第12話 風呂場のしきたり
かぽ~ん
床に置いた桶が小気味良い音を浴場内に響かせる。
「よーしよしよし! ポチ、大人しくしてろよぉ~ お前の毛並みをピッカピカにしてやるからなぁ~ よーしよしよし! って、だから、ケツあげんなって」
「わう!」
俺は今、城の風呂場で、ポチを洗ってやっている。ここの世界では風呂に入る習慣はあまりないし、旅をしている俺には風呂に入る機会がそもそも少ない。だから、入れる時には思いっ切り風呂を楽しみたい。そもそも、犬と一緒に風呂に入るのは俺の夢だった。セレブというかブルジョワというか、へへぃ! 俺は犬と一緒に風呂に入る余裕のある男だぜい!って感じをしてみたかった。
「ポチ! 泡を流すぞぉ~! 目をつむってろよ~ よーしよしよし! いい子だ!いい子だ! ほぅーら流れた~ 頑張ったなぁ~ ぽち! よしよし! ぽち! だから、ケツはいいって!」
「わう!」
ポチは桶のお湯で洗い流されると、自身でも身体をゆすって水気を飛ばす。俺も自分の泡をお湯で洗い流し、湯船に身体を浸す。
「ふぅ~ 生き返るなぁ~ やっぱ日本人は風呂だなぁ~ くぅ~ おっ? ポチも風呂に入るのか? 中で粗相はするなよ」
「へっへっへっ」
ぽちは湯船に浸かり、へっへっへっと呼吸を荒くしたと思うと直ぐに上がり、今度は水風呂へと向かい、浸かり始める。
「わう!」
「あぁ~ そっか~ 犬は汗かけなくて、呼吸でしか体温下げられないんだったな… それで熱くて水風呂か~」
「わう!」
ちょっとの間しかポチと一緒に浸かれなかったが、まぁ、風呂に入れる事自体で満足しておこう。今はただ静かに入浴を楽しむのだ。
そう思った矢先、脱衣所の方から、子供特有の甲高い黄色い声が聞こえ始める。
「主様ぁ~」
「イチロー様ぁ~」
マッパのシュリと、同じくまっぱのカローラが駆けこんでくる。
「お前ら!! 風呂場で走るなぁ!!!」
俺は平穏で至福の時間を妨害しに来た二人に怒鳴る。
「えぇ~ 主様、そんな固いことを言わず、わらわと一緒に入ろうぞ」
「イチロー様、お背中、お流ししますわ」
そう言って、反省しようともしない二人は、そのまま湯船に入ろうとする。
「スタァァァァップ!!!! お前たちは今、俺の神聖な湯船を穢そうとしている!!! 湯船に入るなぁぁぁ!!!」
先程より、一段も二段も増した怒鳴り声に、さすがの二人もビクリとして立ち止まる。
「なんでじゃ! 主様!! ポチも入っておろうが!! 贔屓じゃ!贔屓じゃ主様!!」
シュリはぷんぷんしながら抗議の声を上げる。
「うるせぇ! ポチはちゃんと身体を洗ってから入っているんだよ!! 見ろ! ポチの姿を! 俺が洗ってやったから神々しいだろ! だから、身体を洗わずに俺の神聖な湯船に入んな!!!」
俺はシュリに怒鳴って返す。
「ぐぬぬ…分かったのじゃ…主様」
シュリは妬ましそうにポチを見た後、悔しそうに押し黙る。
「イ、イチロー様、そもそもこの城もこの湯船も私の物なのですが…」
引き下がるシュリの代わりに、今度はカローラが申し訳なさそうに言ってくる。
「太くて黄色い服を着た人の名言に次の様な言葉がある『お前の物は俺の物、俺の物も俺の物』… ふっ、いい言葉だとは思わないか? カローラ」
湯船に使った俺はキザっぽく告げる。
「はぁ… 他人の言葉を借りなくても、イチロー様らしい言葉だとは思いますが…」
カローラは反応に困りながら返す。
「そもそも、俺は親分、お前は子分だ。分かったな?」
「私もイチロー様に助けて頂いた身、壊したり売り飛ばしたりしない限り、この城はご自由にお使い下さい」
カローラはしおらしく答える。
「ふむ、分かればよろしい! では、二人ともちゃんと頭と身体を洗え! 洗わないうちは、湯船に浸かる事はまかりならん! いいな?」
「「はい、分かりました」」
二人は声を合わせて答える。そして、二人して、小さな腰掛に腰を下ろし、洗い始める。
「わらわは、この姿で身体を洗うのは初めてなのじゃが、どうすれば良いのじゃ?」
シュリはカローラに訊ねる。
「石鹸を泡立てて、それで身体を洗っていくのよ」
そう言って二人は石鹸を泡立て、頭を洗い始める。
「目、目に入ったぁ い、痛い! なんじゃこれは! 毒ではないのか?」
「毒じゃないわよ。でも、目に入ると痛いわよ…って、私も目に入ったわ…この体、まだ慣れないわ…」
二人して、石鹸を含んだ水分を目に入れて痛がる。
お前ら、子供かよ! って、見たまんま子供だな… しかし、行動も子供みたいになってるな…お前ら、中身は大人だろ!
「仕方ねぇ~なぁ~ お前ら、目瞑って座ってろ。俺が洗ってやる」
ポチを洗ってやった手前、子供な二人を洗ってやらないと、またシュリが『贔屓じゃ』とか言い出しそうなので、仕方ない。
「すまぬのじゃ、主様」
「ありがとうございます、イチロー様」
二人はそう言って、ぎゅっと目を閉じて、縮こまる。
「しゃーねぇーなぁ~」
俺は湯船から上がり、二人の後ろに回って、両手をそれぞれに使って二人の頭をガシガシと洗い始める。二人は二人で目をつむりながら身体を洗い始める。
しかし、二人の姿を洗いながら見ていると、色々と興味深い。
シュリは銀髪のふるゆわヘアーで、カローラは黒髪のしっとりストレート。お互い瞳の色は赤色だが、シュリは澄んだ瞳なのに対して、カローラはほのかに光る瞳。
頭の頭頂部辺りを洗い終わったので、次はそれぞれの流している髪を洗い始める。
先ずはシュリ。髪を洗いながら、肩から背中までの肌を見ていくと、色白で、水をはじきそうな張りのある肌をしている… 大きくなったらローションとか付けたら良さげ…
次にカローラ。こちらシュリよりも白く、肌もしっとりしている。まるで、見た目は漆喰か石膏の様だな… 今は幼女の姿だが、大きくなったら黒の下着を付けたら滅茶苦茶エロそう… 早く大人にならんのか…
「おっし! 洗えたからお湯掛けるぞ! 二人とも目つぶっとけぇ~」
そう言うと、俺は湯船からお湯を掬って二人にかける。
ザバァ~ ザバァ~ ザバァ~
二人にお湯をかけた時、腰に巻いていた手ぬぐいがずれ落ちる。俺は手ぬぐいを腰に巻いて隠そうとするが、手ぬぐいの幅が足りない…
頭隠して、玉隠さずか、玉隠して頭隠さず…それが問題だ…
結局、手拭いを手に持って隠すことにした。
「よし! もう目を開けてもいいぞ~」
「ふぅ~ さっぱりしたのじゃ!」
シュリは動物みたいにぶるぶるとして水を切る。やはり、この辺りは元々ドラゴンだな…
「では、身体も洗った事だし、じゃあ風呂に浸かるぞ!」
そして、俺は再び湯船につかって至福の時を楽しむ。
「ふぅ~ やっぱ、お風呂はいいねぇ…お風呂は心を潤してくれるわぁ~」
俺はそう言って、風呂に入る事の愉悦に浸るが、シュリとカローラは俺から離れた湯船の隅で、二人身を寄せ合って、警戒している。
「なんだよ…お前ら もっと、風呂を楽しめよ」
俺が声をかけると二人が、肩をビクリと震わせる。
「な、なんでもないぞ…あ、主様」
「は、はい…楽しんでおります… イチロー様」
二人はしどろもどろに答える。
「まぁいい、ゆっくり浸かれ…」
俺はそう言って、手拭いを顔に被せて、湯に身体をゆだねて風呂を満喫した。
「…なぁ、カローラよ…主様の手ぬぐいの端から何か見えたのじゃが…あれはなんなのじゃ?」
「えっ? いや、それを私に聞かないで…」
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