第19話 お前ら空気読めよ

 守備隊の護衛もあってか、俺達はすんなりと王都に入る事が出来て、広い敷地がある騎士団の修練所に通された。俺はしばらくそのままで待たされたが、そのうち、騎士と従者がぞろぞろと出てきて、俺の馬車を遠巻きに取り囲む。一応、理解できる警戒なので、俺は慌てず、その成り行きを見守る。


 その取り巻きの中から、将軍らしき人物と冒険ギルドのお偉いさんが、護衛を引きつれて馬車の前に進み出る。俺自身もその要人に合わせて、馬車の御者台から降りて、要人の前へ進み出る。


「其方がイチロー・アシヤであるか?」


冒険ギルドのお偉いさんらしき四五十代の人物が、俺に向かって問いただす。


「あぁ、俺がイチロー・アシヤだ。これが証明プレートだ」


 俺はそう言って、アメリカの戦争映画で出て来そうな、証明プレートを首から外し、そのお偉いさんに手渡す。


「確かに本物であるようだな… 私はイアピース冒険ギルトの長、マウワー・イテムだ。今、確認するので暫し待たれよ」


 後ろの部下にプレートを渡すと、会員名簿を開いて俺の詳細を調べ、ギルド長のマウワーは老眼鏡らしき眼鏡を掛けて、手紙に目を通し始めた。


「なるほど、なるほど、守備隊の報告通り、勇者ロアンのパーティーを私的な用事で一時離脱している様だな… プレートの登録番号も問題なし、人物詳細も黒髪・黒目の中背の男性…問題なしだ」


ギルド長は老眼鏡を外して俺に向き直り、握手の為の腕を伸ばしてくる。


「すまぬなイチロー殿。奇妙な手柄であった故、少々面倒な確認をさせてもらった。気を悪くせんでもらいたい」


「いえ、当然の事と理解しているので…こちらこそ、面倒をおかけした」


俺はギルド長の差し出した手を握り返す。


 それよりも、良かったぁ~ロアンの奴、私的な用事で一時離脱と言う事にしてくれたのか…マジ、ありがたい!これでロアンに足向けて眠れんな…どちらの方角か分からないけど…


 俺はロアンの報告の事で、にこやかな顔をしていたが、ギルド長はそれを俺が好青年であると勘違いしてくれたようだ。


「では、次は手柄の検証とまいりましょうか。イチロー殿。手柄の検証を執り行うのは、こちらのイアピース王国、第一騎士団の隊長を務める、カミラル・エルグ・イアピース様です」


 ギルド長が後ろに控えていた、将軍風の三・四十代の男性を紹介してくれる。身形や所作が良くて、結構良いガタイしていると思ったけど、名前からして王族だったのか。


「始めまして、イチロー殿。我が一族の仇を倒し、また奪われた品を取り戻してくれてありがとう」


そう言って、握手の腕を差し出す。


 しまった! よく考えれば、カローラはイアピースの王族にとって親族を殺された仇になるのか… まずい、カローラを差し出せば、多分処理されてしまう。


 元々、魔族側でヴァンパイアのカローラであるが、ここしばらく一緒に過ごして来たし、それに今の姿は幼女だし… いくらゲスな俺でも、カローラが処分されるのは、寝起きに悪い。なんとかせねば…


 俺はそう思いながら、将軍のカミラルに握手を返すが、そのカミラルの表情は芳しくない。どちらかというとばつの悪そうな顔をしている…なんでだ?


「では、イチロー殿。検分を始めるよ。まず、馬車であるが…確かにクイール城で我が一族が使っていた馬車の様だね…」


 そういうカミラルだが、懐かしいとか、取り戻せてありがたいとかそんな表情ではなく、ぶっちゃけ、めんどう~って顔をしている…


 なるほど、分かった。やはり、あそこにいた王族とそこにある者は、一族にとって恥部なのであろう… このあたりはカローラの言う通りだな… 人には言えないような享楽に耽っていたのだ。現場で働いている目下の者にとっては目障りでしかない。


「次に捕らえた捕虜と言うのを見てみたいのだが…」


そう言って、カミラルが俺を見る。つまり、引き立てて来いと言う事だな。


「分かりました。皆、俺に服従しておりますので、枷などは付けておりません」


「えぇ! 枷を付けてないのか?」


「まぁ、見て頂ければ分かりますが、万が一に備えて警護の騎士をお付けください」


 俺は驚くカミラルにそう告げる。こんな大事になるなら枷を付けてきた方が良かったが、逆にこの対応なら手柄の価値が認められそうだ。


俺は馬車の扉を開け、中の者たちに声を掛ける。


「おい、お前ら、ちょっと出てこい。しおらしくしているんだぞ!」


俺が声をかけると、中の者たちは固唾を飲んで頷く。


一番初めにでてきたのがカズオ。馬車を取り巻く騎士団にぎょっと驚いたが、ニタニタと見苦しい愛想笑いを浮かべて、周りに頭を下げながら出てくる。


「こいつは魔族軍の補給部隊の隊長をしていたハイオークです。魔族の勢力下の地理に詳しいので案内をさせていました」


俺は出てきたカズオの説明と、その有用性を述べる。有用性を述べるのは処刑回避の為だ。


二番目に出てきたのがシュリ。カズオと違い馬車を取り巻く騎士団に驚くことなく、すたすたと出てくる。


「何だ…少女ではないか…」


カミラルが声を漏らす。


「こいつはドラゴンのシュリです。今は人化しております」


「えっ?この娘がドラゴン!? そんな馬鹿な!」


カミラルは信じられない顔をする。


「おい、シュリ」


シュリはきょとんした顔で俺を見上げる。


「なんじゃ?主様」


「ドラゴンになってみろ」


「あい、わかった」


 俺が命令した途端、シュリはむくむくと大きくなり、銀色のドラゴンの姿へと変り、おまけなのか空に向かって炎を吐く。


「こ、これは本当にドラゴン!? あの娘が!!」


 おうおう、ビビってるビビってる、これでシュリをドラゴンと認めたようだ…って、ちょっとこいつらビビり過ぎなんじゃね? 騎士団の連中、蒼ざめた顔をして槍を構えている。


「おい! シュリ! 元に戻れ!」


 俺は巨大になったシュリを見上げて、大声で命令すると、ドラゴンのシュリはコクリと頷き、すぐさま元の幼少女の姿へと戻る。


「どうじゃった?主様」


シュリはウキウキしながら俺の元へ駆け寄り、ドヤ顔で訊ねる。


「お前、ビビらせすぎだ! ちょっと、従順な所を見せろ」


「従順な所とは?」


シュリは首を傾げる。


「シュリ!お手!」


 出された腕と命令に、シュリは眉を顰め、手と俺の顔を交互に見る。そして、俺の表情が変わらないのを見て、ゆっくりいやいやながら、手を乗せる。


「お座り!」


 次に出された命令に、シュリははっと俺の顔を見るが、俺のマジ顔を見て、悔しそうに歯を食いしばって、涙で瞳を潤ませながら、ゆっくりと膝まづき、両手を地につけて四つん這いになる。


「何でじゃ…何でわらわが犬の様な事を… 主様はわらわの自尊心を的確に折って来る…」


「どうです?従順でしょう?」


俺はさわやかフェイスでカミラルに向き直る。


「あぁ、従順な様だな…これなら人に敵対はすまい」


カミラルは狼狽えを残しながら答える。


「では、次にフェンリルです。ポチ!」


 俺が馬車に向かって声をかけると、中から「わう!」とポチの返事があり、中から出てきて、俺の元へたぁーっと駆けてくる。


 そして、俺の元に辿り着くと立ち上がって俺にじゃれつき始める。


「よーしよしよし! いい子だ! いい子だ! よし!よし!」


「最初は襲いかかって来たのかと思いましたが、いやいや、かなり懐いておりますな」


「懐いているだけではなく、しつけも出来ております。ポチ! お手!」


俺はポチを引き離して、お手を命令する。


「わう!」


ポチはちゃんとお手をする。偉い。


「おかわり!」


「わう!」


ポチは手を裏返す。


「んーそれはちょっと違うぞ~ポチ。では次は伏せ!」


俺の命令に、ポチは身体をくるりと捻って、仰向けになり俺に大股を開く。


「くぅ~ん」


ちょ!おまっ! 人前でめっちゃ誤解されそうな事をするな!


ポチのポーズと鳴き声に、カミラルはどう反応すればいいのかと困った顔する。


めっちゃ誤解されているじゃねぇーか!


 俺はキッとシュリを見るが、シュリは一瞬はっとした顔をすると、目を泳がせながら、顔を背け、素知らぬ顔をする。てめぇ…後で覚えていろよ…


「さて…最後の捕虜を紹介します」


俺も素知らぬ爽やかな顔でカミラルに向き直り、誤魔化そうとする。


「くぅ~ん」


だから、ポチ! その甘えた鳴き声をやめろよぉ! マジで…


 さて、最後のカローラは王族殺害の犯人。つまりカミラルにとってはクソではあるが親族の仇… ちょっと誤魔化さないと駄目だ。


「最後! 出てこい! ヴァンパイア!」


俺は名前を呼ばずに、馬車に声を飛ばす。


 すると馬車の扉が開き、先ず初め手に骨メイドが大きな傘をもって現れる。


「スケルトン?しかもメイド姿?」


カミラルが骨メイドを見て呟く。


 最初の骨メイドが傘を開くと、後から出てきた骨メイドが黒の厚手のカーテンを取り付けていき、くるりと馬車の入口に向き直り、もう一度こちらに向き直ると中に、ゴスロリドレスを来たカローラの姿があった。


 あの性格からして、似合いそうだなと思っていたが、マジ持っていたのか…ゴスロリドレス…


「あ、あの幼子が…ヴァンパイアなのか…」


カミラルはポチとは別の意味でどう反応すれば良いか困った顔をする。


「か、彼女は…」


俺はそこまで言って必死に頭を捻って考える。


「彼女は、城を襲ったヴァンパイアが…どこからさらって来た娘の様で…血を吸われて眷属とされたようです。い、謂わば彼女も被害者なので… 人間に敵対しない事を厳命して保護しました」


 俺は不自然に思われない程度のカローラに聞こえる声の大きさで、口から出まかせの嘘で誤魔化した。そして、ちゃんと俺の意図を理解しているのか確認する為、ちらりとカローラを見る。


カローラは俺の話に誰の事?といった感じに頬に手をあて、首を傾げる。


おめーのことだよ! 俺が必死に考えているのに!!


「なるほど、気の毒な娘であるのだな… 相分かった。検分については以上でよろしかろう」


そのカミラルの言葉に、俺は心の中で安堵の息をつく。


「以上の手柄による褒章については、詳しい事は城で行おう。慰労を兼ねた祝宴も執り行うつもりだ」


カミラルは最初に来た時より柔和な顔でそう述べる。


「ありがとうございます」


「捕虜たちは馬車の中に戻ってもらい、警護をつけてここに残すが、君には私と一緒に城へ向かおうか」


こうして、ようやく勇者特権が手の届く所に来たようだ。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇



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