第486話 約束
俺は今、日本海側の海岸線をレンタカーに乗って走っている。やはり、ちゃんとした免許があるのは何かと便利だ。
運転免許証というちゃんとした身分証明書を手に入れた俺は、あの事件で使えなくなった銀行口座やスマホを新しく用意し直したので、この現代日本での活動ややり易くなった。今のこのご時世、身分証は無い銀行口座は無いスマホも無いの無い無い尽くしだと社会的に生きていくことが難しい。まぁ、だからキャンプ場で野生化しかけていた訳であるが…
『議会の辞職勧告決議を受け、リコール活動を受けていた元議員ナカハラ容疑者は親子と共逮捕され…』
ピッ
俺は聞きたくないニュースがラジオから流れたので、チャンネルを切り替える。すると、昔の洋楽を流すチャンネルに切り替わり、聞き覚えのある曲が流れ始める。
『あっわあわ♪ I met your chidren♪ あっわあわ♪ What did you tell’ me?』
「おっ! 懐かしぃ~ ラジオ・スターの悲劇じゃん! 昔は良く聞いてたなぁ~」
「らじ男…スターの悲劇? 悲劇と言う割にはなんだか明るくて楽し気な感じの曲ですね~」
助手席に座るカローラが曲のリズムに合わせて、身体を揺らし始める。
「あっわあわ♪ ひで男♪ きると♪ らじ男♪ すとー♪」
その内カローラが空耳で歌い始める。俺はそのカローラの姿にふふっと笑うと車をご機嫌になって車を走らせ続けた。
「えっと… あの海岸のT字路を右だな…」
「ンダァァァオォォォ~♪ イアァァァ~♪ ウィルオォォォル ラブユゥゥゥ~♪」
「カローラ、そろそろ目的地だから、歌うの止めろ…」
あのまま洋楽チャンネルを聞き続けて、ノリに乗って空耳で歌を歌い続けていたカローラに声を掛ける。
「えっ? もう目的に着いたんですか? 私はもっと歌っていたかったのに…」
「いや、帰りに歌えばいいだろ…」
「そう言えばそうですね… でも、イチロー兄さま、後で車の中で流れていた曲名を教えてもらえますか?」
「分かった分かった、教えてやるから」
車を止めると、俺は後部座席から紙袋とビニール袋を手に取り、車を降りて目的の家の前に向かう。カローラも助手席側からぴょんと降りて俺の後に続く。
「えっと…」
家の表札の前まで辿り着いた俺は、その表札の名前を確認する。
「筑波… ここで間違えないな…」
筑波…それはあの駐屯地で出会ったマサムネの本名の名字だ。
今、俺はマサムネが死に際に残した遺言の願いを果たす為に、マサムネの実家を訪れているのだ。
マサムネから頼まれていた願いは、この現代日本に戻ってから頭の片隅に見え隠れしていた。だが、生活を安定させることや帰還方法を見つける事、自由になる交通手段が無いことなどの理由があって果す事が出来なかった。
だが、こうして運転免許証を手に入れたので、ようやく実行に移した訳である。
「ここって誰の家なんですか?」
表札を確認する俺にカローラが尋ねてくる。
「あぁ、マサムネのこの日本での実家だよ」
「えっ? あの特別勇者のマサムネですか?」
カローラが目を丸くする。
「あぁ、そうだ、マサムネにもし俺が日本に戻ることがあれば妻子の所へ行って欲しいと頼まれていたんだ」
カローラにそう答えると俺は玄関に向き直って、呼び鈴を押してみる。
ピンポーン♪
呼び鈴の音が鳴り響く。という事は電気が通っていて人が住んで居るという事だ。すると家の中から物音がして玄関に近づいてくる。
「はい、どちら様でしょうか?」
玄関の扉が半身を出す分だけ開くと、所帯疲れした女性が姿を現わす。
「あ、あの…こちらはツクバ・マサムネ様のお宅でしょうか?」
俺がそう尋ねると女性の眉が少し悲し気に曇る。
「はい…そうですが…主人はもう…」
「知っています… マサムネさんが亡くなった扱いになっている事を…」
俺がそう答えると、奥さんと思われる女性は一瞬はっとした顔で俺を見る。
「貴方は…?」
「アシヤ・イチローというものです、旅先でマサムネさんにはお世話になったので、ご仏前をお参りしたいと思いまして… 後、旅先であったマサムネさんの話を遺族の方にお話出来たらと思い参りました」
すると奥さんははっと驚いたような顔をして目を見開く。
「しゅ、主人と話を!?」
すると、半開きだった玄関の扉が完全に開け放たれる。
「どうぞ、中にお入りください…」
そう言って、家の中に招かれる。
「では、失礼します」
そう言って玄関に入ると、玄関を入った所に子供の姿が見えた。見た感じ小学校に入ったばかりの男の子に見える。マサムネは幼稚園の子供がいると言っていたが、マサムネが異世界に行ってからこちらの時間では1〜2年程経っているという事か…
「坊主、お邪魔するぞ」
「うん、いいよ」
子供は都市の割にはハキハキとして答える。
「どうぞ、主人はこちらにいます」
そう言って奥さんにこの家の居間に案内される。その八畳ほどの広さの居間の中央には昔ながらの食卓が設置されており、部屋の壁際にテレビと並んでマサムネの仏壇が備え付けられていた。
俺はその仏壇に祀られたマサムネの遺影を見る。
(異世界とまんま同じ顔をしてるな…)
違っているのは自衛官の制服を着ているか、特別勇者の装備をしているかの違いだ。
俺はまず紙袋の中から菓子箱を取り出してマサムネの仏前に供える。
「えっ!?」
カローラが小さく驚きの声を上げるが、そんなのは無視だ。俺はそのまま仏前に手を合わせてお参りをしようかと考えたが、やはり、アレをしようと考えて奥さんと息子に向き直る。
「…奥さん、不躾なお願いですが、ちょっと台所をお借りすることは出来ますか?」
「えっ?! 台所ですか? 一体何をなさるのでしょうか?」
奥さんは怪訝な顔をする。
「いや…マサムネに食べさせてやるって約束しておきながら、食べさせてやれなかった物があるので… 作って仏前に供えてやりたいんです。あっ! 勿論、ちゃんと材料は買ってきておりますので、ご心配なさらずに」
そう言って、俺はスーパーの買い物袋を掲げて見せる。
「…分かりました、こちらへどうぞ…」
奥さんは俺を台所へと案内した。
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