第109話 剣聖の功績

 あの状況下から会議が継続出来るのかと思っていたが、ちゃんと会議が成立したのが驚きであった。皆、喧嘩に疲れて論議を交わす気力が無かったのであろう。サイリスを中心に議題が持ち出され、それに皆が了承していく形で会議は進められたのである。これを狙って乱闘を静観していたのであれば、サイリスは結構策士だな。


 会議の中で、サイリスがウリクリのモーリスに援軍は出せるか? 難民の引き受けはできるか? 支援物資を再びお願いできるかと、要請があったが、単なる輸送隊の隊長であるモーリスは自分に返答する権限はないと全て受け流し、本国に帰ってから女王に上奏するとだけ答え、もし援軍を出すなら一か月、支援物資なら2週間ほどで再び出せるであろうと答えていた。


 この辺りのマイティー女王の采配はどうなのであろうか? この状態ではモーリスは子供の使いになるな… それとも即答させないのが目的であろうか。まぁ、急いで遠征軍を用意するといっても数を揃えられないし、少数では各個撃破されて消耗戦に陥るのが目に見えるな。


 サイリスは俺に対しても、いくつか質問などをしてきた、軍事や戦略、戦術などに詳しいかとか、仲間の戦力はどれだけあるかも聞いてきた。俺は現世で戦略ゲームなども行っていたが、あれはあくまでもゲームであり、実際の戦争での指揮などとったことが無い。ゲームの中では死者の数など数値でしかないが、ここでの死者はリアルな死体であり、その死体が先ほどまで会話や共に食事をしていた人物なんて事はありうる。なので、俺は素直に戦争の指揮などとったことがないとサイリスに告げた。俺のその言葉にサイリスは酷く落胆したようすであった。そんなに俺を当てにしていたのであろうか…


 そんな話で俺は戦闘に切り札的な扱いとなり、会議の内容も、今まで通りの状況で、ウリクリのモーリスへの要請は再び支援物資を送って欲しいという事になり、モーリスもそれであれば話が通りやすいであろうと答えた。そして、各部署の担当はウリクリへの支援物資の内容を纏めてモーリスへ報告するという事になった。


「今日の会議は以上という事で終了だ。皆ものは持ち場に戻ってくれ。あと、イチロー殿は少し残ってくれないか?」


「あぁ、分かった」


俺は短く答える。


「あと、フィッツ」


「はい!」


「イチロー殿はここに不慣れだ。君はこのままイチロー殿のお付になってここの生活についてイチロー殿に協力するように」


「はい! 分かりました!」


フィッツは嬉しそうな満面の笑みでサイリスに敬礼する。


「では、フィッツ。イチロー殿の部屋を用意してもらえるか? お仲間の分も」


「それなら、俺の仲間に目印かなにか貰えるか? 見た目幼女やオークやフェンリルが…後、骨メイドのスケルトンがいるんで、他の者が混乱するかも知れない」


「あぁ、分かった用意させよう。では、イチロー殿ちょっと、付いてきてもらえるかな?」


 俺はサイリスの後に続いて会議室を出る。そして、建物内を三階、四階と上がっていき、最後には螺旋階段のある所へやってくる。


「最後にここを上ります。ここを毎回上がるのが結構、大変でして…」


 そう言ってサイリスが螺旋階段を上がっていく。俺もその後に続くが、上を見上げると結構な高さがある。これは建物の外から見えた尖塔へと続く階段であろう。また、その螺旋階段の中央の空洞には井戸の釣瓶の様にロープと桶が用意されている。


 俺はサイリスに続き、ぐるぐると回る階段を登っていく。薄暗い無限に続くかと思われる階段を少しづつ上がっていくと、徐々に外の光が差し込み始め、辺りが明るくなってくる。そして、尖塔の上に出ると、一気に辺りが眩しくなり、外の風が一気に拭きかかる。


「お疲れ様でした。大変だったでしょ?」


「いや、それ程でも…」


 振り返り俺に声をかけるサイリスに短く答える。尖塔の上部はそこそこの広さがあり、屋根の部分には釣り鐘があり、また、四方吹き出しに見張りの兵が監視を行っている。そして、良く見るとこの尖塔の屋根から、都市の城壁へとまるで電線のようにロープがつるされている。


「敵が攻めて来た時には、ここで指揮を執っているのですよ。今後、イチロー殿にも、ここで待機してもらい、ここから劣勢な城壁に向かってもらうつもりです」


「ここで? 急いでいる場合なら、塔を降りる分だけ遠回りじゃないのか?」


 確かにここなら状況を掴みやすいが、実際に現場に向かうなら、ここにいなくても良いだろう。


「それにはこれを使います」


サイリスはそう言って、置いてある木箱の中から滑車の様なものを取り出して俺に手渡す。


「…もしかして、これを使って、そこのロープを伝って城壁に向かうのか?」


「よく分かりましたね。もしかしてやったことがあるのですか?」


 俺が子供の頃、山のキャンプ場に似たようなものがあったが、高さは落ちても転んで擦り傷を作る程度の高さであったが、こんな高さでやったことはないぞ… これ、多分30m程あるんじゃねえか? 落ちたら擦り傷程度ですまない、死ぬぞ。


「では、一度やってみましょうか、私がまず見本を見せます」


 サイリスはそう言うと、尖塔の広間の淵に行き、台に上って頭の上のロープに滑車を掛けると、勢いよく台を蹴ってロープを伝って北側の城壁へと空を滑走していく。そして、暫く滑走した後に城壁の上に辿り着いたらしく、小さな人影となって手を振っているのが見える。


「マジかよ… これ本当にやるのか…」


 俺は仕方なく台に上り、上を見上げてロープに滑車を掛ける。そして、いざ蹴りだそうと下をみるが、これは金玉が縮みあがる、所謂、玉ひゅんの高さだ。飛行魔法で空を飛ぶのと、魔法に頼らず空を飛ぶのでは、こんなに意識に違いが生じるものだのだな。


 しかし、ここでやらなければカッコ悪すぎる。俺は決意を決めて、台を蹴り滑車のロープに身を任せる。空中散歩の始まりだ。勢いよく、街の上をロープを伝って滑走し始める。最初は正直怖かったが、いざやってみると、これはこれで楽しい。足元に街の様子が流れていく。


「前を見てください! 前を!」


 街の様子を眺めていた俺に、急にサイリスの声がかかり、俺は慌てて前を見る。するともう城壁の近くになっており、終着地点に山積みにされた干し草が見える。


バフッ!


俺は勢いよく、干し草の山に突っ込む。


「大丈夫ですか?」


 サイリスが埋もれた俺に声を掛けてくる。俺は干し草の山から抜け出すと全身草まみれになっていた。


「干し草に足を伸ばして突っ込めば、全身草まみれになることは少ないですよ」


「…今度からそうするわ…」


俺は草を払いながら答える。というか、最初に言ってくれ。


「では、こちらへどうぞ」


 俺はサイリスに城壁の外側へと案内される。城壁の上の外側には斜め上に向いたネズミ返しの様なものが城壁の上一面に設置されており、そのネズミ返しは所々、穴が開いている。


「来た時から思ったんだが、これは一体何なんだ?」


「あぁ、これですか、これはノブツナ殿が考案された『虫返し』です」


「ノブツナ爺さんが?」


 よくよく考えれば、ノブツナ爺さんは剣豪の前に、長野業正に仕えた武将でもあったな。確か、あの武田信玄の猛攻に対して六度の侵攻を全て凌ぎきったんだよな。それなら防衛戦についてはお手の物か。


 なるほど、俺が会議の席で軍事には自信がないと言って、落胆されたのはノブツナ爺さんの働きがあったから、同様の活躍を期待されたのか…


「で、実際にはどう使うんだ?」


「はい、まず飛んでくる虫を魔法で焼き落とします」


「焼き落とすって、あいつらかなりの火力が無ければ、焼け死なんだろ? 俺が戦った時は、翅が焼けただけで、かなりの数が生き残っていたぞ?」


「えっ!? もう虫の大群と戦ったのですか?」


俺の言葉にサイリスは振り返り、目を丸くする。


「あぁ、勝ったというより、なんとか生き残ったという感じだったがな…」


あの戦いはかなりヤバかった、下手したらシュリがやられていたかも知れんな。


「いや… よく生き残りましたね… 私の上司である団長が、その序戦で討ち死にしたんですよ」


あぁ、なるほど、あれは確かに初見殺しの内容だな。


「で、話は戻りますが、魔法で虫の翅を焼いて、地上に落としても奴らは虫ですから這い上がってきます。当然、この城壁にも這い上がってきますが、そこでこの『虫返し』の出番です」


そう言ってサイリスは再び、『虫返し』に視線を戻す。


「この『虫返し』の穴の部分から、這い上がってきた虫の腹の部分を突いていくのですよ」


「あぁ、なるほど、城壁の上からでは、下に向かって突くのはあまり踏ん張れないし、叩くやり方では落とせないからな」


 俺は『虫返し』を良く見るために城壁の外側に赴く。すると、城壁の外側の景色が見えて来て、その異様な光景に気が付く。


「なんだ… 虫の死骸が一直線に伸びてるけど、あれどうやったんだ?」


 城壁の外側には城壁から垂直に黒い線を引いたように、まっすぐと虫の死骸が転がっている。


「あぁ、あれはノブツナ殿が敵の大将を見つけて、単身、敵に向かわれた時に出来た物です。あれのお陰で、我々はかなりの時間を稼ぐ事が出来ました。イチロー殿にも期待しておりますよ」


 これをノブツナ爺さん、ただ一人でやり遂げたのかよ… これ、多分数百単位ではなく、数千単位だぞ… これを俺にもしろっていうのかよ…


サイリスは俺に期待した眼で微笑んでいた。


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