第36話 それぞれの潜入作戦

シュリの行動


「しかし、主様はああは言っておったが、このような作戦が上手くいくとは、到底思えぬのであるが… 一体、どうしたものか…」


シュリはそう考えながら、人気のない邸宅の中をトボトボと歩いていた。


「ふむ、主様の情報通り、人気が無いのぅ… これなら、別に陽動せぬのでもいいのではないか?」


 シュリがそう思いながら、ある扉の前を横切ろうとした時に、その扉が突然に開かれ、中からプリンクリンの取り巻きの一人が現れる。


「あっ」


 シュリは突然の事に声を漏らし、固まる。取り巻きの男も、シュリを見下ろしたまま無言でいる。


『えぇっと! 何か言わねばならん! 何を言えばいいのじゃ? あ、主様はなんと言えと言っておった?』


 シュリは混乱する頭に、脂汗を流し、必死にイチローの言葉を思い出す。


「わ、わらわはプ、プリンプリンじゃ! わらわの事を捕縛してみるが良い!」


シュリはしどろもどろになりながら、セリフをはく。


「ふむ、君はプリンクリンたんが募集を掛けていた、代行役者志願だね」


「はぁ?」


取り巻きの男の想定外の言葉に、シュリは声をあげる。


「確か、面接時間は10時のはずだが…あぁ、なるほど、夜の10時と間違えたのか…」


「いや、その…」


勝手に勘違いを始める取り巻きの男に、シュリは益々混乱する。


「分かった。予定時間外であるが面接を執り行おう。さぁ、中に入りなさい」


男はそう言って、シュリの手を引き部屋に招き入れる。


「さぁ、君はここに座って、私の質問に答えなさい」


 そう言って、シュリは部屋の中央の椅子に座らされ、男は部屋の奥の事務机にシュリと正対するように座る。


「では、先ず初めに氏名と年齢を」


「わ、わらわはシュリじゃ! 年齢は……」


 シュリは男の事務的な質問に思わず、名前を答えてしまうが、年齢の事はある時から数えるのも面倒なので覚えていなかったので、言葉を濁す。


「ふむ…では、今回の志望動機は?」


「志望動機? 今回、ここに来た理由か…それは主様に言われて…」


シュリは男の淡々と事務的に投げかける質問のペースに乗せられて、答えていく。


「自己アピールは?」


「ド、ドラゴンなのじゃ」


 シュリは突然のアピールを聞かれ、思わずドラゴンだと答えてしまう。シュリのアピールに対して、男は一呼吸ついてからゆっくりと答える。


「さて、選考結果についてですが、慎重に検討していただいた結果、誠に残念ながら今回は採用を見合わせて頂くこととなりました。ご期待に沿えず申し訳ございませんが、あしからずご了承頂きたく存じます。シュリ様のより一層のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます」


「はぁ?」


シュリは自分が突然に面接され、そして突然に面接に落とされたことを理解する。


「おそらく、君は家の者に、年齢を偽って募集に応じるように言われたんだね…しかし、こちらも仕事なんだよ。プリンクリンたんの為にならない人物は落とさなければならない…それはわかって欲しい」


「あぁ…」


 どうやら、男には仕事が欲しくて無理やり来たと思われたらしい。男はシュリを同情するような目で見つめる。


「もう、遅い時間だ。門の所まで案内しよう」


そう言って、男は項垂れるシュリを門の所まで案内する。


「これはミッター様! このような時間にどうされたのですか?」


門番は男の姿を見つけると、敬礼して挨拶する。


「この娘の面接をしていたのだ。私が代わりに門番を行うので、この娘を家まで送ってやってくれぬか?」


男は傲慢ぶらず礼儀正しく門番に告げる。そして、シュリの目線にかがんで向き直る。


「娘さん、今回の件でめげずに強く生きなさい。これは僅かだが持っていくといい」


男はそう言って、いくらかのお金をシュリに掴ませる。


「では、送ってやってくれ」


男は立ち上がって門番に告げる。


「はっ! 分かりました! さぁ、行こうお嬢ちゃん」


門番は男に敬礼した後、シュリに優しい笑顔で向き直る。


「お嬢ちゃん、家はどの辺りだい?広場の近くかな?」


「あぁ…」


門番の質問に、シュリは項垂れて力無く声を出す。


「気を落とすんじゃないよ、お嬢ちゃん。仕事は一杯あるんだから」


「……」


励ましの言葉をかける門番になんと答えてよいか分からないシュリは押し黙る。


「さて、広場に着いたようだね。ここまでくれば一人で帰れるかい?」


 シュリは門番の言葉にどこへ帰ればいいのかと考えて沈黙する。すると門番は懐からごそごそとパンを取り出し、シュリに手渡す。


「夜食に食べようと思っていたが、お嬢ちゃんにあげるよ。落ち込むのは分かるけど、そんな時こそ、食べて元気をつけないとね」


そう言って門番は微笑む。


「お嬢ちゃん! 頑張れよ~」


そう言って片手を振りながら、邸宅の方へ駆け出して消えていった。


 残されたシュリは、何をしに来たのか思い出し、惨めな気持ちで手の中にあるお金とパンを見つめる。


「わらわは…何を頑張れば良いのじゃ…」


シュリはポツリと呟いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



カローラの行動


「イチロー様に言われたけど、簡単に見つかるかしら?」


 カローラはイチローに言われた重要目的人物の顔を主出しながら、邸宅の廊下をパタパタと歩いていた。すると、奥の曲がった廊下から複数の男達の声が聞こえてくる。


「あぁ、食った食った…」

「ちょっと、お前食いすぎじゃないのか?」

「あまり食べ過ぎると、これから夜勤だから眠くなるぞ」

「俺は眠くなるから程々にしておいた」


 四人程の男の声だ。カローラは隠れるべきかと考えたが、自分の目的が陽動である事を思い出し、そのまま立ち止まって遭遇する事を選んだ。


「あれ?」

「こんな所に幼女がいるぞ?」


 曲がり角から出て来た男達は、カローラの姿を見つけ声をあげる。そして、ぼーっと男達を見つめるカローラの所へ歩いてくる。


「なんだろ?この子は?」

「誰かの子供か?」

「いや、捨て子じゃないのか?」

「そう言えば、前にもあったな…プリンクリンたんの恰好をさせて置いとけば、養ってもらえると思って捨ててく奴が…」


カローラは心の中でクスリと笑う。


『その考えを使わせてもらいましょう』


「おじちゃんたち、ここの人? お父さんがここの人に養ってもらえって、私を置いていったの」


カローラは最近、地になってきた子供っぽい口調で、男達を見上げながら告げる。


「やっぱり、そうか…」

「足手まといになる子どもを置いて、親が逃げ出したんだな…」

「まだ、小さいのに可哀相に…」


カローラは、自分の言葉に同情する男達の顔を見回して、見定めていく。


『目的の男がいる。こいつだわ』


イチローが覚えろと言っていた、回復職の男である。


「で、どうする?」

「下働きの連中にあずけるしかないか」


男達はそう言って、カローラの事を下働きのいる部屋へ連れて行こうとする。


「おじちゃん」


カローラはそう言って、目的の男の服を掴む。


「なんだい?お嬢ちゃん」


「おんぶして」


かがんで目線を合わせる男にカローラはそう願う。


「あはは、分かったよお嬢ちゃん。おじちゃんがおんぶしてやろう」


 男はそう言って笑いながら、カローラに背を向ける。カローラはその背中をうんしょうんしょと這い上って、男の首に抱きつく。


「俺がこの子を下働きの部屋に連れて行くから、お前たちは先に配置場所に向かってくれるか?」


「あぁ、分かった。頼んだぞ」


 カローラをおぶった男がそう告げて、他の男達が、カローラ達に背を向けた時に、カローラは男の首筋にかぷりと噛みつく。


「あっ…」


男はそのまま前のめりに倒れこむ。その物音に気が付き、男達が振り返る。


「おい!どうしたんだ?」


いきなり倒れこむ仲間の姿に、男達は目を丸くする。


「魔眼では、プリンクリンの魅了を上書きする事は出来なかったけど、噛めば私の隷属化の方が強いようね」


カローラは倒れ込んだ男の上で、立ち上がりながらそう呟く。


「なっ! 一体なんだよ!」


異様な光景に男達が狼狽え始める。


「では、久しぶりに始めましょうか…鮮血の夜の女王…ヴァンパイアのカローラ・コーラス・ブライマの狂演を」


 カローラがそう告げると、カローラの赤い瞳が怪しく輝き、かつらの下の黒髪から、湧きあがる様に黒い霧が吹き出し、男達を包み込んでいった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇


※プリンクリンが頂かれるまで、後3話!


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

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