第563話 丸く収まる

※近況に新しいタイトル絵を投稿しました


 談話室に俺とシュリ、その他カローラやアソシエ達四人、ディートとマリスティーヌも集まって、突然、人間の姿に戻ったシュリの話を聞いていた。



「じゃあ、なにか? シュリ自身はここ一週間、外でバナナを育成するための錬金素材を集めていて、俺がシュリだと思っていたイグアナは、苗木を買った時に紛れ込んでいたただのイグアナだったと…そういう事か?」


 

 俺は頭をポリポリと掻きながら、俺の前に座るシュリを覗くように尋ねる。



「そ…そうじゃ… ほ…誇り高きドラゴンである…わ…わらわがイグアナなんぞになる訳なかろう…」


 

 シュリは顔を少し赤くしながら気まずそうに答える。俺はシュリの返答になんだかモヤモヤしたものを感じて、うーんと唸り声をあげ、ソファーに背中を預けて身体を伸ばす。



「ね…ねぇ! イチロー! シュリちゃんもこうして大丈夫だったんだし、これでいいじゃない!」

「そうよ、こうして会話もできるんだし、良かったわ!」

「ネイシュ、シュリの姿が見れて会話もできて嬉しい」

「イグアナの時はダーリンの愛情を独り占めだったけど、元の姿に戻ったから安心したわ」



 ミリーズ、アソシエ、ネイシュ、プリンクリンの四人がシュリの擁護をし始める。



「ん? 其方たちどうしたのじゃ?」



 アソシエ達四人だけでなく、子供たちもそれぞれの手に野菜を持ちながらシュリの周りに集まる。



「シュリちゃん、もう野菜食べないの?」

「シュリちゃんの好きなニンジン持って来たよ」

「私はかぼちゃ持って来たよ」



 シュリは子供たちのやっている事の意味が分からず、助けを求める様に母親の四人に視線を向ける。



「あぁ、子供たちはシュリちゃんだと思っていたイグアナに野菜を上げていたのよ」

「私の子供はイグアナのシュリが美味しそうにニンジンを食べてくれたお陰で、ニンジン嫌いを克服できたのよ」

「シュリ、子供たちの人気者だった」

「だから、シュリが野菜を食べてくれないと、子供たちが残念がるかも…」



「そうか…皆はわらわの為に野菜を持ってきてくれたのじゃな? ありがとうなのじゃ」


 四人の話を聞いたシュリは、子供たちに向き直り、笑顔で差し出された野菜をパクリと食らいついていく。ニンジンやきゅうりなどは問題なさそうであったが、ただ生のかぼちゃだけは堅そうにバリボリと音を立てて食べにくそうであった。



「ねぇダーリン、こうして子供たちも喜んでいるからシュリを怒らないでくれる?」



 プリンクリンがそう言っておねだりしてくる。



「いや、元々俺が盛大にやらかした事が原因だから、こうしていつものシュリに戻った事に喜ぶことはあっても怒るつもりなんてねえよ…ただな…シュリとただのイグアナを見分ける事が出来なかった自分が恥ずかしいなと思っていただけだよ…」



 俺はまた照れくさそうに頭を掻く。イグアナを診察していたディートも恥ずかしそうに顔を伏せる。



「ぷっ! あの状況では誰だってそう思うわよ、現に誰もただのイグアナだと見抜けなかったんだから」


 

 そう言ってアソシエが笑い出す。



「それより、イチロー… シュリだと思っていたイグアナはどうするの? もしかして捨てちゃうの?」



 ネイシュが心配そうな顔をして聞いてくる。



「いや、一週間近くシュリだと思って構ってきたイグアナだぞ? 例えシュリではないと分かっていても情が移っちまって今更捨てられねえよ…それに子供たちも気に入っているしな… もう城でペットとして飼うしかないだろ…」


「良かったわぁ~ イチローが恥ずかしいから追放だって、言い出さないか心配していたのよ~」



 俺が言い終わると同時に、ミリーズが手を叩いて喜び始め、他の皆も同意するようにうんうんと頷く。



「そんな大人気ない事を出来るかよっ! しかし… シュリが外に出かけていて、ただのイグアナをシュリと間違えていたのは分かったけど… 食堂に一人でやってきたイグアナはなんだったんだ…?」


 俺とイチゴを食べていたのはいつものイグアナだと思うが、もう一匹のイグアナは何だったんだろう…もしかして…?



「きっ、きっとわらわの知らないイグアナがおったのであろう! そ、そうに違いない!!」



 シュリが珍しくカローラの様なキョドって泳いだ目で声を上げる。



「そっ、そうか…まぁ、もう一匹のイグアナは見つけた時に、保護して飼えばいいか…で、シュリはシュリとしてちゃんといる事だし… このイグアナの事はこれからなんと呼べばいいだろうか…シュリという存在が二人いるのは面倒だろ」



 そう言って、俺は膝の上で我が物顔で眠るイグアナを見る。



「確かにそのイグアナをわらわの名前で呼ばれるのは… 特に粗相をした時にわらわがしたように言われるのはモヤモヤするのぅ~」


「お、おぅ…そうだな…それが元でまた別の動物になられても困るし…でも、子供たちも呼びなれてきてるから、全く別の名前と言うのもな…」



 俺とシュリの二人して苦笑いをする。そこへ今まで黙っていたカローラが提案してくる。



「じゃあ、イグアナの方はミュリでいいんじゃないですか? 語感も似てますし」


「ミュリか…それならいいじゃろう、とりあえず、イグアナが粗相をする度にわらわの名前が呼ばれなければそれでよい」


「いいわね、シュリにミュリ、子供たちもすぐに覚えると思うわ」


 カローラの言葉にシュリもアソシエも同意する。



「いや…カローラ…その名前は…」


「いいんじゃないですか? どうせ二度と会う事も無いですし、そもそもシュリの関係者ですから」


 俺の言葉にカローラがケロリと言ってのける。


「ん? ミュリという名の人物がわらわの関係者? カローラ、一体どういう事じゃ?」


 シュリが肩眉を上げてカローラに尋ねたところで、談話室の扉が開き、カズオが大皿に骨付きあばら肉を大盛にしてやってくる。



「さぁ! シュリの姉さんが元に戻った…じゃなくて、帰ってきたお祝いでやす!! たっぷり召し上がって下せい!!」


「おぉ!! 久々の骨付きあばら肉じゃ!!」


「しかも、旦那のお手製の骨付きあばら肉でやすよ!」


「ありがとうなのじゃ!! あるじ様っ!!!」


 シュリは瞳を輝かせて喜ぶ。


 

「おぅ、シュリの大好物の骨付きあばら肉を食わせてやれない事が俺にはつらかったからな、元に戻れたら腹いっぱいになるまで食わせてやろうと考えていたんだよ」

 

「じゃあ、早速頂くぞ! あるじ様っ!」


「おぅ、食え食え! 皆の分も用意したから食ってくれよ」



 嬉しそうに骨付きあばら肉を頬張るシュリを見て俺は何だか心が休まる。子供の時にやせ細った猫を拾って餌を与えた事があるが、死にそうだった猫が嬉しそうに餌を食べている姿を見て安心した記憶がある。きっと今も心が休まるのもそう言った理由であろう。



「シュリちゃんが好物なのも頷ける美味しさだわ…」

「あまり骨付きの肉を食べた事が無かったけど、食べ応えがあるわね」

「表面はパリっと、中からジュワっと肉汁がでて甘辛い味付けがくせになる…」

「これもダーリンの愛情が注がれているから美味しいのねぇ~」



 アソシエ達もそして子供たちも病みつきになって骨付きあばら肉に齧り付く。



「そうじゃろ!そうじゃろ! あるじ様の骨付きあばら肉は最高じゃ!」



 シュリも喜んで骨付きあばら肉を堪能しているが、そんなシュリをカローラはニヤニヤしながら眺めている。




「なんじゃ、カローラ、なぜ、わらわの顔を見てニヤニヤしておるのじゃ?」


「ん~ 確かにさっき言っていた通り、イグアナとシュリが別人っていうのは分かったけど… 最後の時は何故かシュリっぽい匂いがしたのよねぇ~」



 カローラの言葉にびくりとしたシュリは、カローラに顔を寄せひそひそ話を始める。



「カローラ…お主、どこまで知っているのじゃ?」


「ん~ 色々分かっているつもりだけど、シュリは私が帰って来た時に私の味方についてくれたからイチロー様や他の人には黙っておいてあげるわ」


 その言葉にシュリはほっとした顔をする。


「そう言ってもらえると助かるわい…そういえば、ついでに聞くがさっきのミュリと言う人物は?」


 するとカローラはシュリの耳にこしょこしょとひそひそ話を始める。



「えっ!? それは本当なのか!?」


「えぇ…本当よ…しかもどうやら私も関係者なのよ…」


「えぇぇ… わらわとカローラが… まぁ… 我らの人生は長いからのぅ… 長い人生、そういう事もあるじゃろう…」


 

 シュリは顔を赤くしながらそう漏らす。


 


 なんかシュリとカローラの二人でごしょごしょと話をしている様だが、とりあえず日常が戻った気がして安心する。そして、俺も骨付きあばら肉を食べようと手を伸ばした時、談話室の扉がけたたましくノックされる。



「イチロー様! イチロー様!! よろしいですかっ!!!」



 フィッツの声が響く。珍しくフィッツが何か伝令に来たようだ。



「フィッツ、どうした!? 中に入ってこい!」


「失礼します! 緊急の報告です!!」



 フィッツが慌てながら部屋に入ってくる。



「そんなに慌てて、何があったんだ?」


「ク、クリスさんが帰ってきました!!!」



 その言葉に俺も驚いた。



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