マル秘日報 其の壱 : 7月22日 ノルゲ軍病院
こちらのエピソードは
【番外編】コスケラ軍曹の第8中隊マル秘日報
https://kakuyomu.jp/my/works/16816700426340395100
を本編に再収録したものです。
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どうも、皆さん初めまして。
連合軍第13師団飛行部隊 第8中隊の三八七小隊に所属しているエイノ・コスケラっていいます。
階級は軍曹。元々広報部だったんだけど、航空適性があるのがわかって、今やなんで俺が……って感じながらも精鋭特殊部隊である第8中隊入りしてます。
地元が一緒だったヘイモ・ランピール(曹長)とは腐れ縁。
真剣とか厳格って言葉にゃほど遠い俺たち二名は、そりゃもう配属当初からイタズラし放題。
果てはそのウザさからか『第8のチップとデール』だの、『第8のトゥイートルディー&ダム』なんて呼ばれてる。
あっ、ちなみにランピールがディーで、俺がダムね。
さて。ここではね。広報部、そして元従軍記者でもあるこの俺コスケラから、最近面白い第8中隊情報ってのをお届けしようと思う。
最近のトピックといえばアレじゃん、アレ。
ノルゲ王国軍との共闘北海海上戦線!
いやぁ、これが凄かったのなんの。ウチに入ったばっかの新人ちゃんがね、顔クッソ怖ぇ事で有名なノルゲ王国軍の大幹部、シレノズ中将相手にどーんと持論を展開しちまって、それが見事にハマって大成功ってワケよ。
ハハッ。正直新人ちゃんが話し始めた時は、この中の誰か撃たれて死ぬんじゃないか……って思ったけどね、わからないもんだわ。
まっ、それも十分凄かったしこれは正式な広報部の文書として後日提出するとして。
何が面白いって、ウチの新人ちゃん、女の子なのよ。しかも祖国では陸軍大将のご息女。いや、なんつーか性別的に雌ってのは書類や任命式で把握してるから頭では理解してんだけど。これが全然女の子らしくない、言葉遣いもそうだし、気迫と根性もそうだし、なんか最初見た時丸坊主だし。
俺らの直属の上官でもあるメイヴィス中尉なんて、そりゃもう興味津々よ。
だって知らないで見りゃちょっと可愛い男の子だもんね。中将閣下も最初"小僧"呼びだったし。
その新人ちゃんが配属されたのが、我が第8の魔王、ヴォルケ・ウルフリッヒ・ルードルマン少尉の分隊。
あっ、これ極秘情報なんだけど、コイツついこないだの昇任の話断ったんだってさ。なんでかって? 最前線でバリバリ出撃したいかららしいよ!
でもねー俺知ってるんだぁ、ルードルマンが入隊当初のまだ可愛かった頃から知ってっからね。
こいつマジで人付き合いがへったくそなの。口下手だし、いっつもムスッとしてて、多分あんまり人と関わりたくないんだろうなぁっていう。
そのまんま身体だけデカくなっちゃってまぁ。
そういえば、ルードルマン。数年前に直属の上官だったフォッカー大尉が亡くなってからは、本当に笑わなくなったんだよね。なんつーか、人を遠ざけるために生意気言う時しか笑わないって言うか。
俺ら中隊の人間とも必要最低限しか会話しないし。話すとしてもガードナー氏くらいじゃないかな……だから新鮮っちゃ新鮮だったし、嬉しかったんだよね。新人ちゃんの前では結構感情出すし、一応ちゃんと分隊長やってんのよ。
おっとっと、話が逸れかけた。でね、俺の見立てではさ。中尉昇任を断ったのって、分隊長でいたかったらだと思うんだよね。順当に行けばルードルマンが中尉で小隊長になると、四○四分隊は繰り上げでフワ曹長が隊長になるよね。
ん?カンのいい人はわかったかい?あのデカブツ、たぶん僚機が変わるのがスッゲー嫌なんだよ。
もうね、俺達先任の隊員は面白くってたまらない。
自分の肩よりも小さい新人ちゃんに、あの、あのルードルマンがだよ、振り回されてんの。
着任早々殴り合いして顔面腫らしたり、相当ひっぱたいて撥ね除けたらしいんだけどさぁ。ノルゲの出立前には新人ちゃんが侮辱されたことにブチギレて、いきなり発砲するし。なんなのお前、ツンギレなの?って。
ノルゲの海上でもそれはそれは大立ち回りを演じたらしい。
しかもその後通信入れっぱでこっ恥ずかしいやりとりがあったらしいんだけど、残念ながらここにその詳細は記載できない。
あっ、ごめんね。実は俺その時合衆国軍のミサイル喰らって、一機ぽつんと海上を漂ってました。
マジで生きた心地しなかったー。サメがさ、でっかいサメがよ? 壊れた機体を二匹で挟んで陸まで泳いでくれたの。あんな経験、二度とごめんだよ。
そんなんだったから、上の空でオメーら何やってんだよって思わなくもないんだけど。まあ階級が上とはいえ、可愛い後輩ちゃんとその部下の微笑ましいふれあいじゃないですか、先輩は懐深く受け入れようと思う。決して羨ましいワケじゃない、うん。
幸いにも機体はブッ壊れてしまったものの、俺自身はそんな大した怪我もなくて。……なんだけど。
大事をとって今ノルゲの軍病院に入院させられてます。
……ってのは建前で。実際のところは重症負っても病院脱走して出撃したことのある
さて。本日は入院三週間目、天気のいい7月22日。
あれっ? ……どうやら俺また叱られちゃう?
***
「おはようございます! シレノズ中将閣下! お約束通り、スナオ・フワ伍長参りました」
「おお、いいぞシュヴァルべ。入りなさい」
地の底から響くような声が分厚いドアの向こうから聞こえると、直はにこりと笑顔になりドアを開けた。
「どうだ、傷の具合は。軍病院での療養は不自由ないか?」
「はい! 閣下のおかげで随分と調子もいいです。昨日はリハビリも兼ねてクライミングもしてみましたが、肩の痛みもかなり良くなりました」
背筋を伸ばし、敬礼をするその小さな姿に、どぎつい三白眼を少し緩めてシレノズは微笑む。普段非常に不機嫌そうに見えるその表情も、今日は随分と穏やかだ。
「そうか、息災とのことで安心した。お前のところの分隊長と医者はどうだ?」
「ルードルマン少尉ももう間も無く抜糸だそうです。ガードナー二等軍曹はまだギプス固定ですね、でもとてもお元気そうでいらっしゃいます。重ね重ね、この度は我が分隊へ多大なご配慮をいただいたこと、心より感謝申し上げます。おかげさまで再び全員揃って前線へと復帰できそうです」
ふむ、とその返事を聞くなり執務室のデスクに座っていたシレノズが手元の書類をめくる。
「前線へ、か……」
敬礼を崩していいぞとの声に、直は頷き従った。
「お前は、そうか二十歳か。まだまだ父親からすれば可愛い盛りだろうに」
「もう来月の頭には二十一です。そげんでもないですよ、父上は忙しくてあまり家におりませんでしたし、自分も十六で軍高校に入ってからは家に帰ることはほとんどありませんでしたから」
「その、シュヴァルべ」
シレノズはふぅとため息をつきながら、再度視線を直へと向ける。
「父親が家にいないと、寂しいものだろうか?」
シレノズの言葉に、直は一瞬躊躇したような表情を見せると、おずおずとした口調で口を開いた。
「あの……、自分はとある事情で幼少期、父上とは一緒に暮らしておりませんで……。しかしそうですね、正直申し上げますと両親がひどく恋しかった時期があったことは記憶しております。自分はこんななので、参考になるかはわかりませんが」
ですが——、と直は言葉を切り少し照れたように微笑む。
「シレノズ中将閣下がもし父であったのなら、きっと一日も多く時間を共にしたいと思ったであろうと。閣下のように頼もしくてお優しい方、なかなかいらっしゃいませんから。閣下の娘さんは幸せ者でしょうね、きっとお父上が恋しいはずですよ」
唐突に——。
シレノズが眉間を押さえて俯いたが、その恐ろしい表情の真の意味を直は知る由もない。
すぐさま何かを振り払うかのように頭を勢いよく振ったシレノズが、キッと睨むように引き締めたその三白眼でふと気がついたように眼下の書類に目を留める。
「……なんだ、お前のとこの分隊長、今日で二十六になるのか。いっぱしに存在感を放つようになったかと思えば、まだまだ若造じゃないか」
えっ——?
「どうした? おい、シュヴァルべ?」
真っ黒な目を見開いて呆けたように数秒固まったかと思えば、急にその空白が時を刻み出したかのように、目を輝かせて直が笑い始めた。
「閣下! 大変恐縮ながら少尉どののお誕生日を、入院中の身ではありますが病室にて祝っても構いませんでしょうかっ?」
「お、おう。そりゃ構わんが……」
「ありがとうございますっ!!」
嬉しそうにがばりと頭を下げた直に、シレノズは意外そうな顔で返す。
「あの小僧もちゃんと部下に慕われとるんだな……」
その虚を衝かれたような表情に、直はますます笑顔になる。
「自分の上官どのが、ちゃあんと前向いて生きてくださっている、その節目の一日です。部下として、そりゃ何かやらねば……帝國軍人の名が廃るというもんですよ」
「あ、ああ……」
少年のような可愛らしい笑顔とは逆に、最後の一言に感じた異様な漢気に若干戸惑いつつシレノズは軽く頷いた。
「して閣下——」
ずいと一歩踏み出し、その大柄な御仁の目を真っ直ぐに見つめる。
「お願いしたい事がございます」
なんでも言ってみろ、とはほとんど反射で返した。やはり此奴は面白い——。
「だがな、シュヴァルべ。一つ条件がある」
「なんでしょう、閣下のお望みとあらば」
「その……」
「ん?」
「パパ、と呼んでくれるか?」
***
読書をしていたら急に病室の外が慌ただしくなってきた。
(空襲か——!?)
咄嗟に本を置いたルードルマンは、吊っていた右肩の包帯に手をかける。安静と言われたものの、先日遠距離飛行はできた事だし、もう十分動くはずだ。
ドタドタと迫ってくる足音に身構える。出撃ならば世話になっている身だ、いつでも自分が出よう……とベッドを降りようとした。その時だ——。
「しょういどのぉー!!! お誕生日、おめでとうございますっ」
(なんかでっかいボウル抱えたアホがきた——)
「すなおっ! 廊下は走っちゃいかんだろ、転んだらどうすっとや!」
「転ばんかったけん不問や! お前は真面目すぎるぞ!」
呆気にとられて見つめたドア先で、満面の笑みの直が何やら銀色のボウルを抱えている。その後ろから慌てて病室に駆け込んできたのは、同じく東洋系の顔立ちをした色黒の青年だ。
軽装である軍作業服の直と違い、海軍の軍服に身を包んだその青年は、ルードルマンを見るなり一挙動でびしりと敬礼をした。
「失礼致しました、少尉殿。自分は海第6所属の
「かたっ苦しい挨拶は後にしろ
ニコニコとした表情を崩さず、そのままルードルマンに近づいていく直に、蒼一は絶句した。
(いやお前っ、上官に挨拶は普通だろどんだけご機嫌なんだよ……ってか)
そのカチ合った視線に改めて慄く。
やばい——。この人、滅茶苦茶強い。
(赫が見たっていう直ブン殴った上官ってこの人だろ、デケェし、まず佇まいが常人じゃねぇ……)
弘と初めて相対した時にも感じた悪寒が再び蘇る。
(あれだよな? ココに入院してる少尉ってことは、海上で巡洋艦四隻ブチ抜いた……あの爆撃機のパイロットってことだよな??)
蒼一の脳内は既に赤信号を叩き出しており、敬礼しながらも軍帽の中には冷や汗をかきはじめている。
(ん? 巡洋艦四隻? 俺そんな事を前どっかで言ったな……?)
「鮫島といったか、貴様」
「はっ、ハイッ!」
一瞬別のことを考えた自分の態度が出てしまったか、と途端に焦る。表情は怯えを出さないように必死に取り繕いつつも、今や如何に直を回収してこの場を無事に切り抜けようかと脳内で思考が駆け巡る。
「コイツは……昔からこうなのか?」
(……んんっ?)
「恐れながら少尉殿、こうとは……不破のことでしょうか?」
「そうだが……おいチビ、なんだ薄ら笑い浮かべやがって」
「あぁシュヴァルべ、何処に行ってたんですか? コスケラ軍曹が血相変えて探しに行きましたよ。……それはそうと、よく今日がルードルマン少尉の誕生日だと知っていましたね?」
近づこうとする直をけん制するルードルマンと……その後ろから出てきた入院着の男に、蒼一は更に表情を硬くする。
(何あの大きな
「お、おい直……」
「ああ蒼一、改めて紹介する。こちらが我が分隊長のルードルマン少尉殿と、補佐のガードナー二等軍曹殿だ。お二人とも、自分の祖国の友人で同期の鮫島です。先日の海上での海洋生物の一群は
戸惑う蒼一を
「あっ! そうそう! そうなんですガードナー二等軍曹! 先ほどシレノズ中将閣下にお呼ばれしまして、そこで本日が少尉どののお誕生日だと聞いたのです」
なので、と呟きながら直はデカいそのボウルの中身をシャカシャカと泡立て器で混ぜはじめた。
(何してるんだろうこの子……)
大の男三人は、先刻までの会話すら忘れてその挙動を見つめる。
「少尉どのっ! 貴方は先日ご自分で過去の困難から羽ばたかれました! もう貴方はお一人ではないのです! なので、貴方の生まれた日くらい盛大に祝われてください、それはとてもとても、喜ばしい日なのです!」
はい! と差し出されたのは大量のホイップクリーム。
「……いや、急になんなんだお前は」
「えっ、だって少尉どのホイップクリームお好きでしょう? 聞きましたよ?」
「……誰にだ」
「さっき電話で、ユカライネン大尉に」
「そんな私情で業務中の大尉に連絡を入れるなっ……んんっ!」
大きく開けた口に、クリームが捩じ込まれる。
「少尉殿、先ほどのお話ですが、コイツ昔からこんな感じなので……」
もう諦めてください——。
そう呟いた蒼一の言葉に、ガードナーが勢いよく噴き出した。
「照れんでください少尉どのっ。今日くらい不摂生しましょう! 酒がお好きでしたら飲み比べといきたいところでしたが、普段酒も煙草もやらんそうですし。なにせ貴方は真面目ですから」
飲み込んだクリームは甘い、ちゃんと砂糖まで入れているあたり手際の良さを感じて凄くムカつく。
「コイツ、施設の使用許可等で自分を連れ回しましたが、この量一人で泡立てたんで……、食ってやってくださると嬉しいです」
半ば諦め顔の蒼一の発言に、ますます眉間にシワが寄った。
「おやおや、頑張ったんですねシュヴァルべ」
「ガードナー二等軍曹もいかがです? 皆で食べられるようにと多めに閣下から頂いたんです!」
「コーヒーでも入れましょうかね。良かったですねぇルードルマン少尉」
(アホか、貴様)
かぷっ——。
憎まれ口は甘いホイップクリームで塞がれる。
そういえば。
最後に誕生日を祝われたのはいつだっただろうか。
「ヴォルケ、ホイップクリーム好きだろう?」
そう言って、二十歳になったお祝いにと、フォッカー大尉から巨大なケーキをもらった事を思い出す。大人になれと言わず、酒も煙草も無理強いしなかった、愛すべき上官。血は繋がっていなくとも、兄のようだったあの人。
(しかし——。なんでだ、)
元貴族の上官、かたや今目の前にいるのは他国の陸軍大将の娘。
(量が多い! 多いんだよお前らは——!!)
「生まれてきてくれてありがとう! 少尉どのっ!」
かぷっ——。
騒ぎを聞きつけたコスケラが戻ってきた時には、その巨大なボウルから半分ほどのホイップクリームが既に消えており、病室内にひときわ大きな爆笑が響き渡ったという。
翌日、鷹とツバメは仲良く腹痛で寝込んだそうだ——。
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