剣の事まで歴史上の人物として知っている様だったんだ」


「それはつまり…イチロー様が亡くなった後の子孫と言う事ですかな?」


「そうだマグナブリル、どう記されているのか聞いてないが、俺や聖剣に会った事でびっくりするぐらいには歴史的な感じで、それでいてカローラが血の味で分かるぐらいには血の濃い子孫だ」

 

 マグナブリルの質問に答えたあと、再びヤマダとトマリさんに向き直る。



「つまりだ… 俺が歴史上の人物になるぐらいには俺の子孫が生き永らえていて、それでいて、その時代にも、俺とは別な方法で現代日本に帰る手段があると言う事だ…」



 トマリさんがわなわなと震える瞳で俺を見上げる。



「それとな…トマリさん…俺、現代日本に戻っていた時に…マサムネの実家に行って来たんだ…」


「…マサムネの実家に!?」



 俺はトマリさんの前に進みその肩に手をかける。



「あぁ…そこで奥さんと息子のムネチカに出会った…」


「マサムネの奥さん…マサムネの息子…」

 

「まだ小学生ぐらいだったが、稼ぎ頭のマサムネを失って母一人子一人で随分苦労している様だった… だから…トマリさん…こんなところで人生諦めたりせずに、自分の為にもそして、マサムネの息子ムネチカの為にも現代日本に戻るという目標を取り戻して、生きる気力を取り戻してくれないか?」


「現代日本に帰る…そしてマサムネの子供に出会う…私が?」


「あぁ、アイツは将来マサムネみたいないい男になると思うぞ… トマリさん…」


「そうね、逆光源氏計画をするのもよいわね」


 聖剣が余計な口を挟む。いや、そんな気持ちを持ってくれた方が生きる気力がわいてくるのか?


 どちらにしろ、俺たちの言葉でトマリさんが微笑を浮かべる。



「私を励ましてくれているのね… 諦めていた日本…そして諦めていたマサムネ… でも、そんな私に再び日本に戻ってマサムネの子ムネチカの為に生きろと言うのね… 分かったわ… 私、頑張って生きていく…生きていくわ!!」


「トマリ姉さん! やっと…やっと生きる気力を取り戻してくれたんだっ!」


「ヤマダ君、今までごめんね、そしてありがとう… 本来なら年上の私の方が頑張らないといけないのに、逆にずっと貴方に甘えてばかりいたみたいで…」



 生きる気力を取り戻したトマリさんに感動して涙を流すヤマダに、トマリさんは手を添えながら頭を下げて今までの礼を述べる。



「とりあえず、数か月の逃走生活で、精も魂もかなり消耗しているだろ? 俺の所でゆっくり養生するといいよ、そっから、ひっそりと現代日本に帰る方法をさがしてもいいし、原隊復帰するなら、俺が二人が重傷で気を失っていたって口添えしてもいい。それまでの間は自分の家だと思って好きにしてくれよ」


「ありがとう…イチロー…」

「イチローありがとう! これからはイチローの兄貴って呼ばせてもらうよっ!」


 トマリさんとヤマダが元気な顔になってそう答える。


「これでヤマダとトマリさんの問題は解決したな…次は…」



 そうして、次の問題というか疑問点のクリスを見る。すると、何の話をしているのか分からなかったのとお腹が満腹なのと合わせて、盛大にいびきをかいて居眠りをしていた…

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