第509話 綺麗な月
あれから幾つかの金稼ぎを検討してみたが悉く上手くいかない。それと言うのも、やはり身分が他人の物を使っているからだ。恐らく正当な手段で稼ぐ事は不可能だと思える。
かと言って、違法や不法な手段であれば? そのやり方については俺自身があまり気が進まない… 早く仲間たちの元へ戻らなくてはならなくても、自分の生まれた世界に迷惑をかけたくないからだ。
だから、今手元にあるもので直接転移門に魔力を注ぐ方法も検討した。手持ちの金で転移門の周りに太陽光発電を敷き詰めてそれを魔力変換して注ぎ込む方法を考えた。一年間で転移門を起動させる電力を生み出す為には凡そ約8000枚のパネルが必要となる。で、パネル一枚が25万ぐらいだとすると全く手持ちの金が足りない…
自力で設置しても100枚設置出来ればいい方であろう。出来たとしても山の景観を大きく損ねる事になるので、すぐに人目に付いて解体される事になるだろう…
こうした状況に改めて自分自身の事を見返すと、この現代日本で魔法無しやちゃんとした身分の無い俺に出来る事は非常に限られていると実感する。
正当な手続きのレールに従った方法でしか、何かを得難いこの現代日本… 例えば、俺が飛行魔法を使って遠洋に出てマグロを捕まえてきたとしても、漁業権を持つ漁師でなければいくら価値の高いマグロと言えども換金することは難しいだろう… 他の事でも同様だ、ちゃんとした身分や資格を持った者が会社などを通さなければ、常態的に金を得続ける事は難しい…
そんな息苦しさにも似た環境から、火事にあったあの時、普通に死なずに、俺は自由を求めて異世界に転移してしまったのであろうか…
俺は家の裏手の外に出て、月明りの下、ミュリの家庭菜園を眺めながら、そんな事をボンヤリと考えていた。
異世界での俺は、三ツ星勇者となりイアピースの男爵位、そして領主となった。しかし、それはこんな俺の実力ではなく、運や仲間や知人たちのお陰だと改めて実感する。だからこそ、そんな仲間たちに元へ一刻も早く戻らなければならないが、それが全く出来ないのが、酷くもどかしく無力に感じて、俺は自分の手のひらを見つめる。
そんな感じに自分の手を見つめていると、勝手口の扉がキィと小さな音を立て、誰かが外にやってくる。
「イチロー様?」
その声から察するにカローラだ。俺は肩越しにカローラを振り返る。
「ん?どうしたカローラ」
「イチロー様こそ、こんな夜に外に出て黄昏れちゃって、どうなさったんですか?」
そう言いながら、俺の隣に来てチョコンと座る。
カローラは最近、俺の諦めたようつべぇを初めて、ネットカフェで知り合った親衛隊の連中やムルティさん達を中心にフォロワーを集め、瞬く間に5000人のフォロワーを持つ実況者となった。
ぐぬぬ…俺は一桁しかフォロワーがつかなかったのに何故だ… このままではミュリとカローラの女の子二人に食わせてもらって主夫をする紐に成っちまう…
「ちょっと、金を稼げなくて、自分の無力さに打ちひしがれて居たんだよ…」
俺はポロリと心情を吐露する。
「なんだ、そのことですか、それなら私が頑張って稼ぎますから安心してくださいよ、これからも視聴者のハートを鷲掴みにしてどんどんフォロワーを増やしていきますから」
そう言って、俺に微笑みかけてくる。地味にその笑顔が胸にチクリと来る…
俺もカローラが男性視聴者の心を鷲掴みにしたように、女性の心を鷲掴みにして金を稼ぐホストにでもなるか? …いや、ダメだな…俺は女に情が移ってしまうタイプだから、女をだまして金蔓にすることなんて出来ない… ましてや借金を背負わせてソープに落とすような真似死んでも出来ねぇ… まぁ、俺自身はソーププレイは好きだけど…
「すまねぇな…カローラ…お前ばかりに苦労をかけちまって…」
俺は自分の心を鬼にできない不甲斐なさから、素直な心でカローラに礼を言う。
ぷっ
すると、カローラが少し吹き出して慌てて口を塞ぐ。
「…なんで噴き出すんだよ…カローラ」
「だって、いきなり『おとっつぁんと娘』みたいなセリフを言い出すから…」
「た、確かにそれっぽいセリフだったな…」
俺は苦笑いしながら鼻頭を掻く。
「しかし、イチロー様、いつになく気弱になってますね… らしくないですよ」
「いや、俺は元々ここの人間なのに、お前をすぐに元の世界に戻してやれない不甲斐なさにちょっとブルーになっているんだよ」
視線をカローラから菜園へと向ける。
「たまにはそんな時もありますよ、だから、今は私が頑張ってお金を稼ぎますから、イチロー様は安心してくださいよ」
カローラも視線を菜園へと向ける。
「でも…よくこんな俺に尽くしてくれるな…」
俺は呟くように口を開く。
「前にも言いましたが、本来ならとっくに誰かに討伐されているか、陰に隠れているはずの私が、イチロー様と出会えたお陰で楽しい人生を送れているんです。これぐらいの恩返し当然ですよ」
「俺、そんなにカローラに恩義を掛けてもらえるような事をしているか?」
「えぇ、してますよっ、イチロー様がいるお陰で他の勇者も魔族も私に手を出してこないんです。それに今まで知ることや体験することが出来なかった楽しい事が毎日味わえるんですから、イチロー様には足を向けて眠れませんよ」
カローラはリップサービスではなく、本気で俺に感謝しているようだ。
「だから、今回の状況は、私がようつべでお金を稼ぎますので、ゆっくり時間をかけて元の世界に帰ればいいじゃないですか」
「でも…それじゃ元の世界の時間が…」
「ミュリが私たちが元居た時間軸より未来から来たという事は、その転移門というのは、ただ異世界に繋がるだけではなく、その時間軸も操る事もできるんじゃないですか?」
再びカローラが俺を見る。
「確かにそうだが… あんまり時間をかけちゃ、俺の方が帰る時には爺さんに成っちまう…」
「イチロー様…私がいれば、いくら時間を掛けても、イチロー様は歳をとらずにいる事が出来るじゃないですか…」
俺はそのカローラの言葉にハッとして、すぐさまカローラに向き直る。するとカローラは顔を夜空にふっと上げて月を見上げる。
「イチロー様… 月が綺麗ですよね…」
静かに呟くようにカローラが声を上げる。俺の返答を待つようなカローラの横顔に俺はゴクリと唾を飲み込み、カローラと同じように顔を上げて夜空の月を見上げる。
「イチロー様…ここの月は元の世界よりも少し小さいですが、ちゃんと同じ様な兎がいるんですね… しかも回って逃げたりせずにずっとこっちを見ているなんて可愛いですね…」
「あぁ…」
俺はカローラの言葉に同意するように頷こうとした時、ある違和感を感じる。
…なんだ? この違和感… 先程の会話に何かおかしい所があったか?
いや…なかったはずだ… ただ二人して同じ月の感想を…
!!!!!!!!!!!!
「おい! ちょっと待て!!! カローラっ!!!!」
俺はカローラに向き直って、すぐさま月を眺めていたカローラの両肩を掴む!!
「えっ!? 突然どうなさったんですか!? イチロー様っ!! 私、まだ心の準備が…」
「いや、その事じゃなくて! 今お前、月の事をどういった!?」
「えっ!? 月!? そ、そのっ… 元の世界よりも月が小さくて…回ってなくて…そして、兎が…詳しくは兎の絵柄が見えるってことですか?」
急に両肩を掴んで迫る俺に、カローラは動揺して目を白黒させながら答える。
「どうして異世界の月に…ここの月と同じ兎の絵柄が見えるんだよ…おかしいじゃねぇかっ!!!」
俺の声が夜空に響いた。
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