第5話 言葉の重み
次の授業までにテンクウカイ先生に提出する感想を書き終わって、俺は一安心ついていた。だが次の授業の時に俺は目を丸く開け放たれた。
入ってきた先生が派手なピンクのドレス姿で入ってきたからだ。
てとてとと変な歩き方をしたかと思うと机の手前で盛大に転んだ。
とても小柄でまだ学生と呼ばれてもいいくらいだったし、男なら誰でも二度見してしまうほどの美女でもあった。
「あえーと、今日からテンマ君が来てるねーお初です。わたくしナナセナ・カオルガです。ジョブは【言霊使い】なのですだからなのか言葉の先生をしてます。改めましてよろしくなのですー」
「よろしくお願いします。ナナセナ先生」
「うんうんいい生徒だねぇ、わたくしのほっぺたが落ちてしまいそうです。では授業を始めたいと思います」
かくして言葉の授業が始まった。
ナナセナ先生はまず自己紹介がてらとんでもないは発言をして見せた。
どうやらその場にいる俺以外の人々は周知の出来事のようだ。
「わたくしは元々貴族の生まれで、偉いんですよーですけどね、政略結婚させられそうになっちまってんで、必死で逃げたら校長に助けられました。その時わたくしは気づいたのです。ジョブマックス高校で言葉を伝える授業をしたいと。言葉は大切ですよー伝わらないとトラブルになりますからね、わたくしの職業は特別なのです。生徒達にとって負担がありませんからねぇ、えへん、ほめて」
俺はナナセナ先生がとても苦労した人だという事は理解できた。
そして言葉の先生になって生徒達を助けるという事もわかる。
だが、なぜ生徒達に負担がないのか。
「その顔は、なぜだ? てやんでぃと思っていますね、いいでしょう、教えてあげましょう、わたくしの言葉を聞いた人はその言葉を強制的に理解するのです。なのでわたくしの負担がすごいので、あなた達はわたくしの話を聞いていればいいのです。ね、すごいでしょ」
ナナセナ先生は小柄な体で小柄な胸を張っている。
それからナナセナ先生の独断劇場が始まった。
先生はただただ隣のおばさんに向かって話すように俺達に話しかけた。
最初は理解できない言語でも、1つ1つまるでルールを作っていくように教えられていく。
気づけば、知らない言語を理解していた。
その言語はジョブマックス高校が支配している大陸のあちこちにいる種族の言葉であった。
それを理解する事によって大勢の人々と話す事が出来るだろう。
今までは【翻訳師】という職業が橋渡しをしていた。
それを【言霊使い】のナナセナ先生が覆したのだ。
きっとこれから多くの言葉が話されていくのだろう。
先生には悪いが政略結婚を仕掛けた親御さんに感謝だ。
そのおかげでナナセナ先生はジョブマックス学校の先生になったのだから。
「じゃあ、今日の授業は終わるねーうんうん、皆頑張ったねー」
そう言うとと閉まってあるドアに直撃して、痛そうに体をさすりながら廊下に出て行く。
俺はきょとんとそれを見送っていた。
「なぁなぁ、農家って職業がシンプルすぎてよくわからないんだよね、その職って強いの? 次の授業戦闘演習あると思うからさ、わたしとやりあわない?」
「テナテナは剣闘士だったよね、農家が勝てるわけないと思うんだけどなぁ」
「わたしは色々な奴と戦ってみてーんだ。テンがつえーなら文句ないさ」
すると1人の長身で逞しい男がどすどすとこちらにやってきた。
「おいおい、テナテナ、こいつとやりあうのは俺様だぜ、こいつに上下関係ってやつを叩き込まねーとな、ぎゃははは」
その後ろには2人の取り巻きがいる。
俺は彼らの事はどうでもいいと思っていた。
「げ、バトス、そうやって自分より弱い奴を支配してどうすんだい」
「なぁその言葉遣いはおかしいじゃないか? お前も俺様に負けた口だろ?」
バトスはもとより後ろにいる2人がげらげら笑っている。
あれだろうか弱い奴が強い奴に従っているというより、弱い奴が強い奴を隠れ蓑にしているという事か?
「俺様はこのクラスのリーダーだ。リーダーには従わないとなぁ」
「そうなのか? テナテナ」
「リーダーではないが、こいつには勝てないんだ。圧倒的な力で」
「へぇ、そうなんだ」
俺は真顔になりながら考えていた。
こいつには負けたくない、バトスには死んでも負けたくない、何度だって立ち上がってやる。
その時俺は覚悟したのだ。
「皆、移動しよーぜ」
そう大きな声で知らせてくれたのはこちらを見ていた道化師のラルス・シェッカーであった。
彼はにやりとこちらを見てウィンクしてくれた。
ようはバトスから離れろという意味だろう。
しょんぼりとしてしまったテナテナとシェッカーを引き連れて、俺は無言で歩き続けた。
剣闘士のテナテナが勝てない相手、テナテナがどれだけ強いかは分からない。
それでもあの自信の塊がバトスに負けてしまう原理。
それはなんだろうかと考えていた。
外のグラウンドに出ると、1人の美少女がいた。
完全に見た目は学生のそれであった。
身軽に動けるようなスカートと軽装備を身に着けている。
白銀の髪の毛はまるで天使のように見えた。その髪の毛には星のアクセサリーが装備されている。
「おそい、0.001000秒の遅れだ。これから気を付けたまえ、今日は嬉しい事があるなぁ、転校生がやってきた。ということはやるよなぁ、転校生がどれだけ強いか見たい。このクラスで一番に強いバトスが相手をしてやれ、バトスよ容赦するなよ」
「へ、もちろんだとも先生」
「自己紹介が遅れたな、私はリリティア・フォスワードというものだ。戦闘関連の先生をしている。ジョブは【魔剣士】だよーく覚えておくように」
「はい、リリティア先生」
「よろしい、ではそこで戦え、武器はこの木刀だ。1人1本だほれ受け取れ」
俺とバトスは木刀を受け取った。
2人は距離を詰めて、にらみ合いを続ける。
リリティア先生がこくりと頷くと、大きな声で【始め】と叫んだ。
「俺様のジョブは【戦闘狂】だぜ、手加減はできねー死んだらごめんなぁ【理性暴走】【強化暴走】発動させてもらうぜ」
長身のバトスの体が赤いオーラに包まれていく。
バトスの目が白目になってきて、顔中に血管が浮かび上がる。
右腕と左腕が爆発するようにぐねぐねと筋肉がうごめいている。
つまりバトスは理性を暴走させているのだ。
さらに体の一部を暴走させて強化させているのだろう。
バトスは大きく息を吸い上げると、地面を蹴った。
土のグラウンドに土埃が舞い上がった。
次の瞬間、俺の目の前に飛来してきたバトスが右手を溜めて解き放つ。
その拳を受けたら一撃でダウンは確実だと悟った俺は意識を集中した。
農家として出来る攻撃は【成長促進】と【土波】であった。
成長促進は作物を成長させるものなので今は使えない。
土波は土を操る事が出来るが。マスター度は1。つまり砂場を動かす程度だ。
もっと土波を修行しておけばよかったと後悔した。
俺は考えに考えた。
あらゆる考えの結果。ある結論にたどり着いた。
それはジョブ【戦士】の力を使う事だ。
だが生徒達には農家職業と言う事で伝わっている。
複数ジョブを持っている事は先生と校長しか知らないはずだし。
バトスの暴走攻撃を後方にジャンプしながら避け続ける。
拳一発一発が早すぎるし、威力も並大抵の威力ではない。
木刀で受け流す程度が限界だし。木刀をこれほど上手く扱えるのも戦士のジョブのおかげでもある。
俺はある事に気づいた。
バトスが攻撃を繰り返している中、外れた攻撃が地面を何度も叩いているのだ。
つまり俺に攻撃が外れると、そのまま威力を消しきれず地面にあたるという仕組みだ。
俺はごくりと頷き。
木刀を構えた。
「バトス、お前が俺の事を気に食わないように俺はお前の事が気に食わない、どうせ君には伝わっていないんだろうがな」
使える技は2つ。
【波状斬り】これは波のように斬撃を浴びせる。
【銅鑼斬り】これはもの凄い音を気力で発生させてひるんだ相手に斬撃を浴びせるものだ。
俺が発動したのは銅鑼斬りであった。
木刀からものすごい音が響き渡った。
生徒達は目をつぶったり耳を抑えたりした。
しかし理性を失っていたバトスには関係がなかった。
その筋肉が膨張していて今にも破裂しそうだ。その時バトスの木刀が俺の顔面をとらえた。
俺はまるでぼろ人形のように吹き飛ばされ、何度も地面を転がった。
体中が土まみれになった。
初めて人に木刀で叩かれた。
それはとてつもない激痛であった。
顔面がどこかに吹き飛んで行ってしまったように感じた。
それでも俺は立ち上がる。
もはやそこからはバトスの独壇場であった。
俺は何度も木刀で殴られ吹き飛ばされ殴られの繰り返しだった。
それでも俺は立ち上がり続ける。
「へへ、こんな痛みより心の痛みのほうがもっといてーや」
俺は知っている家族を失う痛さ。
俺は知っている力のない無力さ。
俺は知っている。力を求めて餓える少年を。
バトスは暴走し続ける。
あいつに限界はないのだろうか。
奴はまっすぐこっちに突っ込んできた。
【おめでとうございます。ジョブ<ナイト>の職業を覚えました】
その言葉は久しぶりに聞いた気がした。
あれか攻撃できねーなら耐えろと言う事か。
俺はバトスの木刀を避けるのではなく、攻撃を食らうのではなく、剣そのもので受け止めていた。
力のバランスでは信じられない現象に、俺は戸惑うのだが。
それはジョブ【ナイト】のおかげだとすぐに理解した。
「さぁ、バトスさん、やり直しですよ」
俺のなんの技のない木刀の攻撃がバトスの胸に命中した。
戦士としてのジョブの力とタンクとしてのジョブの力が合わさり、俺の攻撃力は桁外れのものになった。
バトスは突然もがき苦しみ、暴走が収まってきた。
ぜいぜいとこちらを見ながら悔しそうにしていた。
「そこまでだ。バトスお前の負けだな」
「ちっきしょうが」
そう言ってバトスは授業など関係ないかのようにグラウンドから立ち去った。
その後ろをバトスの取り巻き2名が追いかけていく。
次の瞬間クラスメイト達の歓声に包まれた。
俺の体はぼろぼろだけど、なんだか暖かい気持ちになれた。
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