第49話 調味料
今度の城への帰還は滅茶苦茶気楽だ。イアピースから逃げる時の様に追手の心配をしなくてもいいし、プリンクリン討伐の時の様に、人目を気にしなくていい。夜道や山道を進まなくて、街道のど真ん中を通行する事が出来る。
時折、シュリが騒ぐので、近くの街に寄って、ミケの身の回りの道具を買い足す程度だ。今は、シュリがせがんだので買って来たブラシで、嬉しそうにミケのブラッシングをしている。これではどちらが主が分からんな。
しかし、この数日、シュリとミケとを見ていると、なんで、シュリがミケを欲しがったのか大体、理由が分かった。どうもシュリは、自分自身を俺の筆頭のしもべと思っているらしく、それなのに、一番最後に加入したカローラがお金や骨メイド等の部下を持っている事が羨ましかったようだ。シュリも変な所で子供っぽいところがあるな。
ミケはミケの方で、奴隷だった立場を忘れているのか、猫らしくフリーダムな生活をしている。四六時中寝ているし、みなが何かしている中、まぁ、ことわざ通り、猫の手も借りたい状況は、左程ないが、特に手伝う訳でもない。
日中の熱い時には、床で寝そべっているし、夜になって冷え込んで来たら、ポチにくっついて寝ている。ポチにくっついて寝るのはいいが、ほんと床で寝るのはやめて欲しい、この前、寝台から降りようとしたら、梯子の下で寝ていたので、危うく踏みかけた。
また、ミケはポチとの関係も良好なようで、野営する時に、ポチと一緒に狩りに出る事がある。まぁ、ミケの方は獲物をとってこないが… こうしてみていると、ミケは殆ど喋れる人型の猫そのものだ。性格がフリーダム過ぎる。
帰路の途中で変った事と言えば、もう一つある。それは、今朝、ようやく、カズオが袋無しで行動し始めたのである。
「へい、旦那、朝食のマカロニチーズとコヒーでやす」
そう言っていつものカズオでマカロニチーズとコヒーを差し出し、ポチの餌を準備する為に炊事場に戻っていく。
「ようやく、いつものカズオに戻ったな」
俺はマカロニチーズに振りかけ終わったホットソースを元に戻す。
「どうやら、カズオに渡した分の薬が無くなった様じゃな」
シュリは乾燥パセリを元に戻し、代わりにホットソースを取る。
「カズオに渡した分って、他にもあるのか?」
カローラが乾燥パセリを取って、少しだけ振りかけようとするが、勢いが付きすぎて、一気にドバっと出る。
「あぁぁ……」
カローラは情けない声を上げ、乾燥パセリだらけになったマカロニチーズを見た後、俺とシュリの顔を見る。
「いや、そんな顔して俺を見ても、俺のは辛いホットソース掛けてるぞ」
次にカローラはシュリを見る。
「わらわも同じくホットソースをかけておる」
カローラは俺とシュリの間で視線を泳がせた後、離れたところで椅子に座って器を持っているミケを見る。
「いや、あいつのはカリカリにミルクかけたのだぞ」
俺がそう言うと、カローラは諦めて自分のマカロニチーズを眺める。そして、匙を持って大人しくマカロニチーズを食べ始める。
「で、どこまで話したっけ?」
俺は視線をカローラからシュリに戻し会話を続ける。
「残りの薬の話じゃ。おそらくカズオは自分の分を使い切った。わらわは小袋の中に持っておる。後は三つほどあるが、ちゃんと仕舞ってある」
俺はマカロニチーズを一口食べる。もっと辛さが欲しいな…ホットソースに手を伸ばす。
「大丈夫なのか?この際捨てた方がいいんじゃないのか?」
出が悪いので、ホットソースの小瓶を何度も降る。
「あっ!!!」
さっきまで出が悪かったのが嘘のように、一気にドバっとホットソースが出て、マカロニチーズの器が一面、真っ赤になる。
その様子を見て、カローラはさっと自分の分のマカロニチーズを隠す。
「いや、カローラ、お前のパセリまみれのマカロニチーズはいらん」
俺がカローラに声をかけていると、シュリが俺をじっと見ている。シュリも元々辛い物好きなので、マカロニチーズの中はホットソースだらけになっている。
「シュリ、大丈夫だ。俺は辛いのいけるから…」
こうして俺達は何かを忘れながら、それぞれのマカロニチーズを食べていた。
そして…夕食時…
「だ…んっ なぁん! こ、こここんっやぁっの…ゆうっ!…しょくは…チ、チチチチリコォんっかぁ~んっ あんっ! でやすぅ…」
カズオはチリコンカンが入った鍋を、頬を染めて、内股でプルプルしながら運んでくる。
「おまっ! なんでまた薬やってんだよぉ!!!」
「あっ!!」
シュリはソファーから降りてカズオを押しのけ戸棚へ向かう。カズオは鍋を置いた後、生まれたての小鹿の様な足取りで、炊事場に戻っていく。
シュリは戸棚を開けて、一番上の棚を確認しようとするが、つま先立ちしても背が届かない。
「ミケ!」
シュリが振り返り、ミケに声をかける。ミケはシュリに呼ばれると気だるそうにしながら、戸棚の前のシュリの所へ行く。シュリは両腕を上げてミケを待っていたが、ミケはそのままシュリの前を通り過ぎて、一番上の棚を探す。
「これですか?」
ミケは二つの小瓶をシュリに手渡す。
「そ、そうじゃ…」
「ちょっと待て、シュリ、お前、抱き抱えてもらうつもりだったのか?」
肩透かしを食らったかのように、小瓶を受け取るシュリを見て、声をかける。
「そそそそんなことはないぞっ!!」
シュリは赤面して吠える。思いっ切り、どもってんじゃねえか…
「兎に角、シュリ、お前の手元には薬瓶は二つなのか…」
「あぁ、二つじゃ…一本足りん…おそらく、朝のホットソースの件で忘れた事でやられたな…」
シュリは目を伏せて手の中の二つの小瓶を見る。
「お、俺のせいじゃないぞ!」
「いや、別に主様は責めておらん。わらわも忘れておったので同罪じゃからな…」
シュリは俺に向き直って言う。
「まぁ、この際、誰かを責めても始まらん。シュリ、とりあえず、薬をもってこい」
俺がそう言うと、シュリはパタパタと俺の所へやってきて、小瓶を二つ手渡す。
俺は受け取った小瓶の一つを懐に入れ、もう一つ蓋を開け、卓上の調味料に手を伸ばす。
「これで良し! シュリ、こいつを戻してこい」
シュリは俺から小瓶を受け取ると、パタパタと戸棚の前に戻っていき、小瓶を片手に持って両腕を上げてグリコのポーズをとる。
「ミケ!」
ミケはシュリに呼ばれると、またかという顔してゆっくりとシュリに近づく。そして、シュリが掲げた手に持っていた小瓶をとると、棚の上に置く。
「あっ」
シュリが小さく声を漏らす。
「これでいいですか?」
「…あぁ…それでよいぞ…」
シュリもシュリだが、ミケもミケだな…一回ぐらい察して抱きかかえてやれよ…
そして、次の日の夜…
「ぎゃぁぁぁぁわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
トイレの中からカズオの物凄い悲鳴が響く。口とケツで二度味わえるホットソースの入った薬をケツにぬって、直接、ケツでホットソースを味わった為だ。これで、薬は辞めるだろうが…
「カズオォォォォォォ!!! てめぇぇぇぇぇうるせぇぇぇぇよぉぉぉぉぉ!!!」
俺の怒声も馬車に響いた。
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