第488話 義理を果たす
マサムネの実家を出た後、俺は再び車を走らせる。ここに来る前に洋楽を流していたチャンネルは終了したようで、今はニュースや天気予報を流している。そんな訳で行きは空耳カラオケショーをしていたカローラであるが、今は大人しく外の海の風景を眺めていた。
そんなカローラがふいに口を開く。
「イチロー兄さま、ちょといいですか?」
「なんだよ、カローラ」
俺はラジオのボリュームを絞る。
「マサムネの仏前に供えたお菓子箱… あれ、現金をしこたま入れてましたよね…? しかもかなりの金額…」
「あぁ…そうだな…」
「あれだけのお金を渡しちゃってよかったんですか? そもそもあのお金はどうやって手に入れたんですか?」
カローラは不平や不満などではなく、困惑した顔を向けて聞いてくる。
「あの金は俺が調査に向かう度に、様々な所で収納魔法に仕舞い込んでいた換金用の財宝を売りさばいて作った金だよ。大体、600~700万ぐらいは溜め込んでいたかな?」
「えぇ!? そんな金額だったんですかっ!?」
「ちょっと!! それだけのお金があれば何冊BL本が買えると思っているのよっ!!」
金額を聞いて驚いたのはカローラだけでなく、俺の中に潜んでいた聖剣も驚いて後部座席に現れて声を上げる。
「なんで聖剣まで出てくるんだよ… しかもBL本換算なんて…」
「出て来るに決まっているでしょ!! そんな金額を一人で使って! 今の私たちは運命共同体なのよっ!?」
「私としては、イチロー兄さまが、どうしてそこまでマサムネに尽くすのか理由が分かりませんよ…」
聖剣とカローラが疑問の声を上げる。
「ん~聖剣の方は俺の物になる前の話だし、カローラには詳しい話はしてなかったから知らなくて当然か… マサムネは色々な意味で俺の命の恩人なんだよ…」
「イチロー兄さまの…命の恩人なんですか?」
「ちょっと、私は全く分からないから、一から説明しなさいよ」
二人は興味津々といった顔で聞いてくる。
「分かったよ、一から説明してやるよ… 聖剣もカイラウルに魔族の侵攻があったことぐらいは知っているだろ?」
「えぇ、教会内も大騒ぎになっていたからね、知っているわ」
「その時の援軍として特別勇者の従軍地に俺も動員されたんだよ、そこで俺とマサムネは出会ったんだよ」
「へぇ~ そんな所で、貴方とマサムネが出会っていたのね、でも貴方とマサムネじゃ全く性格が違うのに良く仲良くできたわね」
聖剣の口ぶりからすると、マサムネの事を良く分かっている様だな… 確か対魔族連合から聖剣を量産できないか調査の依頼を受けていたんだっけ… 逆に聖剣の方が良くマサムネの調査に応じたよな…
「まぁ、マサムネの方が人格者だったし、同じこの現代日本人って事で仲間意識を持ってもらえたのと、俺たちの料理を気に入ってもらったのもあるな」
「確かマサムネは泣きながらラーメン食べたそうですね」
カローラがあの時の事を思い出して声を出す。
「あぁ、あの時は俺もなんだか同情しちまったが…まさか、この現代日本に飛ばされて自分も同じような気持ちになるとは思いもしなかったがな…」
「それで、どうしてマサムネが貴方の命の恩人になる経緯になったのよ?」
「大型の新型魔族が現れたんだよ、聖剣、お前も見ただろ? 礼拝堂で遭遇した新手の魔族… 俺はあの魔族のドラゴンサイズと戦ったんだよ」
「あんなのがドラゴンサイズになった所で、私の前では敵じゃないわよ、逆に一塊になってくれている方が、一回で殺せて楽かしら?」
聖剣は誇張して言っているのではなく、本気でそう考えて発言する。
「お前があの場にいればそうかもしれんが、当時は聖剣のお前がいない状況で戦っていたんだ… 普通の攻撃では障壁や装甲を貫通出来ないし、貫通しても再生してくっ付くしで大変だったんだぞ?」
俺は当時の事を思い出して身震いする。ゲームであれば死に覚えで敵のパターンや性質を研究したり、装備やスキルが足りないというなら、前のセーブデータに戻ってやり直す事もできるが、現実は一発勝負だ。
「へぇ~ そうだったの、よく私なしで勝てたわね、どうやって勝ったのよ?」
「マサムネから託された現代兵器の神の杖って奴を使ってようやく勝てたんだよ…」
まさかマサムネたちが神の杖を作っているなんて驚いたよな…
「そんなものがあるの? だったら私なんて必要ないのじゃないの?」
「いやいや、一発限りの物だし、地形すら変えてしまう代物だ。そんなおいそれと使える武器じゃないんだよ」
「凄い爆発でしたからね、離れた所からでもビックリするほどでしたから」
カローラは当時の爆発を離れた視点で説明する。
「なるほど、イチロー、貴方、結構壮絶な戦いを繰り広げていたのね、でも、その話の流れから察するに、魔族を倒した武器をマサムネから託されていたって事は、その時にはマサムネは亡くなっていたのでしょ? 戦場では先に倒れた戦友から武器を借りるなんて日常茶飯事だから、イチローがそこまで恩義を感じるのは不思議に思えるんだけど…」
「お前…人を薄情みたいな感じに言うなよ… まぁ、実際、武器を託されただけなら、そこまで恩義を感じないのは確かだけど、問題はその後なんだよ…」
「その後って… マサムネが死んでいて、魔族を倒した後の事? 一体何があったのよ?」
「そこは私も知りたいですね」
二人そろって聞いてくる。
「最後の爆発の時に、俺は上空に居たんだけど、爆発の衝撃波で吹き飛ばされて気を失っていたんだよ…」
「えっ!? 上空から落ちてあの怪我だったんですか!?」
カローラが目を丸くする。
「ちげーよ、そのまま落ちていたらあんな程度で済まずにミンチになっていたよ…」
「じゃあ、どうしたんですか?」
「…マサムネが起こしてくれたんだよ… 吹き飛ばされて落下し続ける俺に声を掛けてな…」
「それって…」
カローラが目を細める。
「あぁ… マサムネの奴、魂だけになったら真っ先に妻子の所へ戻るって言ってたのに、戦いの行く末をずっと見守ってくれてたんだよ…で、落下死しかかっていた俺を呼び起こしてくれたんだよ…」
あの時、マサムネの呼びかけが無かったら俺はミンチになって疾うの昔に死んでいなかっただろう。
「なるほど、それでそこまで恩義を感じている訳ね…」
「私も納得出来ました…」
二人もようやく納得してコクリと頷く。
「確かにマサムネ自身はもうこの世にはいないが、残された妻子がいる。そして生きていくために金がいる。直接マサムネに恩返しすることは出来ないから、残された妻子に恩返ししたって訳だよ…」
本当はもっと大金を渡してやりたかったが、今の俺ではあれが精一杯だった。俺は兎も角カローラの事もあるからな…
「そういう事なら、大金を使ったのも納得してあげるけど、早くネット環境を構築するのは別問題ですからね… 分かってる? イチロー」
いい雰囲気になっていた所で、聖剣が水を差してくる。
「分かってるよ… レンタカー返したら…」
ピィィィィーンッ!!
その時、俺はあるものを感じた。
「今のはっ!!!」
「イチロー兄さまっ!私も感じましたっ!!」
助手席のカローラも声を上げる。
「今の感覚って…誰かが魔法を使った感覚だよな…」
俺はハンドルを強く握りしめた。
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