第458話 現代日本にいた頃のイチロー
「ただいま~」
俺はただいまの声を上げながら、部屋に入る。
「あら、イチロー、帰って来たの」
奥の部屋から聖剣の声が響く。
「カローラは?」
俺は部屋に帰る途中で買ってきた食材を冷蔵庫に詰め込みながら尋ねる。
「まだ寝てるわよ」
「そうか…」
今の時間は午後四時、俺が部屋をでる九時にカローラは寝始めたので七時間経ったわけだが、まだ寝ているのも頷ける。
「それで、どうだったの?」
「うーん…」
俺は米を研ぎながら、どう答えるべきか考える。
「その返事だと、芳しくなかったようね」
「うーん… そうだな… 帰還方法と言う意味では、あまり成果が得られなかったな…」
(ピッ! 炊飯を開始します)
炊飯のボタンを押すと音声が流れる、最近の炊飯器は凄い事になってんな…
俺は、電気ケトルで沸かしたお湯でコーヒーを作り、居間へ入る。
「あら? 思ったほど、落ち込んだ悲しい顔をしてないわね」
「ん? なんで俺が落ち込むんだ? この世界での俺の死亡現場を見に行っただけだぞ?」
手を止めて俺に向き直る聖剣にそう答えながら、俺はどっしりとソファーに腰を降ろす。
「いや、昔住んで居た場所に戻るって話をしていたから、私はてっきり両親に会いに行っていたのかと…」
「あぁ、そう言う事か、俺の両親は離婚していて、転生する前は俺は一人暮らししてたんだよ」
そう言ってコーヒーを啜る。
「じゃあ、ご両親はどこにいるのよ?」
「知らね」
「知らねって… 自分を親なのに… 本当に知らないの?」
他人事のように一言で答える俺に、聖剣が少し驚いたようにピクリと動く。
「あぁ、俺が小さな頃から両親仲は悪かったからな… 俺が16になってある程度独り立ちできるようになった時に、全員無理して家族ゴッコなんかする振りを止めて、三人とも自由に生きようって話したんだよ」
「あら、そうだったの…こちらでは大変な人生を送っていたのね…」
聖剣が珍しく俺に同情する素振りを見せて答える。
「いや、そうでもなかったぞ?」
「えっ? そうなの?」
サラリと答える俺に聖剣は驚いたような声を出す。
「あぁ、両親を解放してやった代わりに、学校を出るまでの間は、両親から仕送りをしてもらえるように取り付けたし、俺も一人暮らしを始める事が出来たからな… そりゃ女を連れ込みたい放題だったぞ」
「…前言撤回、やはり貴方は最低だわ…」
先程まで、少しは俺に同情していた聖剣はプイとパソコンに向かって、手を動かし始める。
「いや、俺も少しは苦労したんだぞ? 自分でもバイトして金を稼いでいたけど、高い物は保証人の親がいないから、ローンで買えなくて辛い思いをしたんだぞ?」
「ちなみに買えなかった物とは?」
聖剣がチラリと俺を見る。
「高性能パソコン」
「やはり、全然苦労してないじゃない」
呆れたようにパソコンに向きなおる。
「そうか? 当時の俺からするとかなり需要事項だったんだがな…」
対人、対戦系のゲームだとラグ死だけはテクニックでどうにもならなかったからな…ネット回線の混雑ならまだ納得できるが、PC性能でのラグ死はな… 当時は一般人では廃課金の金持ちには勝つことが出来ないって感じがして我慢できなかった…
聖剣とそんな会話をしていると、上のロフトからもぞもぞと物音が響き始める。
「ふわぁぁ~ 良く寝たぁ~」
「おっ、カローラ起きたか」
「おはようございます、イチロー兄さま」
そう言って、よたよたと危なっかしい手つきで梯子を下りてくるので、途中で抱きかかえて降ろしてやる。
「ありがとうございます、イチロー兄さま、それで調べ物はどうだったんですか?」
「うーん、それはだなぁ~」
俺はチラリと時計を見る。
「とりあえず、飯でも食いながら話すか…」
………
俺はテーブルの上にホットプレートを置く。
「あれ? これ、ホットプレートですよね?」
カローラがマジマジとホットプレートを見る。カーバルでも即席で作ったホットプレートを見ているので、なんら不思議は無いはずだが…
「あぁ、そうだが」
「でも、火を噴くためのシュリはここにはいませんよ? もしかして魔熱式ですか!?」
「ちげーよ、ここのホットプレートは電気で動くんだよ、パソコンもそうだろ? 後、シュリを熱源扱いしてやるな」
「カーバルでシュリを熱源扱いしていたのはイチロー兄さまじゃないですか…」
カローラがジト目で俺を見る。そう言えばそうだったな…
…やはりディートには早急に薄型魔熱式ホットプレートを開発してもらわんとダメだな…
「それでホットプレートを使って何をするんですか?」
「ん、焼肉でもしようかな? って思って」
そう言ってカローラに箸と取り皿を渡す。
「焼肉って…私、寝起きなんですけど…」
「俺はちょっと外に出ていたから腹が減ってんだよ」
そう言って買ってきた肉を取り出すとカローラが目を丸くする。
「えっ? 肉はそれだけなんですか?」
「それだけって… こっちでは肉は高価なんだよ… それにカローラは寝起きであまり食えないんだろ?」
一パック300グラムの和牛をチマチマとホットプレートの上に載せていく。
「いや、昔は小食で寝起きはあまり食べられなったですけど… シュリに起こされて一緒に朝食を摂るうちに、シュリにつられて食事量が増えたんですよ… 寝ぼけている状態から覚めたら、目の前に山盛りの食材が置かれていることがありましたからね…」
そういえば、俺もカローラが残さず食べろとシュリに言われながら、一緒に食事をしている光景を何度か見たな…
「とりあえず、第一弾の肉が焼けたぞ、ほれ、カローラも食え」
俺は焼き上がった肉をカローラの小皿に載せてやる。
「本当に小さいですね…この肉…」
「つべこべ言わずに食え! じゃあいただきます!」
そういって俺は焼けた肉をパクつく。その瞬間、和牛のじゅわりと肉汁と程よい脂が迸り、口内に和牛の美味さが広がっていく!
「うまぁっ!!! やっぱ、和牛のサシの美味さは格別だなっ!!!」
「なんですか! この肉!! 口の中でとろける様な柔らかさと、溢れ出る肉汁!! これ何の肉何ですか!?」
カローラは目を皿の様に見開き、和牛の美味さに驚く。
「牛だよ! ここの牛肉は一味違うだろ?」
異世界にも牛肉はあるが、基本的に乳が出なくなった廃牛の肉であり、日本の和牛のような柔らかさと脂はない。
「確かに凄い美味しいですけ、ちょっと味が濃いですね」
カローラは瞳をキラキラさせながらモグモグと口を動かす。
「それはこの焼き肉がまだ完成してないからだよ! ちょっと待ってろ!」
俺はそう言って炊飯器からご飯をよそう。
「ほれ! カローラ! ご飯と一緒に食ってみろ!」
そう言ってつやつやに輝くご飯をカローラに手渡す。
「では…言われた通りに…」
カローラはパクリと肉を一切れ食べた後、ご飯を食べる。
「!!!!」
カローラはご飯を口に含んだ瞬間固まる。
「どうだ?カローラ?」
「うぉぉぉ!! なんですかっ! 何ですかっ! これ!! 手が止まりませんよっ!」
カローラは動き出したかと思うと、ご飯を口にかき込み始める。そんなカローラを見ていると俺も我慢できずにご飯を口にかきこみ始める
「うほっ! やっぱうめぇぇ!! 焼肉は白ご飯!! さいこう~!!」
「あんな小さな肉なのに、ご飯と合わせると… この世界の牛肉は恐ろしいですね…」
カローラは空になったご飯茶碗を見て、和牛の美味さに戦慄する。
「そう言えば、豚汁も買ってたんだった、こっちも美味いぞ!」
そういって、俺はお湯を沸かす為に電気ケトルのコンセントを刺す。
ボンッ!!
一瞬で、部屋の中が真っ暗になる。
「ちょっと! イチロー! どうなってのよ!!」
パソコンの電源まで落ちたようで聖剣が騒ぎ出す。
「…電気の使い過ぎのようだな… ブレーカーが落ちた…」
真っ暗な部屋の中、肉の焼けるジューっという音だけが響いた。
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