第21話 やってしまったものは仕方ないじゃないか

「さぁ、飯が出来やしたぜ」


カズオは出来上がったばかりの料理の入った鍋をテーブルの鍋敷きの上に置く。


「カローラ嬢のご要望通り、甘口にしやしたので、大丈夫ですぜ」


 カローラは手を叩いて喜び、そのカローラに骨メイドが首からエプロンを掛ける。カズオは一人一人に鍋の中のカーレを注いでまわり、シュリの前にもカーレの入った器を置く。


「はぁぁ~…」


「どうしやした?シュリの姉さん。甘口はお嫌いでしか?」


 器に入ったカーレを見て溜息をつくシュリに、カズオは言葉をかける。カローラはナンを千切り、カーレを付ける。


「いや、そうでは無いのだが…」


「では、ナンではなく、いつもの棒パンの方が良かったのですかい?」


カーレを付けたナンを口にしたカローラは、瞳を輝かせてニコニコの表情になる。


「いやいや、そう言う事を言っているのではない… 主様は城で豪華なものを食べているのかと思うとな…」


そう言って、シュリは視線を宙に向ける。


「そんな事を言っても無理ですぜ、あっしら立場上、捕虜ですし、そもそも王宮なんで魔族は御法度でしょうに」


カローラは口の周りについたカーレを骨メイドに拭いてもらう。


「それは分かっておる。でも、主様が気を効かせて、食事を届けてくれるのではないかと、今まで待っておったのじゃが…」


「いや、あっしらが勝手に飯作って、勝手に飯食う事ぐらい、旦那は御承知なのでそれはないかと…」


カローラは骨メイドに注いでもらったミルクを両手で一気に飲み干し、ぷはぁーと声をあげる。


「そこは、わらわの女心を汲み取って…『待たせたねシュリ…君の為に骨付き肉を持ってきたよ…さぁ、お食べ…』ぐらい、あっても良いと思うのじゃが…」


「骨付き肉でいいなら、ポチのと同じものをご用意しやすが?」


「わう!」


骨付き肉を食べていたポチが、こちらを向いて一声吠える。


「わらわを犬扱いするでない!! わらわは誇り高きドラゴンじゃ!」


昼間、お手やお座りをしていたシュリがプンプンになって怒る。


「女心って奴は難しいですね…あっしにはよく分かりやせん… あっ今日のカーレ、良くできてやす、おいしい! でも、油分が多いから食べ過ぎないようにしないと太っちゃいやすね…でも、今度は甘い物、そうフルーツタルトでも挑戦して見ましょうかね?」


「カズオ、おかわり!」


カローラはにこやかな笑顔で、カズオに器を差し出した。




その時、馬車の周りからうめき声が聞こえ、人の倒れる音がする。


「なんじゃ?」


「一体、どうしたんでやすかね?」


 シュリとカズオの言葉の後、直ぐに馬車の扉が乱暴に開かれて、息を乱した下着姿のイチローが服を小脇に抱えて現れる。


「主様! わらわの為に戻ってきてくれたのじゃな!」


そう言ってシュリはイチローの元へ駆け寄ろうとする。


「どけぇぇ! 邪魔だぁ!!」


しかし、そう怒鳴るイチローに、シュリは無慈悲に突き飛ばされる。


「酷い…酷過ぎるぞ…主様…」


シュリは涙目になって、床に這いつくばる。


「だ、旦那! どうしたんでやすか!?」


「カズオ! いいから馬車を出せ! 今直ぐにだ! 逃げるぞ!!」


イチローの表情から事態は逼迫した状態である事が分かる。


「逃げるって、何から逃げるんでやすか!?」


カズオは必死になってイチローに問いただす。


「…王国軍だ…」


イチローは険しい顔でポツリと言う。


「ちょ! 旦那ぁ! 王国軍って!!」


その時、遠くから軍勢のうぉーという雄叫びが聞こえてくる。


「ヤバい… もう、軍を動かしやがった… おらぁ! カズオ! さっさと馬車を動かせ! 御者台に行けぇ!!」


そう言ってイチローはカズオを、御者台に通じる連絡扉へと蹴り飛ばす。


「へ、へい! 分かりやしたぁ!!!」


カズオは慌てて連絡扉を潜り、すぐさま馬車を走らせる。


「あ、主様! 一体何があったのじゃ! 王国軍が動くなど、尋常ではないぞ!」


シュリは下着姿のイチローに再び駆け寄る。


「もしかして…わらわ達の処遇で、王族に歯向かったのか?」


 シュリは自分たちの為に、イチローが王国軍に追われる羽目になったのでないかと思い、悲壮な顔をする。


「…いや…違う…」


イチローは目を伏せて、シュリから顔を背ける。


「では、どうしてたかが個人の為に国が軍を動かすのじゃ!! 主様!! 本当の事をもうしてくれ!!」


 シュリは泣きそうな顔をしながら、イチローに縋りつく。普段の扱いは悪いとは言え、主であるイチローが自分たちの為に、一国を敵に回したかも知れないのだ。自らの主にそんな決断をさせた事に、シュリは自責と悔恨の念に胸が締め付けられていた。


「…夜這いだ…」


「は?」


シュリは想定していない主の言葉に疑問の声をあげる。


「王女に夜這いした…」


「な、何を言っておる…」


シュリは再び問い直す。


「だから、王女に夜這いして、声が漏れたからバレたって言ってんだろぉ!!!」


主であるイチローが悪びれもせず、大声で怒鳴る。


「はぁぁぁ!?」


シュリも主と同じぐらいの大声を出す。


「あ、主様! なっ何をやっているのじゃ!!! 主様は時と場合と相手を考えんのかぁ!!!」


いそいそと服を着始めるイチローにシュリは声をあげる。


「しかたねぇだろ!!! こちとら、ずっと溜まってんのに、あんな上物の女が、頬を染めて出てきたら食わねぇ訳ないだろうがぁ!!」


「いやいやいや! だからと言って、王女に手を出す事はなかろう!!!」


シュリは負けじと声を張り上げる。


ちなみにカローラは骨メイドに耳を塞がれて、事態が分からず、きょとんとしている。


 その時、馬車の周りにシュン!シュン!と何かが高速で飛翔する音が、いくつも鳴り響き、そのうち幾つかが、カッ!カッ!っと馬車に突き刺さる音が響く。


「やべぇー! もう弓の届く範囲に来やがった!!」


音に気付いたイチローは着る途中であった服を着て、シュリに向き直る。


「俺は魔法で弓矢から馬車を守る! お前はブレスであいつらを足止めできるか!?」


「いいのか!? 主様! 王国軍に攻撃するのじゃぞ!?  いいのか!?」


シュリは見開いた目でイチローに問い返す。


「やらなきゃ、やられるだろうがぁ!!!」


イチローは迷いなく大声で答えた。


「わ、分かった…主様…しかし、ドラゴンの姿では馬車に乗れんし、この姿ではあまり吐けんぞ!」


「なんでもいい!! あいつらを足止めしろぁ!!!」


「…なんで…なんでこんな事になったのじゃ…」


シュリは降り注ぐ弓矢の中、そう呟いた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「殺せぇぇぇぇぇぇ!!! 奴を殺せぇぇぇぇぇ!! 血祭りにあげろぉぉぉぉ!!!!」


 先頭の馬で駆けるカミラルは先程の人物と同じとは思えない、血走った目の鬼の様な形相でそう叫ぶ。


「「「うぉぉぉぉぉ!!!!」」」


カミラルの後に続く騎士たちが、合わせて怒声をあげる。


「いや! 直ぐに殺してしまっては、我が怒りは収まらん!!!」


カミラルはギリリと歯を食いしばる。


「捕らえて地下の牢獄に繋ぎ、舌を切り取って、ありとあらゆる責め苦を味合わせてやるわ!!!」


カミラルは口角泡を飛ばしながら叫ぶ。


「待っていろぉ!!! イチロゥ!! 地の果てまでもお前を追い詰めてくれるわぁ!!」


闇夜にカミラルの血走った瞳だけが鮮明に映った。


こうして、イチロー一行はイアピース国内でお尋ね者となり、流浪の身となった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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