第130話 エビの味
「イチロー殿! その情報は本当なんですか!? 敵の軍勢が地下道を作り、ここハニバルを地下から侵攻しようとしているのは!?」
「あぁ、新しい捕虜であるベータからの情報だ。間違いはない」
俺は今、サイリスの自室で、アルファーとベータと名付けた新しい捕虜と共に、今回の敵の作戦情報を報告している。
「はい、間違いありません。女王より私は中継地点の坑道を掘る様にと命令がございました。そこで、キング・イチロー様に… キ、キ、キングぅ~」
「一体、どうしたのだ?」
説明をしていたベータが急におかしくなり始めたのでサイリスは目を丸くする。
「… アルファー頼む…」
「はい、キング・イチロー様」
俺が短くアルファーに言うと、アルファーはベータの頭を掴み、指先をグリグリし始める。
「はっ!? 失礼しました。少し取り乱した様ですね。話は戻りますが、そこでキング・イチロー様に私は破れましたが、私は中継地点を管理する一個体にしか過ぎません。他にも先行して坑道を掘っている者もおります(キリッ)」
いや、少しじゃねえだろ… ベータの奴、突然、アヘ顔になりやがって… 俺が恥ずかしいだろうが…
「そ、そうか… なるほど、地下より、全軍によるここの拠点の内部からの急襲を計画していた訳か… 随分と手堅く計画を考えていたのだな… …で、その… ベータというものは本当に大丈夫なのですか? 先程、少しおかしくなった様ですが…」
サイリスは困惑した顔でベータを見てくる。
「はい、大丈夫です。時々、キング・イチロー様への依存度が急激に上昇するだけで、キング・イチロー様への服従が解ける事はありません。急激な依存度の上昇も、私が修復いたしますので大丈夫です」
「です!(キリッ)」
サイリスの言葉にアルファーとベータはそう答えるが、本当に大丈夫なのかよ… ベータの奴、正気の時も何か言動がちょっとおかしい気がするんだが…
「わ、分かりました… そこは信用するしかないですね… ところで、その坑道がここに到達するまで、どれほどの時間が残されているのか分かりますか?」
「はい、中継地点を管理する私が抜けたとしても、後二、三日ですね(キリッ)」
サイリスの言葉にベータが答える。
「に、二、三日…だと…!? それではもはや、避難する時間は残されていないと思った方が良いようですね… 逃げ出したところで、追いつかれてしまう…」
サイリスはわなわなと震え、頭を抱えだす。
「…頭を… 頭を整理したいと思います… 少し、時間を頂けますか…」
サイリスは声を絞る様に言う。
「…分かった… まとまったら、また呼んでくれ」
俺はそう告げると、サイリスの部屋を後にする。
ん~ これは結構、マズイ状況だよな… 俺も覚悟を決めないといかんな… 仮に俺達だけで逃げ出すとしても、完全版のベータみたいな奴が何十人と来たら、流石の俺でも対処しきれん。
ちょっと、心の平穏を取り戻すためにも、ポチでもわしわしして、気を落ち着かせるか…
俺はそう考えると、本部の裏手の馬車の所へ向かう。
「あれ? カズオどうしたんだ?」
俺が馬車の所へ向かうと、馬車の前でばったりとカズオに出会う。
「あっ 旦那、ポチに餌をやろうと思いやして」
「あぁ、カズオもポチの事で来ていたのか」
「へい、しかし、ポチの奴、どこかに散歩に出かけている様で…」
カズオは困り眉をして頭を掻く。
「またか? 俺が前に来た時も散歩だったな… こんな所でどこに散歩しているんだろうな…」
そんな事を話していると、前回と同じように、向こうからポチの走ってくる姿が見える。
「おぉ! ポチが帰って来たぞ!」
「わう!」
ポチはそう吠えると、へっへっへっと息を弾ませ、俺の所へ、たぁーっと駆けてくる。
「よーしよしよし! いい子だいい子だ! ポチ! お前は可愛いなぁ~よしよし! あっ ポチ、ケツは向けなくていいぞ~」
「わう!わう!」
俺はじゃれついてきたポチをがっちり受け止め、ポチに会えなかった二日分のワシワシを開始する。
「よーしよしよし! いい子だいい子だ! ポチ! 二日も構ってやれずにすまなかったなぁ~」
「わう! くぅ~ん!」
ポチは腹見せのポーズをしながら、まるでブレイクダンスの様にくるくると回りだす。
「あれ? ポチ、また腹がパンパンじゃねぇか、散歩の途中でお前、何を拾い食いしてきてんだ?」
ポチの腹をなでてやると、これもまた前回同様に、腹がパンパンに膨れている。
「あぁ~ 恐らく虫の死骸を拾い食いしてきたんじゃないですかねぇ~」
俺の疑問にカズオが答える。
「えっ!? 虫!? 虫って、あの敵の虫の事か!?」
「へい、そうでやす。あの虫でやすね」
振り返って尋ねる俺に、カズオは答える。
「でも、あんなもん、食ってポチは大丈夫なのかよ… 身体壊したりしないか? そもそも、不味いんじゃないのか?」
「元々、虫でやすし、このあたりは気温も低く、湿度もからっとしておりやすので、痛みは遅いでやすね。あと、味は美味いでやすね、例えるならエビの味でやす」
「えっ!? マジで!? マジでエビの味すんの!?」
俺はカズオの言葉に目を丸くする。
「へい、あっしらオークはよく森の中で巨大化した昆虫を捕まえては食ってましたね、どちらかと言うと、御馳走の部類に入りやす。旦那も一度、食ってみやすか?」
あの料理上手のカズオが美味いというなら間違いはないだろう、俺も丁度腹も減ってきているし、怖いもの見たさというか、好奇心と言うか一度食べてみたくなった。
「じゃあ、ちょっと… 一度だけ、食ってみるか…」
「分かりやした。ポチ、虫の新鮮なのを頼みやす」
「わう!」
ポチはカズオの言葉に吠えて答えると、たぁーっとどこかへ走っていく。そして、暫くした後、数匹の虫を咥えて戻ってくる。
その虫を受け取ると、俺達は本部の台所へと向かった。そして、俺達はここの人間の好奇の注目をあびながら、カズオが手際よく、虫を捌いて料理していく。
先ず、腹の所をぐっと押さえて針を出してそれを抜き取り、そして、大きな鍋で軽く下ゆでをする。その後、頭、胸、腹、手足をばらしていく。
「あれ?」
「どうした、カズオ、やっぱり食えないのか?」
声をあげるカズオに尋ねる。
「いえ、この虫、本当のエビみたいに殻がむけるので、ちょっと驚きやした」
そう言って、カズオは腹の部分を、エビの殻を剥くように殻をとっていく。先ほどまでは単なる虫の解体にしか見えなかったが、ここまで来ると、ちゃんとした料理の様に見えてくる。
「もうしばらく掛かりやすので、旦那は食堂の方で待っていてくだせい。出来たらお持ちしやすので」
「おぅ… そうか、分かった」
ちゃんと料理の光景に見えて来たので、俺はカズオに言われるがまま、食堂に向かい、テーブルで待つ。
しばらくすると、皆の注目を浴びて、人混みを引き連れながら、カズオが美味そうで香ばしい香りとともに、大皿の料理を運んでくる。
「見た目が虫と分からない方が食べやすいと思いやしたので、フライにしてみやした」
カズオはそう言いながら、大皿を俺の前に置く。その上には、極太で巨大な、尻尾のないエビフライの様な物が乗っている。
ここの大勢の男たちが、俺を取り囲み、固唾を呑み… いや、涎を垂らして、俺が料理に手を付けるのを待っている。
俺はフォークとナイフを手に取り、巨大なエビフライを食べやすい一口サイズに切り分ける。切り取る際に、程よい弾力と、切り口から、本物のエビの様な白い肉質と中に仕込まれた橙色のソースが流れ出るのが見える。
俺は、覚悟を決めて、パクリと一口食べ、目を閉じながらゆっくりと咀嚼する。
「うぉっ… マジだ… マジ、エビの味がする… しかも中に仕込まれているこのソースも美味いぞ…」
「へい、それは、虫のミソでやすね、まぁ、カニみそのようなものでやす。頭や胸の所からとれるのを使いやした」
俺はカズオの解説を聞きながら、もう一口分切り分け、口に運ぶ。
「いや、マジ美味いな、これ… カズオが御馳走の部類って言っていたのが分かる! これは美味い!!」
俺がムシフライを美味しそうに食っている所を見て、周りで物欲しそうに見ていた男たちが声を上げ始める。
「俺達も食いたい!」
「これ、俺達も虫をとってきたら、作ってくれるか!?」
「もう、これを見たら普段の粥なんてくえねえよ!!」
「あっ へい、 材料さえ持ってきて下されば、作れやすよ、厨房の料理人もあっしの作り方を見ていたので、みなさん持ってきても大丈夫でやすよ」
「うぉぉ!! 今すぐとって来る!!」
「俺達の分も作ってくれ!!」
「久々のごちそうだ!!!」
男たちは怒声をあげると、食堂を飛び出し、皆で虫の死骸を集めにいった。
こうして、2時間後には、都市の周辺の虫の死骸が一掃されたのであった。
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