第29話 成り下がり女騎士

「えっ? あの女騎士、もう追いついてきたのか?」


俺はカズオの言葉に、少々驚く。


「へい、多分そうだと思いやすが…」


「随分と曖昧な返事だな」


確証を得ないカズオの言葉に返す。


「それは見て頂ければ分かると思いやす」


「見てみれば分かるか…」


 随分とふんわりした回答だが、本当にあの女騎士であるのなら、あれからどうなっているかも確認したい。俺は扉を開けて馬車の外に出てみる。


「あっ! 貴様! 淫乱魔剣士イチロー・アシヤだな!!」


 外に出た瞬間、女の大声が俺にかかる。俺はすぐに声の方をむいてみると、一人の野蛮人がいた。


 手には、先にナイフを括りつけた棒に、身体には何かの獣から剥ぎ取った毛皮。髪はぼさぼさで、顔は洗う余裕がないのか、垢で汚ない。


「おまっ、マジであの時の女騎士か?」


俺は女騎士の姿を見て吹き出しそうになる口元を、必死に我慢しながら訊ねる。


「うるさい! 私を女騎士と言うな! 私の名はクリス・ロル・ゾンコミクだあ!」


「ロルってお前、男爵位の子弟だったのか…なのに…その恰好…」


俺はぷっと吹き出す。


「笑うな! お前のせいだろうが! 淫乱魔剣士イチロー・アシヤ!!」


女騎士は悔しそうに歯ぎしりしながら俺の名に奇妙な通名をつけて呼ぶ。


「おい、ちょっと待て、さっきから人の通名を『淫乱魔剣士』って言っているが、その通名、広まっているのか?」


「雑貨屋の前にいた子供たちが、このカードを持ってお前の名前を言っていたぞ」


 そう言って、女騎士クリスは懐から、俺の邪悪な笑みを浮かべたイラストが描かれた『淫乱魔剣士イチロー・アシヤ』のカードを取り出して、俺に差し出すように見せる。


「ちょっ! お前、子供からカード奪って来たのかよ! そのカード、俺が言うのもなんだが、滅茶苦茶使えるカードだぞ! お前、酷い事するなぁ~ 子供、泣いてたんじゃねえのか?」


「うるさい! うるさぁぁい! お前が言うなぁ! 泣きたいのはこちらの方だぁ!!」


と、女騎士クリスは涙目で怒りながら言う。


「お前のせいで家宝の剣を失い、次々と武器を失って、お金も失い… そして、ティーナ姫から頂いた恩賜の鎧も失ったのだぞぉ! もはや、城に帰る事もできない!」


 俺は改めて女騎士クリスの姿を見て、その成り下がりの状況に笑いだしそうになる。ここまで予想通り…いや、予想以上の成り下がりぶりの姿を見せてくれるとは思わなかった。


「あの後、騎士である私が、たかが衛兵に頭を下げる処か、土下座までして、僅かばかりの金を借り、雑貨屋で、その金では足りず、安いナイフをさらに安くしてくれと土下座をして、寒さに震え、飢えに苦しみ、森で獣を狩りながら、その皮を剥いで、ようやくここまで辿り着いたのだ…」


 女騎士クリスは羞恥の過去を思い出して、顔を真っ赤にして、まるでチワワのようにプルプルと、怒りと羞恥で身体を震わす。


 俺が言うのもなんだが、こいつも相当過酷な人生送ってんな… 普通ならそこまでせんだろうに… あっそう言えば、恩賜の鎧と言っていたな…確かにそれを奪われたら、不敬すぎて城に戻る事は出来んな… やっぱ俺のせいだわ。


「それもこれも、刺し違えてでも、ただ只管にお前を倒す為だぁ!」


そう言って、ナイフの野蛮な槍を構えて、俺をきっと睨みつける。


「しねぇぇ!! イチロー・アシヤァ!!!」


そう叫んで、俺に突撃してくる。


「ポチ」


「わう!」


俺が一声かけると馬車の中からポチが飛び出してくる。


「うわっ! また、フェンリル!?」


クリスはポチの姿に突撃の足が鈍る。


「やれ」


「わう!」


 ポチは俺の一声に、たぁーっとクリスに向かってかけていき。立ち上がったかと思うと、そのままクリスに倒れ込み、あっというまにクリスを抑え込む。


「は、はなせぇ! 私に触れるなぁ~!」


クリスはポチに押さえつけられ、ジタバタしながら叫ぶ。


「ポチ、伏せ!」


「わう!」


 ポチは俺の命令に、クリスを下敷きにして、さっと伏せをする。先日の件で皆の前で恥をかいた事に、俺が怒ったので、シュリが必死にしつけをしただけはある。


「~~!! ~~! ~~!」


 ポチの下で何か騒いでいるようだが、ポチの家の隙間から手足がバタバタするのが見えるだけで、何を言っているのか聞こえない。


「~~! ~~ ~…」


 暫くの間はポチの下で、何か叫びながら、ジタバタしていたが、そのうち、パタリと動かなくなる。


「勝ったな…」


「ひでぇ… 最後の決死の覚悟ぐらい、ちゃんと戦ってあげてもいいんじゃないですかい?」


様子を見に来たカズオが俺に声をかける。


「いや、まともに相手したら、弱すぎで手加減しづらくて、殺してしまうかもしれんだろ?」


俺はニヤニヤしながら答える。


「えぇ~ 旦那の腕なら、あんな小娘容易いでしょうに… 遊んでおりやすね…」


 カズオは俺の真意を見抜いてジト目をする。こいつも俺との旅が長くなってきたのでよく分かってきてる。


「ポチ! よくやった!」


「わう!」


 俺がポチに声をかけると、女騎士の毛皮を咥えて、俺にケツを向けながら引きずってくる。これは、引きずる為に仕方ないのか、それとも俺にケツを向ける事が目的なのかよく分からん。


 まぁ、俺はポチをどうこうするつもりはないので、ポチの前に回り込み、いつものワシワシをしてやる。


「よーしよしよし! 偉いぞポチ! よし! よし! いい子だ! いい子だ!」


俺がワシワシしてやると、ポチは猛烈な勢いでしっぽを振る。ホントにポチは可愛いなぁ~


「で、旦那、この女騎士はどうしやす?」


「そうだなぁ~ このまま捨て置いて、どこまで成り下がるか見るのもいいが、流石にこれ以上は限界だろうな…」


 気を失っている女騎士を見ると、色々汚れている事はあるが、かなりやつれているし、目の下にくまもある。


「はぁ~ そうでやすね… この前に見た時より、かなりやつれてますぜ」


「まぁ、とりあえず保護してやるか。野垂れ死にされても寝覚めが悪いし」


このままほっとけば、まず間違いなく野垂れ死にするだろう。


「では、保護して飯食わせたら、逃がしてやるんですかい?」


「なんか、保護した野鳥をリリースするみたいだな… しかし、どうだろう…こいつはもう城には戻れんしな…」


 元気になってから、また逃がして、成り下がりぶりを見るのもいいかもしれんが、城にはもう戻る事が出来ないから、これ以上どうする事も出来ないだろう。


「では、城に関わらない所で、野に返して、野生化させるんですかい?」


「ちょっ、野生化した女騎士って、すげーパワーワードだな」


 野に返って『野生化した女騎士』ってどんな状態だよ。俺は自分で言った『野生化した女騎士』というパワーワードに腹を抱えて笑う。


「まぁ、こいつの最終的な処遇はおいおい考えるとしよう」


俺は笑い涙を拭きながら答える。


「へい、分かりやした。で、今の所はどうしやす?」


「そうだな、縛り上げて馬車の戸棚の中にでも放り込んでおけ」


「わ、分かりやした… ちょっと、この女騎士さんが気の毒でやすね…」


失神した女騎士は、カズオに憐憫の目で見下ろされる。


「カズオ、お前に女騎士は任せるから、馬車は俺が動かす。さっさと水汲みに行くぞ」


「へい、旦那」


カズオは女騎士を小脇に抱えて馬車の中に戻っていく。


 俺は馬車を走らせて川辺に向かった。川辺に向かった後の水汲みは流石にカズオに任せて、俺は眠ることにして、女騎士はそのまま、馬車の戸棚に放置する事となった。



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※ちなみに、私は女騎士のCVを釘宮理恵さんを想像しながら書いてました。


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