第28話 寝る子は育って欲しいなぁ~
「カズオ!カズオ!」
朝食の準備をしているカズオの所にカローラが駆け寄る。
「なんでやす?カローラ嬢」
カズオは包丁と食材から手を放して、カローラに向き直り、エプロンで手を拭く。
「このカードを見て欲しいんだけど」
そういってカローラは両手でカードの表側をカズオに向けて差し出す。
「いや、あっしにはカードの事はわかりやせんぜ…」
「このカードの絵の人。男だと思う?女だと思う?どっち?」
カズオはカードの事は分からないと伝えるが、カローラが続けてくるので、カードの絵柄を覗き込む。
「あっしは男だと思いやすが…」
カズオがそう答えると、カローラはソファーの所に座っているイチローの所へ戻っていく。
「イチロー様。男だって」
「えっマジかよ! そいつ強えーのに、俺のカードで対抗出来ないのかよ…」
「イチロー様どうするの?」
「デッキの組み直しだな…」
そうして、二人でカード談義を始める。
「なんであっしに訊いてくるですかね?」
「それはゲームに参加しない其方が、第三者として公平であるのもあるが、其方の場合は…男心も女心も分かるからであろうな… ほれ、出来たぞ」
そういって、シュリはいくつもカップの乗ったトレーをカズオに渡す。
「えっ? そんな、あっしが女心が分かるだなんて…」
そう言って、カズオは頬を染めてはにかむ。
「…カズオよ…女心の分からぬ奴が、プリンの表面に焦げ目を付けてくれとは言わんぞ…」
先程、渡したトレーにはシュリが火を吹いて、焦げ目を付けたプリンが載っている。
「後は、このプリンにミントをのせれば完成でやすね…見て下せい! この可愛いプリンを!」
「…いや、もう乙女心かも知れんな…」
焦げ目の上に可愛らしく彩られたミントをのせたプリンを見て、シュリはそう呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺達は、カズオ救出後の数日間、夜に移動して、昼はどこやの山や森に隠れるという逃走を続けていた。
俺達の作戦が功をそうしたのか、それとも追手がまだ追いついてないのかは分からんが、この数日何事もなく過ごすことが出来ている。
「あぁ、食った食った。食後のデザートもこんな所で食えるとは思えない、おしゃれなプリンだったな」
「喜んでもらえて光栄でやす! 旦那ぁ!」
カズオは空になった食器を片づけながら口にする。
「しかし、カズオ。腕を上げたな」
「本当ですか!旦那! あっしはもっと頑張りやす!!」
カズオは化粧を施した顔を綻ばせる。
最近、カズオが化粧をし始めている事は、暗黙の了解というか、公然の秘密というか、誰も口にしないようにしている。というか、何をどう声をかけて良いものか誰も分からない。時々、骨メイド二人と会話が弾んでいる様で、お互い気が合っているようだ。
料理の腕が上がっていくのはいいことだが、ホントにこいつはどこへ向かおうとしているのであろうか… ちょっと末恐ろしくなってくる。
「じゃあ、腹も一杯になった事だし、寝るかぁ~」
夜の間、馬車の御者をしていた俺は、朝食を食った事で腹が満たされ、眠気が一気に襲ってくる。
「ん。シュリ、カズオ。今日は私も上で寝るから、ソファーは自由に使って」
俺に付き合って起きていたカローラも、これから睡眠に入る。まぁ、元々ヴァンパイアは夜型だが。
「昼間は、わらわとカズオか…あぁ、ポチもおったな、しかし、皆と一緒に過ごせる時間が減って、少し寂しいのぅ…」
シュリはそう言って、少し目を伏せる。
「まぁ、カローラ城…じゃなくて俺の城に辿り着くまでの辛抱だ。もう少し我慢してくれ」
俺はシュリにそう言葉をかけて、寝台に上る為に梯子に手をかける。
「あっ 旦那。ちょっといいですかい?」
「なんだ? カズオ」
俺は炊事場にいるカズオに向き直る。
「寝る前に少し、馬車を移動してもいいですかい?」
「ん?どうしてだ? 人影でもあったのか?」
「いえ、洗い物をしようと思ったら、水が残り少ないので、ちょっと川辺へ水汲みにいきてぇんでやす」
あぁ、それは問題だな。水がないのは駄目だ。
「分かった。じゃあ寝る前の一仕事という事で、馬車を動かすか」
俺は上りかけていた梯子から手を放して、御者台に通じる連絡扉に足を向ける。
「いえいえ、旦那はお疲れですから。あっしがやっておきやす。旦那は休んで下せい」
「分かった、カズオの言葉に甘えさせてもらうとするよ」
俺はカズオの言葉に甘えて、再び梯子に手をかけて、寝台に上っていく。上った先の寝台には既にカローラが寝そべっており、カードを広げて、色々組み替えている。もちろん添い寝の為の骨メイドの確か…ホノカが一緒に居る。
「カローラ、お前も早く寝ろ。大きくなれねぇぞ」
ヴァンパイアが寝て大きくなれるかどうかは分からないが、横でこそこそ動かれても眠れないので、俺は横になりながらそう告げる。
「いいもん、私、大きくならないもん」
カローラはカードを弄る事を続けながら、子供っぽくそう返す。俺はその言葉にむくりと身体を起こす。
カローラは元々大人であったはずだが、最近、幼女の姿に引きつけられている為か、どうも言動まで、幼女化している節がある。俺自身もこいつには元のエロピッチピチの姿に戻って欲しいので、子供のままでいられても困るし、こそこそ動かれても眠れないので二重に困る。
俺はずりずりとカローラの方に近寄って、その頭をガッチリと掴む。
「いいから、さっさと寝ろ。また聖水でひぃ~ひぃ~言わせんぞ」
俺はドスの効いた声でカローラに告げる。
「はっ、はっ、はい…わ、わか、わりました…イチロー様…」
カローラは青白い顔を更に青くして、奥歯をカタカタ言わして答える。そして、直ぐに仰向きになって、かけ布団をかける。
俺もその様子を見届けて、カローラ達に背を向けて、再び横になる。
「ど、ど、どうしよう…ホノカ…ど、動悸が激しくて眠れない…」
ちと、脅し過ぎたか?
しかし、骨メイドが、いつもの母親が子供を寝かしつける時にする、胸をぽんぽんとするのを始める。すると、一分程で、カローラの寝息が聞こえてくる。
「えっ? マジでもう寝たの?」
俺はカローラに向き直る。すると、骨メイドのホノカが口の前に指を立てて、静かにするようにの仕草をする。その横ではカローラが気持ちよさそうに本当に寝ている。
子供かよ!って、マジ子供だわ… こいつが大きくなるは時間が掛かりそうだな…
俺はカローラの事はほっといて自分も早く寝ようと、布団を被る。こうして眠気にとらわれていると、馬車が動いて、微妙に跳ねるリズムは眠りにつくのに丁度いい。このリズムを感じていれば、良い眠りにつけるはずだ。
カッコ、カッコ、カッコ…
あぁ、段々眠りの底に落ちていくぅ~
カッコ、カッコ、カッ
ん?馬車が止まったぞ。川辺に付いたのか?まぁ、このまま目を閉じていれば…
俺がそんな風に思っていると、御者台の方から物音が聞こえる。
「なんじゃ、カズオ。もう川辺についたのか?」
「いいえ、ちがうんでやす。シュリの姉さん。それより、旦那ぁ~」
カズオの俺を呼ぶ声がする。
「うるせぇ!…」
そこまで言いかけた所で、骨メイドのホノカが無言で見つめてくる姿が見えるので、声を噛み殺す。どうやら、カローラは起きていない様だ。
俺は頭をかき、仕方なく、寝台から梯子を降りて下に向かう。
「なんだよ、カズオ。俺は寝始めたばかりなんだぞ」
俺は小声でカズオに言う。
「へい、でも、旦那に見てもらった方がよい事がございやして…」
カズオは申し訳なさそうに俺に言う。
「一体、何だよ…」
俺は欠伸を口にする。
「それが…例の女騎士らしき者が現れまして…」
カズオの言葉に俺はちょっと眠気が覚めそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
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