第490話 謎の事故現場

 俺は車を停車し、道路脇に倒れる人影とそれに寄り添う人影に近づく。



「あっ…」



 道路脇に倒れている人物は高校生ぐらいの黒髪日本人少女で、それに寄り添う人物は、金髪碧眼の幼女だ… 俺の知っている人物ではない…


 自身の知人にトラブルが起きたのではない事に安堵する反面、目の前のひっ迫した状況に神経が張り詰める。


 道路脇に倒れている少女はダンプに跳ねられたのか、血を流して死人のような青い顔をしており、寄り添う金髪の幼女が、必死な形相をしながら血糊がつくのを顧みず、少女の裂けた腹からはみ出す臓器を元に位置に納めようと努力していた。



「ダメッ! 死んじゃダメだって… 死なないで… お願いだから死なないで!」



 金髪の幼女はその見た目に反して、完璧な日本語を話しながら、魔法を使いつつ少女を治そうとしていたのだ。



「この幼女があの魔法を使っていたのか!? しかも、人除けの結界をはりつつ、対象の時間進行を遅らせ、その上で治療魔法を!?」


 

 見た目は完全に幼女なのに、魔法技術に関しては…俺と同等か、もしかすると俺以上の使い手なんじゃないのか?



「イチロー兄さま! 大丈夫ですか? どうされます!?」


 

 あまりにも想定外の状況に、思考が追いつかず呆然とする俺にカローラが袖を引っ張って声を掛けてくる。



「あぁ、すまん…ちょっと状況に頭が追いつかなかった…」


「あの幼女、魔法で必死に治療している様ですが…」



 そう言ってカローラが幼女を見ると、幼女の方も縋るような目でこちらを見てくる。



「人を殺そうとしているのではなく、助けようとしているんだ。俺たちも手伝うぞ!」


「分かりましたっ!」


 

 俺たちは揃って倒れている少女に駆け寄ると、改めてその状況を確認する。


 幼女は死につつある少女に時間の遅延魔法をかけて延命しつつ、外に出てしまった臓器を殺菌や治療しつつ腹部へ戻そうとしている。一体幾つの魔法を同時に使用しているんだよ…こんなの俺でも出来ねぇぞ!?


「おい!お前! お前は遅延魔法だけを使い続けろ! 俺が飛び出した臓器の殺菌と治療をする! カローラ! そっちはどうだ?」


 俺は幼女に指示を飛ばしつつ、症状の容態を見ているカローラに容態を尋ねる。



「ダメですねっ! 遅延魔法で容態が悪化するのを送らせていますけど、血を失い過ぎてます!!」


「なんとかならんか!?」



 カローラの言葉に更に悲壮な顔になって、泣き出しそうになる幼女の顔を見て、カローラに何か手段は無いかを尋ねる。



「仕方ありませんね… 仲間以外には使いたくありませんでしたが、イチロー兄さまのご命令とあれば、私ならではの最終手段を使いましょう…」



 カローラはそう言うと収納魔法の中から針を取り出し、ぐっと覚悟を決めた顔をした後、怖がりながら自分の指先に針を突き刺す。



「いたっ!」



 カローラが声を上げると、針を突き刺した指先から、ジワリと血がしみ出してくる。そして、気を失っている少女の口を開き、その血を一滴、口の中に垂らす。


 カローラは駐屯地の一件で俺の命を救ったように、ヴァンパイアの血を持って少女を延命しようとしていたのだ。


 カローラは一滴だけを口の中に垂らすと、すぐに絆創膏を取り出して、指先に張り付ける。



「カローラ、容態が悪そうだけど、一滴だけで大丈夫か?」


「いや、体力や抵抗力のあるイチロー兄さまならまだしも、一般人の女の子に飲ませ過ぎたらヴァンパイア化して私の眷属になっちゃうんですよ… これでも加減が難しいんですよ?」


「そう言えば、俺の時もそんな事を言ってたな…」


「とりあえず、イチロー兄さまは飛び出した臓器を納める事よりも、臓器そのものの治療を優先してもらえますか? 飛び出していても臓器が正常なら別の手段が取れるので」



 カローラに指示するはずが、逆に俺の方が指示されてしまう。



「分かった…臓器そのもの治療を優先したらいいんだな?」



 カローラに指示され、謎の幼女にとんでもない魔法技術を見せられた俺は、自尊心を取り戻そうと、同時に魔法を使い始める。


 先ずは外に出て地面に落ちた臓器を魔法で地面から離し、殺菌魔法と流水魔法を温水化して、殺菌と汚れを落としていく。そして、綺麗に洗い流された臓器をマジマジと見て、地面に投げ出された時についた擦り傷や炎症が無いかを確かめていく。


 駐屯地での魔族人との空中戦もかなりの神経を使ったが、これもかなりの神経を使う。ぶっちゃけた話、自分の臓器なら見落としがあっても、後から治せばいいやが通用するが、他人の臓器の場合は、後から容態を崩してしまう事がある。



「これ…かなり神経を使うな…」


「頑張って下さい! イチロー兄さま! 貴方は治療の終わった臓器を詰めていって!」


「う、うん…分かった…」



 人除けの結界を張っていたのに唐突に現れて、いきなり魔法を使って治療の手伝いをし始める俺たちに、幼女は困惑しつつも素直にカローラの指示に従い始める。



「よしっ!! 臓器の傷や炎症のチェックは終わったぞ! 治療も施した!」



 俺はカローラから指示された事が終わった事を告げる。



「分かりました! 貴方は臓器をお腹の中に戻すのに集中して!」


 

 カローラはそう言うと、収納魔法の中から哺乳瓶を取り出す。



「へ? そんな哺乳瓶を取り出してどうすんだ? カローラ」


「こうするんですよ」


 

 カローラはそう言って、いつぞやのクリスの様に、哺乳瓶を少女の口に吸わせる。



「この哺乳瓶の中に入っているミルクは、イチロー兄さまに万が一があった時に、吸わせるようにアルファーから預かっている物なんですよ、これを飲ませたら失った血もすぐに戻るはずです」


「俺も…あんな感じに飲まされていたのか…こっぱずかしいな…」


 そんな事を思いながら、カローラが少女に哺乳瓶を飲ませている所を見ていると、俺が治療した臓器がするすると少女の腹の中に納められていく。



「…これで最後… 良かった… これでこのみも助かる…」



 少女の臓器を納め切った幼女は、ほっと安堵の溜息をつく。



「いや、まだよ、ちゃんとお腹を塞いでないでしょ? 私がお腹の傷口を塞ぐから、貴方はこの子に哺乳瓶のミルクを飲ませてあげて」


 安堵している幼女にカローラはそう言うと、幼女に哺乳瓶を手渡して、自身は少女の腹部の場所に移動して、先程、針を刺した指の絆創膏を取り除く。



「私の血と治療魔法を使えば傷口も完全に塞ぐ事が出来るはず…」



 カローラがその指先で傷口をなぞっていくと、まるでチャックを締める様に傷口が塞がっていき、尚且つ、その傷跡すら消えていく。



「スゲーな…カローラ、まるで聖女の奇跡並みに治療で来ているじゃねぇか…」


「まぁ、女の子ですからね、傷跡が残らないようにしてあげないと…でも、綺麗に塞がっている様に見えても、それは表面だけで、内面の方は地道に治さないとだめですよ」


 こうして俺たちは成り行きで、謎の少女と謎の幼女を助ける結果となったのであった。




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