蒸気の死神と刀剣の探偵と
棚引 餅
序章・第一話 師と書生と
「副業をすることになりました。探偵です。」
貫禄のある男は丼をがっしりと持ち豪快に蕎麦をすすった。天ぷらの蕎麦だ。エビには衣が満遍なく咲きほこり華やかな一杯に仕上がっていた。
話を戻そう。この人は俺の師匠だ。名をホムラと言う。眼鏡を掛けていて、目が鋭く如何にも頭が切れそうな顔だ。蕎麦をすすった箸を置く。
「探偵?知恵もなくてはな。腕っぷしだけが取り柄など笑われるぞ」嘲笑気味にこちらを一瞥し、箸を進める。
「厳しい人だな。貴方は」師匠である彼を見た。俺の顔はきっと愛想笑いしていることであろう。
「貴方が俺くらいの年になった頃はどうでした?」毎年必ずする質問だ。ただの世間話みたいなものだが、彼は必ず返答を返してくれる。
「私がお前の年頃で今頃にはすでに戦場へと駆り立てられたさ。なぜなら、学び舎にいなくても、実践経験は得られ、座学などしなくても世界に触れれば、人の心など簡単に知ることができるからだ。」
天ぷらをザクザクと貪る彼は無作法ながら粋だ。その人間性やセオリーのせいか話に妙に説得力があり納得できた。
早い話、戦争があった。その戦争の中、彼は戦場を駆け抜け、数多の命を救い、奪ってきた。それを通し、人の心の動向も生きる術も学んだのだろう。人の命を奪った奴と同じ飯を食べても何も思わないのは不思議だ。だけどそれは多分、きっと彼にこの命を繋いで貰ったからだろう。無駄にしたくない。
俺が探偵になった理由には自己の見聞を広げ、実践や経験値を増やすという考えもある。
自分が師よりも劣るものは数あるが、師を越えるために未完成な今を生きている。
青い丼を手に取り俺もそばをすする。食感が良く、コシの強いそばだ。
「奢りだ。師を落胆させるなよ。」
彼は勘定といい、小銭を木製の机に押し付ける。
「ありがとうごさいました!」女将が笑った。水商売というやつだ。
師は期待しているらしい。ただ勉学を疎かにするなと忠告してくれていた。お前はまだ書生の身でいわゆる子供だからと。
父親みたいだ。不器用に言葉足らずの彼が親に見えた。職人気質な彼は今まで見たどの人間よりも焦がれ憧れる。
師を待たせたくないので、一気にそばつゆを飲み干して丼を空にする。席を空け、暖簾をくぐった。その先は一面、星が綺麗だった。月明かり。月光を目でなぞる。夜空から見守る月が愛おしく思えた。
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