第40話 死に至る病
ザッ! カザッ!
「なんでわらわがこんな事をやらねば、ならんのじゃ!って…先日の陽動作戦でわらわが一番役に立っておらなんだからのぅ…」
シュリは、そう言いながら、鉈を振るい、枝を刈っていき、ロープに一纏めにしていく。
「まぁ、元々、カズオは料理をしておるし、カローラは昼間だから出られんしで…わらわしかおらんか… こんな事でも役に立っておれば、ある程度の立場は残るじゃろう…ほれ、ポチ、これを運んでくれ」
そう言って、シュリは愚痴りながら、刈って来た枝や柴等の焚き木をポチの背中に縛る。
「わう! わう! くぅぅ~ん…」
「ん? そうか…ポチも心配か… そうじゃのう…どうなるのかのう…」
シュリは自分自身の胸に湧きあがる不安を押さえながら、ポチにそう答えた。
「今戻ったぞ」
シュリはそう言って、ポチと共に馬車の扉を潜る。
「あっシュリの姉さん、おかえりごぜいやす」
「カズオ、ん、頼まれておった焚き木じゃ。すまんのう、この状態のわらわでは薪はとってこれんのでのう」
シュリはそう言って、カズオに先程取って来た、焚き木を渡す。
「いえいえ、構いやせんよ。肉さえ焼ければそれでいいんで」
カズオはシュリから焚き木を受け取って、オーブンに継ぎ足していく。
「で、主様の具合はどうじゃ?」
「それが…」
カズオはそう言って、顔を曇らせ目を伏せる。
「そうか…良くなっておらんのか…」
「へい…だから、元気を出してもらおうと、旦那の好きな骨付きあばら肉を焼こうかと」
カズオはオーブンに入れた以外の、山盛りになった焼く前の骨付きあばら肉に目を移す。
今、どのようになっているのか整理すると、あの夜、主様とプリンクリンが事に及んだのであるが、その後にプリンクリンが魂契約等価交換魔法と言うものをイチローに対して使用した。これはプリンクリンの奥義というか必殺技の様なものらしく、自分から差し出した物や奪われた物に対して、その対象から同等の価値の物を奪い去る。
今回の場合だと、プリンクリンの貞操とイチローのマイSONと言っている性器とが交換対象になった。なんでも魔法をかけられた瞬間、マイSONがとぅるんと取れて、プリンクリンに吸い込まれていったいう。
その様な事なので、身体的な痛みや傷は無いそうだが、あまりにも心の衝撃が大きいので、一時期人事不省に陥った。シュリたちは急いで主様をポチに乗せ、馬車の所まで帰って来た訳である。
「カズオよ、焼けている骨付きあばら肉を一つ、わらわに貰えるか?」
「へい、シュリの姉さん。ちょっとお待ちくだせい」
カズオはオーブンの上の保温する場所から、小皿にひとつ骨付きあばら肉を乗せて手渡す。
「ありがとう、カズオ。主様は今、寝台におられるのだな?」
「へい、そうでやすが、そちらのあばら肉をお持ちに?」
飲み物を注いでいたカズオであるが、シュリの言葉にその手を止める。
「あぁ、いつぞや、カズオが言ってくれたように、こんな時こそ腹を満たして元気を出してもらわねばならんのでのう」
そう言ってシュリは寝台の方へ向かう。寝台の下のソファーではカローラが何をするわけでもなく、テーブルの上に置かれたカードの山を眺めていた。
「カローラよ、お主、眠る時間ではないのか?」
「だって、眠れないんだもん…」
カローラはこちらに振り向かず、じっとカードを見続ける。
「そうか…そうじゃな…」
そう言って、シュリは片手に小皿を持ったまま、器用に梯子を昇っていく。
「主様よ」
シュリは寝台の所にぴょこっと顔を出す。イチローは伏せっているかと思ったが、以外にもベッドの上に座り込んでいて、首を項垂れていた。
「主様よ、主様の大好物の骨付きあばら肉を持ってきたぞ」
シュリは骨付きあばら肉の小皿を一度、寝台に置いて、寝台に這い上がっていく。
「…シュリか…」
反応があった事に、シュリは少し目を丸くする。
「主様、肉でも食べて元気を出すが良いぞ」
シュリが小皿を再び持って、屋根の近い寝台の上を四つん這いでイチローに近づく。
「…シュリ… 俺は魔族との戦いで、色々な場所を巡り、様々な街に立ち寄った…」
シュリはイチローが語り始めたので、小皿をイチローの前に置いて、自分はぺたりと座り込む。
「そこには戦火で肉親を失い悲嘆に暮れる人々がいた…中には子供が死に、希望を失った親の姿もあった…」
シュリはイチローの顔を見るが、なんだかやつれていて生気が無い…
「その時、俺はその子供を失った親の気持ちが分からなかった…」
そう言って、イチローは拳を握り締めていく。
「でも、今なら分かる… 息子を失った親の気持ちが…」
シュリは、その言葉を子供を失った親に言ったら、助走をつけて殴りかかられると言いたくなったが、そこはあえて我慢した。
「希望とは、未来に向けての生きていく望み… 絶望とはその逆に生きていく為の希望を持てない事… 希望を失うのは死に至る病… もう、俺に生きる望みは無い… 死んでしまいたい…」
シュリはイチローに何か言葉をかけようと手を伸ばす。
「…シュリ…独りにしてくれないか…」
だが、イチローのその言葉で、イチローに触れる事は叶わなかった。
シュリの手は、空を掴むとゆっくりとシュリの元へ返されていった。これは暫く独りにしないと駄目であろう。
シュリは戻ろうと梯子の方に振り返ると、片手に湯気の立つカップを持ったカズオの困惑する顔があった。シュリとカズオは互いのアイコンタクトで察し合うと、二人は寝台から降りていく。
重い空気が辺りを包み込み、誰も口を開かず、沈黙だけが支配する。ただ、カズオの手ににぎられたカップだけが湯気を放って、時間が経過する事を告げる。
「…事態は思った以上に深刻じゃな…」
ここは自分からと思ったシュリが沈黙を破る。
「前にあった賢者時間も状況が差し迫っており、主様に覇気がなかっただけじゃが、今回の場合は異なる…」
「確かにあの時は、覇気の無い旦那で王国軍から逃げ切れるかって問題でしたからねぇ…」
カズオは手のカップを眺めながら言う。
「うん、結局、逃げ切れたし、イチロー様も優しかったからよかった」
カローラもカードを眺めたまま言葉を口にする。
「あぁ、優しかったなぁ…主様は…」
「あっしも『君』付きよばれましたし…」
カローラの言葉にシュリとカズオは賢者時間のイチローに優しくされた事を思い出す。
「くぅ~ん…」
「おぉ、ポチは何故かあの状態の主様は、好きではなかったようじゃな…でも、今は心配しておるんだな…」
気を落として項垂れるポチに、シュリは優しく撫でてやる。
「しかし、今回はどうしたものか… 人のアレはとれたからと言って、わらわのしっぽの様に再び生えてこんからのぅ…」
「魔法でも無理ね… 今ある状態を回復させる事は出来るけど、失われた欠損部分を新しく再生させる事は出来ない…」
カローラの言う通り、ただ切り落とされたのであれば、魔法で繋げることも可能であるが、欠損していてはどうもできない…
「では、旦那のアレはもう…」
「あぁ、生えてこぬ… 二度とな… なので、死にたいと仰っておったわ…」
皆、沈んだ顔つきになり、項垂れる。
「…死なせて差し上げやしょう…」
カズオがポツリという。
「カズオ! お主一体何を言っておる!」
カズオの言葉にシュリは目を大きく見開き、声を荒げ、カローラも目を丸くする。
「だって、旦那にとって、アレは生きる楽しみ、生そのものだったんですぜ…」
「そ、それはそうじゃが…」
シュリはカズオの言葉に食い下がる。
「考えても見て下せい… シュリの姉さんがドラゴンでなくなったり、カローラ嬢だったら、カードで遊べなくて骨メイドもいない… あっしにとってはおめかしが出来なくなる人生を…」
「そ、それは…」
カズオのおめかしはどうかと思うが、シュリにとってドラゴンでなくなって、ただの小娘として生きていく事や、カローラの骨メイドとの生活… それらが無くなれば… 生きていても意味があるのか? シュリは頭の中で思い悩む。
「旦那にとっては、アレが無くなる事は死ぬことよりも辛いはずなんでやす… それをあっしらの都合で生きながらえさせるのは、拷問じゃありませんか?」
シュリは生贄の少女の事を思い出す。あの娘は確か王族の娘であった。だか、政略に負けて、王族であることを失って、シュリの生贄として差し出された。シュリが生きながらえる術を準備してやれなかった事もあるが、あの少女自身が、生きる気力、希望を持てなかったのであろう… 今のイチローの様に…
シュリとカローラは返す言葉が無く、顔を項垂れ、ただ只管に押し黙った。
その時に、上の寝台から物音がし始める。その物音を見てみるとイチローの姿があった。
「主様!!」
「イチロー様!!」
「旦那!!」
「わう!」
皆が降りて来たイチローに、僅かばかりの望みをかけながら、少し表情を明るくして声をかける。
「…みんな… 俺、死のうと思う…」
イチローの言葉に、皆、愕然とし、顔を暗くする。
「だから、みんなも一緒に死んでくれるよな?」
続くイチローの言葉に、皆、唖然とした。
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