第567話 話を脱線させんな

「おいおい、ヤマダ! 頭をあげろ!」



 俺の前に跪き頭を下げるヤマダを立ち上がらせる。



「お前はトマリさんの事を大事に思っているんだろ? 俺も同じ立場ならお前と同じことをしたと思う…それに…」



 俺はあの時の大型魔族人との戦いの事を思い出す。俺一人では数分の足止めすらも不可能であったであろう。ロアン・ノブツナ爺さんがいてくれたお陰で戦い抜く事が出来た。その上で勝利を掴み取れたのもマサムネのお陰だし、そして、あの後、俺が生き残る事が出来たのも落下の最中に声を掛けてくれたマサムネのお陰だ。


 つまり、マサムネあってこその今の俺がある。


 そんな俺がマサムネの仲間であるヤマダとトマリさんを捨て置けようか…? いや、それは出来ないな… 俺がマサムネから受けた恩はその仲間たちに返してやらないとな…



「ヤマダ…」



 俺はマサムネの恩を思い出し、ヤマダの肩に手を掛ける。



「俺が今、こうして生きているのはマサムネのお陰だ… 俺はその恩を返し切れてねぇと思ってる。だから、代わりにマサムネの仲間のお前たちヤマダとトマリさんに恩を返そうと思う」


「イチロー… マサムネの恩を… 俺とトマリ姉さんに…」


 

 マサムネの名を聞いてヤマダが潤んだ目で俺を見上げ、無反応だったトマリさんも顔を上げ、ゆっくりと無表情で俺を見つめる。そして、再び項垂れる。



「すまねぇ…イチロー… 最悪、俺は無理でも人事不省のトマリ姉さんだけは保護して貰おうと考えていたんだが、俺まで受け入れてくれるのか?」



 ヤマダのトマリさんの人事不省の言葉にトマリさんの方に向き直ると、マリスティーヌはヤマダの言葉を肯定するように頷く。



「錯乱していたり、恐慌しているとかそんな状態なら神聖魔法で癒す事は出来るわ… でも…今の彼女の場合、生きる意志そのものを失っているわね… こればっかりは神聖魔法や聖女の奇跡でもどうしようも出来ない… 再び彼女自ら生きる意志を取り戻さない限り、彼の言う通り人事不省の状態よ…」



 ミリーズも言葉で補足する。



「そうか… 自ら生きる意志を取り戻すか… 見ている限り、生ける屍みたいな感じだけど、先程からマサムネの名を出す度に反応しているように思えるんだが、一応、話は聞こえているって事でいいか?」



 俺はミリーズに確認する。



「えぇ、その認識で間違っていないわ、見えていたり聞こえていても全てに興味を失っているから反応しないだけ…」


「そうか…じゃあトマリさん…いやヤマダにも聞いてほしい事がある」



 生きる気力を失ったトマリさんの為にも、そしてトマリさんの回復を願うヤマダの為にも言っておいた方が良い事がある。俺は二人に話す事を決意して二人に向き直る。



「実は…俺はあの戦いの後… 二人…いや、俺たちの故郷…現代日本に戻っていたんだよ…」


「…はぁ!?」



 俺の告白に、ヤマダは一瞬訳が分からず、目を丸くして、トマリさんは再び顔を上げ俺を見る。



「信じられねぇだろ? 俺だって未だに信じられねぇ感じだよ、でも、確かに俺は現代日本に戻っていた… これが証拠だよ」



 俺はそう言って収納魔法の中から、まだ表に出していなかった現代日本で手に入れた物を出していく。



「うぉ! カッパーえびせんにコーラ! それにこっちはPS5とPS4!! ノートパソコンもある!! こっちの本は…ザンタフェ? フトカワフミエヌード写真集?」


「コホンっ!」



 マグナブリルが咳ばらいをする。



「おっと、すまねぇ…こちらはぼっさんに再会した時用のお土産だった…」



 すぐさま、ザンタフェとフトカワフミエヌード写真集を収納魔法にしまい込む。



「えっ… 何これ… この本は何なの…」



 すると俺が適当に出していた現代日本の荷物の中から、ミリーズが全裸の男性二人が抱き合うイラストの本を手に取る。



「あっ… それは聖剣に頼まれてしまっていた荷物で俺の物では…」



 俺はすぐさま弁明するが、ミリーズはページをペラペラと捲り始めて青い顔をし始める。



「何だか…一方の男性がイチローと似ている様な気がするんだけど… 本当にイチローの物じゃないのっ!!」



 聖剣の奴…なんて地雷を仕込んでくれているんだよっ!! こんな事なら収納する時に嫌がらずに一つ一つ確認するべきだったっ!!



「いや、マジで俺の物じゃねぇっ!!」


「神に誓って宣言できるのっ!!」



 そこで俺の中で沈黙を守っていた聖剣が表に出てくる。



「ミリーズ…こんな事で神に誓うなんて事を言っちゃダメよ…」


「でも! 聖剣様っ!!」


「聖剣! おまっ! お前の所為で綺麗に話を進めようと思っていたのにややこしくなったんだろ


「まぁまぁ、ここは私に免じて、ミリーズもイチローも怒りの矛を収めなさい…」



 一番の諸悪の根源なのに聖剣は第三者の仲介者を装ってそう宣う。そして、ちゃっかりとBL本を回収する。



「イチローはミリーズに誤解された事を怒っているのよね? なら私に任せなさい…」



 聖剣はそういうと、怪訝な顔をするミリーズに近寄りひそひそ話を始める。



「普段のイチローは………だけど… 妄想の中で自由に………な事や身近な子との………や目を付けた子との………を妄想するのも淑女としての嗜みよ…」


「で、でも…聖剣様…イチローでそんな事を考えるなんて…」


「実在の人物を使って妄想の中であれこれ考えるからこそ、背徳感という隠し味がアクセントになるのよ」


「…確かに…あのぞくぞく感がたまりませんよね… 分かりました! 私、聖剣様の言葉に従いますっ!」



 ミリーズは感銘を受けた表情で聖剣に祈りを捧げる。そんなミリーズの素振りに顔は無いけど何だかドヤ顔をしているような感じで聖剣は俺に振り返る。



「ね? イチロー、誤解は解けたでしょ?」


「ね?じゃねぇよっ! 誤解を妄想に置き換えただけだろっ!! 余計質が悪くなってんじゃねぇかっ!! ミリーズをBLの沼に沈めてるんじゃねぇよっ!!」


「なによっ! イチローだって、そこらの女の子を見て口には出来ない妄想を掻き立てているのでしょ? おあいこよっ!」


 聖剣がまくし立ててくる。



「いや…確かにそうだけど… そんな見抜きの承諾とる様な事、本人に尋ねないぞ…」


「なら承諾取っている私たちの方が礼節を弁えているじゃない!」



 それは礼節を弁えていると言うのか…言われた本人は不快になるだけだろ…でもそれは男の感性で、女性に取っては本人に承諾を得るのが普通なのか…?


 

 俺がそんな事を考えていると、収納魔法から取り出した現代日本の品物を眺めていた人事不省トマリさんが急に声を上げ始めたのであった。

 



 




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