第118話 サイリスの悩み

 地下牢での敵将との面会の後、俺一人、サイリスの部屋に案内されて、お茶を持て成されていた。まぁ、他言無用の話があるのだろう。ここでは珍しい湯気が立ち上るティーカップのお茶を差し出される。おそらく、サイリスの秘蔵の品だと思う。食堂などでは水しか無かったからな。


 俺は差し出されたお茶を口元に運び、一口含む。流石にサイリスが最新の注意を払いながら入れたお茶なので、中々に美味い。おそらく、サイリスのここでの唯一の贅沢なのであろう。サイリスも一口含んでから、ふぅーっと息を吐いて、精神的な緊張をほぐしている様だ。


「で、話とはなんだ?」


 俺はカップをテーブルに置きながらサイリスに問いかける。テーブルは食堂のテーブルとは異なり、ちゃんと清掃をされている様だ。この部屋全体もサイリスの使う事務机以外は整理整頓、清掃が行き届いている。おそらく、個人的なスペースだけは自分自身で清潔さを保っているのであろう。


「改めて言いますが、地下牢での話とここでの話は他言無用でお願いします。この事はお仲間にもお伝えいただけますか?」


「あぁ、了解だ」


 サイリスは地下牢を出る際に、俺達に地下牢での話は他言無用と厳命してきた。それを再び重ねて言ってくる。


「しかし、敵を一掃して頂いたノブツナ殿に対して言うのは気が引けますが、本当に面倒なものを連れ帰って来られたものです… おそらく、混乱した人間の娘と間違えて、殺さずに連れ帰ったものと思いますが…」


 俺は再びティーカップを口に運び、お茶を飲みながらサイリスの言葉を考える。おそらく、ノブツナ爺さんは敵将と分かった上で、殺さずに連れ帰った様な気がする。エロ本の件から察するに、敵将の姿がストライクゾーンだったから殺すのに忍びなかったんじゃないかな?


「特に問題なのが、奴の言っていた事ですね、奴らの仲間となって生まれ変わるという事です。これが問題です。」


「自分の立場や現状に不満があるものが、こんな惨めな人生を送るぐらいなら、あいつらと同化した方が良いと考えるかもしれないという事か?」


自分の言った言葉にイラつき始めるサイリスに俺はそう返す。


「そうです… これだけは他の者に知られてはなりません… 人類社会が崩壊してしまいます…」


サイリスはティーカップを持っていない方の手を強く握りしめて言い放つ。


 あぁ、サイリスがイラつく理由がなんとなく分かってきた。こいつ、あいつらの社会を納得は出来ないが、理解は出来るのであろう。俺も様々な場所を旅してきたからよく分かるが、あいつが言っていたように、素養の無いものが頂点に立ち、下々の物に理不尽な生活を強いている所が数多くあった。だが、あいつらの社会なら、そんな理不尽な生き方を強いられない。そして、皆、個人個人の自由意志から来る我儘な生き方ではなく、繁栄という目標を全ての個体が持って生きていくのだ。ある意味、単一種族としては理想的な生き方かもしれない。


 あいつらの生き方は、個々の生命が単独であるのではなく、種族全体が一つの生命体として生きている考え方なのであろう。人間の身体で例えると、脳がトップの個体で、細胞一つ一つが個体であり、人間の独裁者は手足に養分が行き渡らなくなっても、自分だけが養分を得たり、また、我儘な個人の細胞は、自分の事だけを考えて、総体としての人間の生命が危うくなっても、自分だけの命や利益を考える。しかし、あいつらの生き方は総体としての生命がより良く存続できるように行動する。


 そこに頭の回るサイリスは論理性と合理性を見出して、その価値を認めてしまったんだな。生き物としての正しい生き方と、人間としての良心から来る正しさとが、頭んなかでせめぎ合ってイラついているみたいだな。


「サイリス、お前さぁ… あいつらの社会というか生き方をどこかで認めてしまってるんだろ?」


 俺はサイリスに率直に問うてみた。するとサイリスは俺の言葉に顔を強張らせる。やはり、当たりの様だな。


「そ、それは…」


「いや、だからって、やつらに抵抗するなとか、同化してしまえなんてことは言わねぇよ。確かに単一種族としては良い生き方かも知れないが、他種族と共存できない時点でダメなんだよ。だから、やつらから見て他種族である俺達は抵抗して、あいつらを排除しないとしょうがないんだよ」


 俺自身も詳しい事や難しい事は分からないが、いくら合理的、効率的といっても、多様性が無くなって、全て同じクローンみたいになったら、皆、同じ弱点を持つことになる。そうなれば、一つの禍で種族全部が死に絶える可能性があるとどこかで聞いたことがある。だから、生物には多様性があって、お互い共存しあっているということらしい。


 まぁ、小難しい話もあるが、ぶっちゃけな所、俺の感想から言えば、同じ女だけでなく、色々な女を味わえた方が楽しいだろって事だ。飯についても同じだな。いくら身体にいいからといって、毎日三食同じものを食いたくねぇよ。


「まぁ、あいつらの社会を見て、人間社会が劣っているように見える所もあるが、それは人間のお偉い方が考える事だ。俺ら下々の人間が思い悩む事じゃねえよ」


「ふっ… そうでしたね… 私は一時的にここの責任者となったので、思い違いをしていたようですね…」


 サイリスは肩をなでおろして、顔の表情を緩ませる。一時的、部分的に組織の頂点に立ったことで、人類レベルの問題に対してまで考え込んだようだな。それが、ようやく気負い過ぎだという事に気が付いたようだな。


「あぁ、あいつらみたいになっちまったら、こんな風にお茶を楽しむ事なんて出来ないからな」


「そうですね。ありがとうございます、イチロー殿。貴方のお陰でかなり気が楽になりましたよ」


サイリスはそう言うと、ティーカップに残っていたお茶を飲み干す。


「あぁ、それならよかった。で、ちょっとお願いがあるんだが?」


「なんですか?」


サイリスの話にはケリがついたので、今度は俺の要望についてサイリスに頼もうと思う。


「敵の大将の事についてなんだが、もっと情報が知りたい。俺にもあの地下牢への入室許可を貰えるか?」


「あぁ、奴らに対処していくのなら必要ですね、分かりました。許可を出しておきましょう」


心の重荷が取れたサイリスは快く承諾する。


「ありがてぇ、俺の故郷に、『彼を知り己を知れば百戦殆からず』って言葉があるんだが、奴の事をよく知れば弱点とか対処方法が掴めるかもしれんしな」


 まぁ、サイリスに対しては、このように述べたが、実際の所、ボロを纏って隠されていたあの身体を色々見て、触っていじくりまわしたいという邪まな気持ちからであった。



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