第107話 どっちがトップなんだ?

 俺たちの馬車は街の中を進んでいく。街の様子を見ているが、やはり、敵の侵攻中という事もあって、人気も少なく活気もない。というか、先ほどの難民キャンプの中を通った時も違和感を感じていたのだが、街の中に入ってその違和感の原因がようやく分かった。炊飯の煙がほとんどないのだ。


 これは長期の籠城の為に燃料用の薪などが尽きたのか? でも、生の食材を食う訳にはいかないだろうし、一体どうしているのだろう。


「しかし、凄い馬車ですね! 馬もスケルトンホースの二頭立てですし、流石、勇者様です! あっ、そこの道を右に曲がっていただけますか?」


俺の隣に座る少年兵のフィッツが俺の馬車を見て興奮気味に声をあげる。


「カズオ、そこの道を右だ」


「へい、分かりやした」


「きゃぁ! しゃべったぁぁ!」


カズオが答えたのを聞いて、少年兵のフィッツが驚いて叫ぶ。


「そんなに驚くなよ、オークだって喋るだろ、逆にお前の声に驚くわ」


「あっ すみません… オークが喋るのを見るのは初めてだったもので…」


フィッツはしゅんとして縮こまる。


「あっし、悪いオークじゃないでやすよ」


フィッツに気を使ったカズオがニタァ~と愛想笑いをする。


「カズオ、その笑い顔やめろ、キモイわ」


「へ、へい、すいやせん…」


今度はカズオがしゅんとして縮こまる。


「勇者様は本当に凄いですね! こんな屈強なオークまで従わせるなんて! あっ、あの前に衛兵がいる建物がそうです!」


フィッツはそう言って、街の中央の一際大きい建物を指さす。


「僕、先に衛兵に話をしてきます!」


 フィッツはそう言うと、動く馬車の御者台からぴょんと降りて、たたたっと衛兵の所へ駆けていく。


「屈強なオークだそうな、痛がりのカズオ」


「あっしは、屈強なオークでも悪いオークでもないんでやすよ…」


カズオは肩をすくめて答える。カズオは屈強というかくっころだったな…


 そうこうしているうちに、建物の前に到着する。建物の前では二人の衛兵が敬礼して俺たちを出迎えた。俺が馬車を降りると、輸送隊の隊長も俺たちの所へやってきて、馬を降りて俺の隣に並ぶ。


「ベアース国、城塞都市ハニバルへようこそ! ウリクリ国の皆さま、並びに勇者様!」


「出迎えご苦労、私はウリクリ国、輸送隊隊長のモーリスだ。こちらは認定勇者のイチロー・アシヤ殿だ。マイティー女王の命のより、救援物資をお持ちいたしました。物資の荷下ろしの場所をお教えいただき、代表者の方から受領の印を頂きたい」


衛兵と輸送隊の隊長が事務的な問答を交わしていると、建物の中からがやがやとした一団が俺たちの前に出てくる。


「これはこれは、ようこそお越し下さりました! 私はこの城塞都市の市長、ヴァン・ホード・ハニバルです!」


 そう言って、カフタンに黄色のロングコートを纏った50歳ぐらいのおっさんが、輸送隊の隊長や俺に両手で、半ば強引に握手を交わしていく。


 名前のハニバルから察するに、ここの領主の一族というか当主なのであろう。しかし、衛兵は副団長に案内すると言っていなかったか? どうなっているんだろ。


 俺がそう思っていると、建物の中から更に人が出てくる。先ほどの、フィッツが一緒にいるので、おそらくこちらが副団長であろう。


「ハニバル卿、抜け駆けはダメですよ」


 新しく出てきた副団長と思われる人物は、眼鏡を掛け、うだつの上がらない顔をした、サーコート姿の30代ぐらいぼさぼさ頭の男性だ。


「始めまして、皆様、私はこの城塞都市を防衛を任されている、第四騎兵隊副団長のデミアル・ルド・サイリスです。皆さまを歓迎致します」


そう言って男は片手で握手を求めてくる。


 俺は少し困惑し、隣にいる輸送隊の隊長も同じく少し困惑しているようだ。それというもの、先ほどの都市の市長であるハニバルや、今出てきた副団長を名乗るサイリス。一体、どっちがここの一番の責任者であるのか分からない。


 片や50歳の領主、もう一方は30歳の副団長。平時であれば、領主であるハニバルの方が上であるが、今は戦時であるので軍人の方が上になる事もありうる。しかし、その場合であっても団長であるべきだろうが、名乗っているのは副団長の身分である。


「あっ お困りの様ですね… 分かります。どちらが一番上の責任者か分からないのでしょう?」


 副団長のサイリスは少し疲れた顔で笑う。いや、そう思うなら、きっちり決めておけよ、部外者の俺たちが困惑するだろうが…


「とりあえず、馬車は案内させますので、裏の倉庫に向かってもらえますか、お二人には会議室にて色々と状況をお話しようと思いますので、ご同行ねがいますか? ハニバル卿もそれでいいですか?」


「あぁ、分かった…」


サイリスに言われて、ハニバルは仕方なく頷く。


「では、えっと、君、名前はなんだった?」


サイリスがフィッツに名前を問う。


「はい! フィッツ・ロートンと申します! 副団長!」


フィッツはキリっと敬礼して答える。


「では、フィッツ、二人を会議室まで案内してもらえるか? 私は執務室に資料をとりにいってくるから」


「はい! 分かりました!」


フィッツは再び敬礼したら俺たちの前にやってくる。


「では、案内致します! こちらへどうぞ」


「お、おぅ… 頼むわ…」


 なんだか、他人の家の複雑な環境に巻き込まれた感じの俺と輸送隊の隊長はお互いに、片眉をあげながら顔を見合わせ、フィッツの後に続いていく。その後ろになんだか不服そうなハニバルも続く。


「こちらが会議室です」


そして、俺たちはフィッツに会議室まで案内され、会議室の扉が開かれる。


「うわぁ」


 思わず俺と隊長が声をあげる。扉が開かれた会議室の中は、食事をした後の、器やコップがテーブルの上に散乱しており、かなり小汚い状態である。なんだか一人暮らしの男の部屋の様である。


「すすすすみません!! 普段は食堂としても使っているので! 今、片づけますから!!」


 フィッツが慌ててテーブルの上の食器を片づけ始める。恐らく普段は飯を食いながら会議でもしているのであろう。戦時下での緊急事態なので仕方ないのは分かるが… これは汚すぎるわ… こう思うといつも馬車の中を綺麗に清掃してくれる骨メイドに感謝せんとあかんな…


 俺と隊長は再び互いを見合わせる。慌ただしくフィッツが片づけをしているが、その様子を見るからに片づけが終わるのはかなり時間が掛かりそうだ。その間、ずっとここで立ってみているわけもいかないだろう。


 俺たちは比較的、小奇麗な上座の席へと向かい、腰を降ろす。


「… ん…」


 席に腰を降ろしてテーブルに手を置いた瞬間、手がベトつく。見た目には食べこぼしはないが、恐らくちゃんとテーブルの上を拭いていないのであろう。テーブル全体がにちゃにちゃしている。


 もうこれは我慢ならん。俺は椅子から立ち上がり、辺りを見回すと、壁際に食器や水差しなどが置いてある机がある。そこに布巾もあるようだ。


 俺は俺たちの近辺の食器を片づけ、その机に向かい、食器を置いて布巾を二つ手に取る。そして、元の席にもどり、布巾の一つを隊長に無言で手渡し、目の前のテーブルを拭き始める。俺がテーブルを拭き始めるのを見て、隊長も大きくため息をついた後、自分もテーブルを拭き始めた。



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