第108話 殴る大会議戦

 なんでこう言うことになったのか理解したくないが、俺と輸送隊の隊長と少年兵のフィッツと、その様子を最初は見ていたハニバルとで、会議室の後片付けと掃除を行っていた。片づけをする俺たちにフィッツは何度も頭をさげて『すみません!』を繰り返していたが、こう汚くては俺たちが落ち着かない。その片づけの途中、街に鐘が鳴り響き、ラッパのへんなメロディーが響いていたが、俺たちは掃除を続け、その掃除が終わったところで、副団長のサイリスが他の人物を連れて会議室に現れた。


「あれ? なんだか会議室が綺麗に片付いてますね」


 俺たちが片づけた会議室を見て、副団長のサイリスが目を丸くして声をあげる。俺はその言葉に軽く殺意を覚えたが、自分たちで始めた事なのでとりあえず、怒りは腹の奥底に沈めた。


「とりあえず、皆さん、これから色々お話を致しますので、席についてもらえますか?」


 そう言ってサイリスはボサボサの頭を掻きながら、会議室のテーブルの一番上座に座る。その隣に市長のハニバルが座り、俺と輸送隊の隊長は最初に座った、上座に近い席に腰を降ろす。


 俺たちが腰を降ろすのを見て、サイリスが連れてきた人物たち四人が、俺たちの事を『誰?こいつら?』という目をしながら、それぞれ席に腰を降ろしていく。


「それでは、皆さん席についた所で、会議をはじめましょうか~ あれ? お客人にまだ、飲み物をお出ししていないのですか?」


サイリスは俺と輸送隊の隊長の前に何もない事に気が付き、目を丸くしながら言い放つ。


「すすっすみません!! 今、お持ちいたします!」


 フィッツは慌てて冷や汗を掻きながら、飲み物の置いてある机の所へ向かうが、コップなどの容器は散らかっていたのを片づけただけなので、洗っていない物ばかりだ。フィッツはそう様子に小さく『うわぁ…』と声をあげ、狼狽えながら少しでも小奇麗なコップを寄り分けていく。


 そして、その他よりマシなコップに水差しから飲み物を注いで、俺と輸送隊の隊長の所へ持ってくる。その様子をマジマジと見ていた俺と輸送隊の隊長は、互いに顔を見合わせる。


『これには手を付けない方が良い』


 俺と隊長とは無言で意思疎通をする。本来なら『ふざけんな!』と声をあげたいところであるが、戦時下で余裕の無い状況なのだからと諦める。その証拠に他のメンバーは差し出されたコップの飲み物をゴクゴクと飲んでいる。


「では、会議を始めましょう。まず初めに皆さんに紹介いたします。ウリクリ国から救援物資を運んでいただき、また、救援に認定勇者の方が駆け付けて下さいました。自己紹介をお願いできますか?」


サイリスの言葉に隊長が立ち上がり、皆に向き直る。


「私はウリクリ国、輸送隊隊長のモーリスだ。マイティー女王の命により、救援物資を届けに参りました」


「目録と受領書を頂けますか?」


 サイリスのその言葉に従い隊長のモーリスは懐から書類を取り出し、サイリスの元へ行き手渡し、サイリスは目録に目を通す。


「おぉ、携帯兵糧1000袋ですか、これはありがたい! ハニバル卿もご確認とサインをお願いできますか?」


サイリスはそう言って、隣のハニバルに書類を渡し、サインを促す。


「うむ、携帯兵糧1000袋だな。これでもうしばらくは頑張れそうだな」


 そう言って、ハニバルが受領書にサインをして、その後、サイリスがサインをした後に隊長のモーリスに受領書を手渡す。隊長のモーリスはその様子を見て、ようやく肩の荷を降ろしたかのように、胸をなでおろして受領書を受け取り、席に戻る。


「では次に勇者殿、自己紹介をお願いできますか?」


俺の番だな。俺はすくっと立ち上がり、皆を見回す。


「俺はウリクリ、イアピース両国の認定勇者のイチロー・アシヤだ」


俺が名乗った瞬間、隊長のモーリスを除く全員からどよめきが起きる。


「剣聖ノブツナ様が仰っていたアシヤ様だと!!」


「とんでもねぇ援軍だ!」


 ノブツナ爺さん、どんだけ俺の事を盛って話をしてんだよ… これだけ期待されたらやりづらいわ…


「みなさん、ご静粛に、会議を続けますよ」


皆がどよめく様子に、上座のサイリスが手を叩いて皆を落ち着ける。


「落ち着きましたね、では、会議を続けますが、モーリス殿、救援物資を頂いたところで申し訳ございませんが、更に救援物資や援軍を送って頂く事は出来ますか?」


サイリスはモーリスを見詰める様に問うてくる。


「いや、私は輸送隊の任をマイティー女王から仰せつかっただけで、それ以上の権限は持たぬ。ただ、ウリクリへの帰還後、女王への要望は承る事が出来るが…」


モーリスは言葉を濁し気味に答える。


「なるほど… そうですか… では、難民や、万が一の難民を含む全軍の受け入れが出来るがどうかも、ウリクリに問い合わせからでないと分からないのですね?」


「まぁ… そうです…」


サイリスの言葉にモーリスは申し訳なさそうに短く答える。


「ちょっと待て! 難民の受け入れや全軍の受け入れとは、ここを放棄するという事か!?」


 サイリスの隣にいたハニバルが騒ぎ始める。まぁ、ここにいる人間が逃げ出すという事は、ここの放棄となり、ここの領主であるハニバルの地位の後ろ盾も無くなるという事だからな… その事は受け入れられんだろ…


「いや、最悪の場合を想定してでの話です。剣聖ノブツナ殿の活躍で現在、ここに残っておりますが、ノブツナ殿の活躍が無ければ、今頃、陥落していたでしょう」


「それは、君たちの努力ややる気が足りないのではないか!?」


なんとかして、都市を放棄せず防衛に徹したハニバルは軍部の努力が足りないと言い放つ。


「ちょっと待ってくれ! あのような敵の大群に努力ややる気でどうにかなる状態ではないでしょ!」


 サイリスが連れ立ってきた男の一人が、立ち上がって異議を唱える。その男のガッチリした体躯とサーコート姿からするに、サイリス直属の部下であろう。


「何を言っておるのだ! 現に剣聖ノブツナ殿が一人で敵の大群に立ち向かい、敵将を捕らえて来たではないか! ノブツナ殿一人でそこまで出来るのに、なんでお前らは頭数だけあっても出来ぬのだ!」


 サーコートの男の言葉にハニバルは興奮して言い放つ。いや、ノブツナ爺さんと常人を一緒にしたらあかんやろ。


 その様子に黙って聞いていた、サイリスが連れてきた男の一人で、一番若そうな…多分、15歳ぐらいではなかろうか、一般兵の様な姿のヤンキーの様な男が立ち上がる。


「ふざけんなよ!そこまで言うなら、お前がせいや!」


「お、おまっ! なにを!!!」


「お前がしろって言ってんだろぉ! このボケカスがぁ!!」


 礼儀もくそもないヤンキーの言葉に、ハニバルは一瞬で顔を真っ赤にしてプルプルと怒りを現し、ヤンキーとハニバルのやり取りにその場の空気が凍り付く。


 えっ… なにこれ… こんなんが許されるの? ってか、なんでこんなヤンキーみたいな奴がこの会議の場に混じってんだよ…

 

 これだけ言ったら、無礼討ちでも衛兵使って会場から叩き出されるかと思っていたが、誰も動かず、ハニバルも黙って見ているだけだ。そこへサーコートの男がハニバルに追撃をしていく。


「そもそも、今の状況も、さっさと都市から撤退するなり、また副団長の指示通りに防衛の改修に許可を出さなかった市長が悪いんでしょうが!」


 それに対して、別の男が立ち上がる。サーコートでもなく、ヤンキーの様な一般兵の姿でもない、ちょっと上級な姿の衛兵姿の男だ。


「それを言うなら、いの一番で戦死したお前らの団長が悪いんだろうが!」


発言からさっするに市長側の人物の様だ。


「ぐぬぬ… 生き死には戦場の常だ… 仕方ないだろ…」


サーコートの男は項垂れて悔しそうに答える。


「だからと言って、いの一番に死ぬことも無かろう、それは無責任という奴ではないのか?」


別の上級衛兵姿の太ったおっさんがニヤニヤしながらサーコートの男を追いつめる。


「責任の事いうなら、市長の責任を見せろや、このボケナス!!」


ただでさえややこしい状況なのに、再びヤンキーが参戦する。


「黙れ! 下っ端がぁ!」


太ったおっさんがヤンキーに言い放つ。


「うるせぇ! デブ! 俺はこのボケナスの市長に言ってんだぁ! さぁ! お前が敵将討って来いヤァ!」


「そ、それは… 私は一般人で… ノブツナ殿は剣聖だから、出来る訳ないだろう…」


ハニバルはぷるぷると堪えながら、辿々しく言い返す。


「お前はその剣聖と同じことをしろと、俺たちに言い放ったんだろうがぁ! 今更、出来ねぇとは言わせんぞ! このボケナスがぁ!!」


 そう言ってヤンキーがコップをハニバルに投げつけ、そして、見事にハニバルの頭に命中する。それが戦いの始まりを告げるゴングとなった。


「このクソガキが!! もう許せん!!」


 太ったおっさんがヤンキーに飛び掛かっていくが、ヤンキーの前蹴りをもろに腹に食らってうずくまる。そして、ヤンキーがうずくまったおっさんに踏みつけを追撃していく。


 その様子を見かねて、サーコートの男がヤンキーを止めに入り羽交い絞めにするが、上級衛兵の男が、おっさんの敵と言わんばかりにヤンキーに殴りかかってくる。


 しかし、そのパンチはヤンキーでなく、羽交い絞めをしていたサーコートの男に命中する。


「くっそ! お前! 何をするんだよ!!」


サーコートの男はヤンキーを捨て、上級衛兵に殴り返す。


「何これ… なんだよこのカオスは…」


俺とモーリスは席から立ち上がって、その乱闘から離れる。


 おそらくこの会議はそれぞれの部署の責任者を集めた会議だと思われるが、その責任者達が、市長派、副団長派、ヤンキー派に分かれて殴り合いの喧嘩をしている。普通ではありえない光景だ…


 俺はどうすればいいのかと、思っていたが、途中から存在感の無かったサイリスが、別の衛兵を連れて現れ、乱闘している者を取り押さえていく。


 最終的には、太ったおっさんはボコボコにされて泣きじゃくり、サーコートの男と上級衛兵の男は互いに殴り合って顔を腫らし、ヤンキーは衛兵たちに取り押さえられて鼻血を垂れ流していた。ハンニバルは青い顔をしてプルプルと震えていた。


そして、男たちは衛兵たち付き添いで、元の席に強制的に座らされていく。


「では、会議を再開しましょうか」


サイリスは涼しい顔で言い放った。


おまっ… この状況で会議を再開するのかよ…




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