第123話 出発の準備
現在、ここの本部全域において、人員が慌ただしく動き回り、食料回収作戦の準備を執り行っている。…馬だけに限らず、馬車を引く事が出来る生き物は、荷馬車や荷物を載せて運ぶことが出来る馬車も全て引くために、動員している。
今回の作戦では、俺達の馬車に使っているスケルトンホースも使用する。荷馬車などに比べ、それを引く動物が少なすぎるのだ。どうも籠城中に少しづつ食料としていたらしい。
「主様よ、なぜ、わらわがこの姿でこのような事をせねばならんのじゃ?」
ドラゴンの姿になったシュリが地面に寝そべり、顔だけをこちらに向けて聞いてくる。
「今、用意できる馬や馬車を全部使っても、運べる量が少ないんだ。悪いがシュリ、頼む!」
不機嫌そうな顔をするシュリに俺は大声で返す。
シュリは今、ドラゴンの姿になって寝そべって、その上に本部の人員たちが、荷物を乗せるための簡易の鞍を作っている。シュリはその事が気に入らないのだ。まぁ、人間で例えれば、寝そべっていたら、背中にネズミが這いまわるような物なのであろう。シュリが不機嫌になるのは分かる。
「主様、これを作戦開始から、こちらに戻って来るまでずっとやらねばならんのか?」
「いや、行きは人間形態でいい、向こうで荷物を運ぶ時に、またドラゴンの姿になって鞍を着けるそうだ。ドラゴンの姿のままでは隠密行動が出来ないからな」
「あらあら~ シュリちゃんってば、本当にドラゴンだったのね~」
シュリに声をかけていたら、俺の後ろから声が掛かる。振り返ると、ハルヒがシュリのドラゴン姿を見に来たようであった。といっても、服装はあのメイド服姿である。作業をする男たちはハルヒの姿を見ると、10分間の休憩ですっきりさせたはずなのに、また、前屈みになり始める… ここの男どもは飢え過ぎだろ…
「あっ ハルヒ殿! わらわじゃ! シュリじゃ!」
「はいはい、見てるわよ~ シュリちゃん、カッコいいわねぇ~ 頑張ってね」
「がんばる! がんばるのじゃ!」
シュリもチョロいなぁ~ ハルヒの応援ですっかり機嫌を直してやる気になっている。
「イチローさん」
ふと、急にハルヒが俺の耳共に囁いてくる。もしかして、これはお誘いか!?
「あんまり、シュリちゃんをやきもきさせたらダメよ」
そう言うとハルヒは馬車の中へと戻っていく。シュリの奴、ハルヒに何を言ってんのやら…
「旦那ぁ~」
今度は、カズオが俺の元にやってくる。
「旦那に言われて、樽を背負えるようにベルトをつけやしたが、これは一体何をするもので?」
カズオが樽を背中に背負いながら言ってくる。
「あぁ、それは、行き帰りにカローラを詰めるものだ」
「えっ? カローラ嬢を?」
カズオは俺の言葉に眉を開く。俺は、日陰の所でまた蟻を眺めているカローラを見つけ、呼び寄せる。
「おい、カローラ、ちょっと来い」
カローラはフードを深くかぶり、日傘をさしてちょこちょことやってくる。
「なんですか? イチロー様」
「カローラ、お前も今回の作戦に参加してもらう。恐らく、向こうへの到着は夜になるはずだ。夜なら、お前は実力を発揮出来るはずだ」
「分かりました。夜なら私も実力が出せますね」
「それで、行き帰りの日が出ている時は、カズオの背負っている樽の中に入ってもらうぞ」
そう言って、カズオの背中の樽を指さす。
「えぇ~ 樽ですか…」
カローラはちょっといやそうな顔をする。
「時間がないんだ、我慢しろ。それより、中での居心地が良いように、今の内に一度入って確かめておけ、それと一度入ると返って来るまで開けられんと思うから、ちゃんとトイレに行っとけよ」
「わ、分かりました… カズオ、馬車の中から毛布持ってきて、中に詰めて」
「へ、へい、分かりやしたが、その前に先ず、洗いましょうか… カローラ嬢が中に入るとは知らず、魚の塩漬けようの樽を持ってきやしたので…」
カズオはそう言って、樽を降ろし、蓋を開ける。
「うわぁ! くっさ! ちょっと臭い! えぇ~ 何!? この匂い! 前の魚の塩漬けと同じ臭いじゃない!」
「もう、時間がねぇからさっさと準備しろよ…」
なんだか、面倒な事になりそうなので、俺は一言だけ声をかけてその場を立ち去り、準備の指揮をしているサイリスの所へと向かった。
「サイリス、準備の塩梅はどうだ? アルファー、お前はここにいたのか」
サイリスの隣にアルファーもいて、俺の声に二人とも振り返る。
「あぁ、これはイチロー殿、やはり、兵糧不足の為に馬を〆たのが響いていますね… 移動力が足りません。今回は食糧倉庫に辿り着き、積み込んだらすぐに撤退する作戦なので、防衛主体の重装兵を使うつもりでしたが、全身鎧は重すぎるので、大楯だけを装備することになりました… 被害が心配です」
「キング・イチロー様、私は、他者のドローンをコントロール出来るであろう範囲を教えておりました」
「なるほど、敵が来た時はアルファー中心の円陣を組んで、円周部に大楯を持った兵が守備をするわけか」
「そういう事です、イチロー殿」
サイリスは頷いて答える。
「しかし、実際にどれぐらいの食料が必要なんだ? 運べる量なのか?」
「そうですね、今ここには兵と住民、そして避難民も含めて7000名程います。ウリクリ方面にしろ、南方のオークワにしろ、一般人を伴った移動では二週間ほど時間が掛かります。なので、その間の必要な食料は、ざっと1500袋になりますね…」
「やっぱ、結構いるな…」
「えぇ、一応、ウリクリにもオークワにも貴重な馬を使って、避難する旨を伝えているので、途中まで食料を持って迎えにきてくれたら良いのですが…」
これは、食糧倉庫にどれだけの食料があるかで、避難の行進が死の行進になりそうだな…
「とりあえず、行ってみないと分からないな」
「はい、そうですね。それと、イチロー殿には申し訳ございませんが、先行の囮をお願いします」
今回の作戦での俺の役目は、本隊より先行して進み、もし、敵がいた場合は、俺が囮になって敵を引きつけ、その間に本隊はアルファーやカローラが防衛しながら進むという作戦である。
「任せておけ、俺ぐらいしか、囮をしてその後に逃げ出せる人物はおらんだろ」
「そう言って頂けると助かります」
サイリスは俺に頭を下げる。まぁ、一般人なら死んで来いと言っているような物だからな。サイリスなりの誠意だろ。
「気にするな。俺が進んで引き受けたことだ。では、別の所に行ってくる」
俺はサイリスにそう告げると、最後の不安要素がある人物の所へ向かう。それはフィッツの所である。
フィッツは俺と同じ先行隊に所属し、敵と遭遇した場合は、本隊にその情報を伝えてに行く役目を背負っている。結構、重要な役目だが、俺のお付であるフィッツが望んで志願したことだ。
「フィッツ、準備は大丈夫か?」
「イチロー様!」
フィッツは自分が騎乗する馬の確認を行っていて、俺の声に振り返る。しかし、その顔色は悪く、かなり緊張というか思い詰めている様子だ。
「フィッツ、どうした? 顔色が悪いぞ? 心配なのか?」
「えっ、あっ… はい… 少し心配です…」
フィッツは伏目がちに少し身を竦めて答える。
「心配すんなって、敵と出会っても、ちゃんと俺が本隊が襲われないように誘導するから」
「いえ、その事ではなく、囮をされるイチロー様が心配で…」
フィッツは不安を湛えた瞳で俺を見つめてくる。
「あぁ、俺なら心配するな、一度戦った事がある。だから、作戦も成功させるし、本隊にも敵を向かわせないし、そして、フィッツ、お前も怪我一つしないように守ってやるよ」
俺はそう言って、フィッツの頭をワシワシしながら撫でてやる。
「イ、イチロー様…」
「俺は勇者だぞ? 信じろフィッツ」
「はい! 私はイチロー様を信じます!」
フィッツは不安を吹き飛ばし、笑顔で答える。
「イチロー殿! そろそろ時間です! 出発して下さい!!」
向こうから、サイリスが声を飛ばしてくる。
「よし、出番だな」
俺は馬にさっとまたがり、フィッツに手を差し出す。
「いくぞ、フィッツ、案内は頼むぞ」
「はい! 私に任せてください!」
フィッツが俺の手を掴むと、さっと引き上げ、俺の前に座らせる。
「よし! 行くぞ!」
「はい! イチロー様!」
俺達は、傾きかけた日の光を浴びながら、食糧庫へ向かって駆け出して行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます