第546話 BL工房(ビアン・ロレンスの意味やで)

 俺は金属で作られた階段をカンカンカンと軽快な音を立てて昇っていき、事務所のドアを開いて中へ入る。



「おーい、邪魔するぞ~」



 中に進むと事務所の中央に大きな会議用のテーブルがあり、その上には何かの図面とまた何かの素材が転がっており、それらをビアンとロレンスの二人が難しい顔をして睨みつけていた。しかし、俺に声に気が付き、顔を上げて眉を開く。


「あら、イチロー様、私に会いにきてくれたのね?」


「これはこれはイチロー様」


 二人がそれぞれの反応を返してくる。


「二人とも難しい顔して何を見ていたんだ?」


 俺は二人の元へ歩み寄り、二人が眺めていた図面を見る。


「これはイチロー様たちがここへ戻ってくるときに乗車されていた馬車の外見図です」


「どのような構造なのか二人で一緒に考えていたところなのよ」


 あぁ、俺が乗って来た滅茶苦茶速い馬車か…


「それで何か分かったのか?」


 図面から顔を上げて二人に尋ねる。


「それが全く…どの様な素材を使っているかすら分からないのよ…」


「あまりにも高度過ぎて私たちの手では…」


 ビアンはお手上げのポーズをとり、ロレンスは頭を抱えるポーズで答える。


「まぁ、本来はホラリスの教皇専用の馬車だからな… 使われている技術や素材は大陸一の物だろうし、機密性の事を考えたら、一見しただけでそんなおいそれと盗めるような物でもないだろな…だから分からなくても気負う事はないよ」


「そう言って頂けるとありがたいです」


「でも、全く分からないのはちょっと悔しいわね…」


 アレが二人の刺激になってくれればと思っていたが心配なさそうな感じだ。


「所で鍛冶場の様子がかなり変わったようだが…」


 そう言って、俺は事務所内や工場内を見渡す。


「あぁ、すみませんイチロー様の許可なしで工場の改増築をしてしまって」


「一応、私とロレンスの二人でマグナブリル様に猛烈アタックをかけて許可を貰ったのよ」


 ビアンとロレンスの二人で猛烈アタックって…そりゃマグナブリルもケツを狙われていると思って大層肝を冷やした事だろう…


「いやいやいや、別に責めている訳でもないし、怒っている訳でもねぇよ。ヴァンパイアの襲撃や疎開民たちの対応を考えて増改築したんだろ? 逆に褒めてんだよ。それに元々二人なら無茶な計画は立てないし、マグナブリルも許可を出したんだったら問題ない」


「本当にそう言って頂けるとありがたいわ~」


「実は怒られるのではないかと冷や冷やしていたのです」


 二人が胸を撫でおろして答える。


「ところで今日はそんな事を言いに来たのではなく、二人に渡したいものというかお土産を持って来たんだよ」


「我々にお土産ですか?」


「なにかしらん♪ 私にとってはイチロー様が戻ってきたこと自体がお土産のようなものよ♪」


 俺はビアンの反応を無視して、テーブルの上に収納魔法で取り出したお土産を積み上げていく。


「こ、これは一体…」


「あぁ、世界の工具だよ、一般的な工具だけではなく、金属加工や木工加工、その他特殊な工具もある」


 ジャングルのネット通販で一般的なものを買いそろえ、その上で電動ドライバーや丸のこ、グラインダーや個人のDIYで使う旋盤やボール盤等や、忘れてはならない発電機もちゃんとビアンとロレンスの分も買っておいた。


「一見して使い方が凡そ分かるものから、全く分からない物まで色々あるわね…」


「こちらは木工で使うノミですね? 工具だというのにここまで美しい物は初めて見ました…」


 やはり、職人は良い道具は見ただけで分かる様だ。


「まぁ、手で使う工具は二人とも分かると思うが、本番はこっちの方だ」


 俺は発電機を開梱し、稼働の準備に取り掛かる。


「何かしら?それ…」


「いつぞやのゴーレムエンジンに似ておりますな…」


「まぁまぁ、見てのお楽しみだ」


 そう言って、俺は準備が終わった発電機のスターターを勢いよく引っ張る。



 ブルンッ! ドドドドドドドド…



 発電機は一発で指導して、軽快なエンジン音を奏でる。


「おぉぉぉ…なんか動いたわ…」


「これは…一体…」


 発電機としては静かな方だが、それでもけたたましくなるエンジン音に二人は目を丸くする。


「何か使ってもいい金属と木材の端材でもあるか?」


 工具の梱包を解きながら二人に尋ねる。


「ではこれでよろしいですか?」


「あぁ、それで構わない」


 俺は電動ドライバーを手に取ると先ずはロレンスから受け取った木材にビスを打ち込む。


「おぉぉぉ!」


「驚くのはまだ早いぞ」


 俺は回転方向を逆転させると打ち込んだビスがビデオの巻き戻しをするように戻ってくる。


「これは便利だ!」


「だろ? 次はこのグラインダーでこの鉄材を…」


 発動機のエンジン音よりけたたましい音を立てて、グラインダーで鋼材を切断する。


「凄いわ! たったこれだけの時間で鋼材を切断するなんて!」


 ビアンもロレンスも現代人が初めて魔法や手品を見るような目をして驚く。


「これは序の口だ! まだまだ凄い物があるぜ!」


 その後、俺はボール盤で鋼材や木材に穴をあけたり、旋盤で角材を棒材にしたり、丸のこを使ってあっという間に板材を切り分けたり、ルーターを使ってその板材の角を取ったり、果ては鋼材を溶接したりもした。


「どうだ? 別世界の土産の工具は!」


 俺はカローラみたいにドヤ顔でイキる。


「いやはや、異世界の工具がこれ程までに素晴らしい物だとは知らなかったわ!」


「これで民家の建築も捗りますな」


 勝って帰ってきただけなのにドヤっていた俺は民家の建築の話が出て来て、正気に戻る。


「いや~ それがそういう訳にはいかんのだ…」


「どういうことですか?」


「見て分かる通り、これらの工具はその発電機の力で動いている。だが、その発電機もそんなに稼働出来ないんだ… 勿論、ディートに発電機に必要なガソリンという油の開発を頼んでいるが、手持ちのガソリンでは多分一週間も稼働できないんじゃないかな?」


「なるほど、そういう事情があったのねぇ~」


 ビアンがお預けをくらった犬の様な顔をする。


「俺も帰って来てみてまさかヴァンパイアの襲撃を受けているなんて思わなかったからな… 気楽にガソリンの原料となる油が湧く泉を探したり、別の方法を見当してもらうと考えていたからな…」


「別の方法とは?」


 ロレンスが興味ありげに聞いてくる。


「そりゃ、水車か風車だよ、ゴーレムエンジンみたいに魔力で動くものでは、一日魔力が持つ人なんていないだろうからな」


「そうですな、私も最初は魔力でなんとかならないかと考えたのですが、これだけの工具、一時間も動かせるものは殆どおらんでしょうな」


 エルフで魔力の多いはずのロレンスですら、魔力で稼働させるのは難しいと思っている様だ。


「他にも薪をくべて水蒸気で動力を得る事も考えたが、そんな事をしていたは、一年を経たない間に、この辺りの山がはげ山になっちまうからな」


「そうね… ドワーフも石炭を得るまでは木炭を使って鍛冶仕事をしていたのだけれど、山の木を使い果たしそうになって、山のエルフと険悪な関係になった一族もいたと聞いたことがあるわ」


 なるほど、エルフとドワーフが仲が悪いってそういう理由もあったのか…まぁ、ビアンとロレンスは趣味友と言う事で仲は良さそうだが…


「というわけで、発電機の動力のガソリンをいつ手に入れられるか分からないから、水車なり風車なりで似たような工具が動かせるようにならないか考えといて貰えないか?」


「わかったわ! あの馬車について考えるよりよほど健全だわ」


「私も、こちらの方が自分の作業効率があがるので楽しそうですね」


 二人は気分よく答えたのであった。


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