【序章:Prologue】
「なに? これ…」
事務所のポストに投函されていた差出人不明の洋封筒。蝋でしっかりと封をされたそれを、あさひホームズは怪訝に思いつつ手にとった。
探偵事務所に手紙が来ることは稀だ。ほとんどの依頼人は対面で依頼内容を確認するし、そうでない場合もメールや電話でのやりとりになる。
結果として取引先との時候の挨拶のハガキと不特定多数に向けたポスティングされた広告以外をここで目にすることは珍しい。ましてや、蝋で封をされた洋封筒など人生でも数えるほどしか目にしないはずだ。
首を傾げつつ、探偵道具の十徳ナイフを取り出しシーリングの裏側に刃を滑らせる。パキン、と硬質な音がして蝋が剥がれた。
中には2つ折りにされた便箋が1枚。その内容は―――。
「招待状…? 誰から?」
「わっ!? まよる!? 急に後ろに立たないでよ!」
気がつくとあさひの肩越しにまよるワトソンが便箋を覗き込んでいた。
あさひホームズとまよるワトソン、この2人は探偵である。あさよる探偵事務所という探偵事務所を運営している。
あさひは赤銅色の髪を2本の輪に結び、それに合わせた褐色のハンチング帽がトレードマークの少女だ。
まよるは対照的に藍色の少しウェーブがかかったロングヘアを持ち、これまた髪色に合わせた紺のハットをトレードマークにした少女だ。
2人は日夜依頼をこなし、この探偵事務所を二人っきりで切り盛りしている。
「ふむふむ…『私はつねづねお二人のご活躍をお聞きし、直接お話を伺いたいと思っておりました。そこで素晴らしい探偵のお二人を是非ともお招きさせていただきたい。』ね…。封筒に書いてあった差出人は?」
急な相棒の出現に驚くあさひを尻目に、まよるはその便箋、もとい『招待状』を奪い取り読み耽る。
問われたあさひは封筒を手に取り、裏返しては戻して繰り返し、慎重に観察をしている。
「…分かんない。書いてない。シーリングスタンプも見たことのないマークだし…。」
封筒の蝋は真ん中に十字、左上に三匹の獅子が配置された盾の印章だ。二人共これには見覚えがない。
あごに手をあて、指でノックしながらまよるが考え込む。
「差出人不明の謎の招待状ね…。これは探偵小説っぽくて面白くなってきたんやないの!?」
「はいはい…。それでまよるさん、招待先はどこなの? お決まりの洋館? それとも船? はたまた列車だったりして?」
興奮するまよるに対して、あさひは肩をすくめる。
まよるは招待状に再度目を滑らせる。
「えーと…。N県K市だから少なくとも船はないかな、海ないし。」
「でも湖っていうセンもあるかもしれんで。」
「あー確かに。住所はあるからちょっとこれあさひさん調べてもろて。」
ぽい、とあさひに招待状を渡すまよる。
「そのくらい自分で調べなさいな。どれどれ…。」
スマホ事務所の中に置きっぱなんねんなーと笑うまよるを尻目に、あさひがスマホの地図アプリで住所を検索する。
「湖のほとりでもないし、列車も通ってないから駅でもなさそう。」
「じゃあ洋館のパターンだ!」
「まあ洋風かは分からないけど、建物っぽい感じかな。まあ謎の招待状ときたら探偵としては―――。」
「「行くしかないでしょ!」」
こうしてあさよる探偵事務所の2人は招待状の場所へと脚を運ぶのであった。
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