第113話 転生者考察

「よっこいしょっと」


 ハルヒは馬車の中のソファーに腰を降ろし、その横にまるで蓋をするようにシュリが腰を降ろして、ガッチリ、ハルヒの隣をガードする。そんな隣をガードしなくても話に来たんだから、キャバクラみたいに隣は座らんよ…


まぁ、そんな感じで俺はハルヒの正面に腰を降ろす。


「では、何から話しましょうかね… そう言えば、イチローさんって日本人ですよね?」


「あっ、俺が日本人だと分かるって事は、やはり貴方も日本人ですか?」


「はい、そうです。名前からして日本人じゃないかなぁ~って思っていたら、やはりそうでしたね、ノブツナさんと同じですね」


「えっ!? ノブツナ爺さんともあったの?」


俺はハルヒの口からノブツナ爺さんの名前が出てきたことに驚いた。


「はい、街でお見かけした時に、日本刀をお持ちでしたから、もしやと思って声を掛けたんですよ。イチローさんもノブツナさんの事をご存じだったのですね」


 ご存じどころか、本屋でエロ本を奪い合った仲だよ… ってか、ノブツナ爺さん、多分、ハルヒの事を見て、あのエロ本買ったんだな… やっぱノブツナ爺さんも男だよな。しかし、この事はとてもじゃないが、本人には話すことはできんな…


「あぁ、同じ冒険者をしていて良く知った仲だ。ノブツナ爺さんも俺も同じ転生者みたいだが、産まれた時代がかなり違うようだが…」


「やはり、そうだったんですか? 日本刀持っているから、時代劇が好きなのかなぁ~って思って、子連れわんわんとか、鬼嫁犯科帳とかの話をしてみたのですが、さっぱりご存じで無い様で…」


 どっちも江戸時代に入ってからの話しか、それならノブツナ爺さんが分からないのも無理はない。


「ノブツナ爺さんは戦国時代までの人だから、江戸時代の話は分からないと思う」


「そうだったんですねぇ~ ちなみにイチローさんは何時代からですか?」


 ハルヒは元々なのか、それとも保護されて安心しているなのか分からないが、ころころと表情を色々と変えながら俺に話をしてくる。くっそ可愛いなぁ~ あの本を手に入れられなかった事が惜しまれる… 今度、ノブツナ爺さんに出会ったら貸してもらえないかな…


「俺は平成から令和にかけてですね令和元年です」


「令和? 令和って年号変わったんですか!?」


 ハルヒは眼を丸くする。令和を知らないという事は、ハルヒは俺より前に転生してきたようだな。


「平成31年、西暦で言うと2019年に年号が平成から令和に変わったんですよ。ハルヒさんは何年ごろ、こちらに来たんですか?」


「ん~ 私は歌うロイドのリンが発売されて翌年ですから西暦2016年、平成でいうと28年ですね」


 俺と転生時期が三年違いか… でも、あの小説を見る限り、世紀末暴力漫画のネタをぶち込んできたよな、俺は親父のコレクションを読んで知っているけど、この人のリアル年齢は幾つなんだろ? 今の見た目的には二十歳前後だけど…


「そういえば、あの小説、『初恋、はじめました』の中で登場人物に北方の拳のキャラ名だしてましたよね?」


「まぁ! イチローさんも読んでくれたんですかぁ~!? 嬉しいです! うふふ」


読んだというか、シュリがごねていたので読まないといけなかったと言うのが正解かな。


「で、なんで北方の拳のキャラ名なんか使ったんですか?」


「それは、先に転生された方を参考して、日本のキャラを使ったものを出せば、同じ日本人ならコンタクトが取れるんじゃないかと思ったんですよ」


「えっ!? 先に転生された方を参考にした?」


「はい、アノレコさんの『消える初恋』とか『とらみちゃん』ですね」


 あぁ… あのドロドロした奴か… 魚介さん一家が爛れた性生活していたり、未来からの狸型ロボットの登場人物が全員寝取り寝取られを繰り広げる奴…


「では、その作家も日本からの転生者だったのか… 道理で…魚介さん一家やたぬえもんが出てくる訳だ…」


「まぁまぁ、『消える初恋』や『とらみちゃん』も読まれたのですねぇ~ イチローさんってば、結構、乙女なんですね、うふふ」


 女性の感覚では、男がりぼんやなかよしでも読む感覚なのか? あれを読むのは… 今まで知らなかったけど、女の子の読む本ってこえーな… 


「で、その作者とは会ってみたの?」


「あぁ、会いましたよ、その方は昭和の時代から来たようでしたね」


「昭和かぁ~ だから、魚介さん一家とたぬえもんなのか…」


 しかし、転生の時期が色々とバラバラだよな… ノブツナ爺さんは戦国だし、もう一人は昭和、ハルヒが平成、で俺が令和か…


そして、俺はもう一つの疑問を投げかけてみようと思う。


「今まで、あった転生者の中で、元の世界に戻る方法を見つけた人はいるか?」


「元の世界ですか…?」


 ノブツナ爺さんみたいに新たな生を謳歌している人もいれば、元の世界に帰りたがる人もいるだろう。俺自身は元の世界でもそこそこ楽しんで来たし、ここの世界も愉快に楽しんでいる。だが、これから合う事もある転生者が元の世界に帰りたがったら、その為の手段を教えてやるのもよいだろう。皆が望んで異世界に転生したわけではないはずだ。


「そうだ、そもそも、ハルヒさんだって帰りたいとか思わないの?」


「ん~ そうですね…」


大らかのんびりだったハルヒが少し眉を顰める。


「確かに元の世界は便利なものに溢れていて、生きやすい環境ではありますが、家族をなくした私にとって、そんなに帰りたいと未練が残っている訳でもないですね…」


「そうなのか…」


「はい、それはもう一人のアノレコさんも同様でしたね。ただ、私やイチローさんとは異なり、異世界転生やファンタジーがメジャーな時代では無かったので、最初は凄く戸惑ったそうですが」


 確かに昭和時代に異世界転生ものなんてなかっただろう。ファンタジーに関してはゲームぐらいか? いや、よくよく考えれば、聖剣士タンバリンは異世界召喚ものだよな…


「そういえば、アノレコさんが出会った他の転生者が変わった事を言っていたと聞きましたね」


考え込んでいた俺にハルヒが声をかける。


「どんな事を?」


「答えは空にあると…」


「空にある?」


俺は馬車の天井があるので見える訳がないが、空を見上げる。


「正確には夜空ですね。星の声を聞けば分かると… 私には何の意味か全く分かりませんでした」


 俺はハルヒの言葉に視線を降ろし考え込む。俺は冒険する中で、何度も地面が床で空が屋根の状況で、過ごしてきた。その中で何度も夜空の星々を眺めてきた。月だって何度も眺めた。しかし、俺がいた時代の星座を見つける事は出来なかったし、月だって、俺のいた世界よりかなり近くに見える…


「俺にもさっぱりだな…」


「ですよね…」


 でも、ハルヒと話して分かった事は、転生してくる人間は、あまり現世に未練を残していない人が多そうだな… これって単なる偶然か? それとも生きていく中で未練を断ち切るのであろうか… どうなんだろう… 疑問は増すばかりであるが、今はどうしようもない事だな。


「そろそろ、わらわも話してよいか?」


俺とハルヒが沈黙する中、シュリが声をあげる。


「おう、なんだ?」


「ハルヒ殿、改めてお願いするのじゃ、『初恋、はじめました』の続きを書いて欲しいのじゃ!」


シュリがハルヒに向き直り、懇願し始める。


「えぇ、いいわよ~ だって、シュリちゃんの為ですもの」


「やったぁ! やったのじゃ! 続きを書いてもらえるのじゃ!」


シュリは子供の様に両手をあげて喜ぶ。


「でも、紙はどうするんだ? 馬車の中にはメモ用紙ぐらいしか無いぞ?」


俺の言葉でシュリははっと顔色を変える。


「なぁ~ 主様よ、お願いがあるのじゃ」


「なんだよ、結局、俺頼みかよっ!」


 なんかこいつ、俺をたぬえもんだと思ってんのか? 毎回毎回、お願い事をしてきやがって…お前はノビオか!? って、まぁ、ミケを飼ってもいいかとか、農機具が欲しいとかだったとか、で、今回は紙か… まぁ、毎回毎回、普通の女の子がしてくるお願いではないよな…


「主様、ダメなのか?」


「…分かったよ… いいよ紙ぐらい…」


俺はテーブルを挟んで前のめりでお願いしてくるシュリにそう答える。


「やった! ありがとうなのじゃ! 主様!」


「でも、いいのですか? 今、物価は凄く高いですよ」


はしゃぐシュリとは反対にハルヒは心配そうに聞いてくる。


「大丈夫、当てはある」


俺はそう言って、ソファーから立ち上がり、食料品が収められている棚の扉を開く。


「これぐらいでいいか…」


俺は棚の中から、鹿の後ろ足の燻製肉を取り出す。


「まぁ! 立派なお肉!」


「これで紙との交換を申し出たら、ある程度の紙を手に入れる事は出来るだろ」


こうして、紙と燻製肉を交換して、ハルヒは馬車の中で執筆活動を再開していくのであった。





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