2−12 師ニ報イル道、 

「……痛っ、いったぁああっっ!!!!」

「ハートマンっ!? おま……え、何して」


 引き金は引いた、間違いなく引いた。それなのに——。


「もぉ、どの口が言ってんすか」


 寝てなさすぎて脳みそがバグを起こしたのだろうか?

 そう思い数度、瞬きをしてみたが目の前の景色は何も変わらず、見慣れた綺麗な顔がいたずらっ子のような表情でウィンクをしている。


「……独りで突っ走るな、でしょう?」


 その煙の立つ銃口の先で、掌を握り二人の間に立っていたのは口の減らない見慣れた部下と——。


「ルードルマン!? お前まで、どうして」

「……貴方がいなくなったら、このお調子者御曹司は誰が面倒を見るんです?」


 マイクロガンの弾丸を、そのまま空中で止めていたのはもう一人の部下であり、もう一人の小隊きっての問題児。


「えーっ、何ソレ酷くないですかルードルマン少尉殿。つーか貴方、空中で弾丸止められるんならそう言ってくださいよ! 俺マジで怪我し損じゃないっすかぁ」

「いの一番に、中尉の目の前に飛び出したのは貴様だろうが。突っ走り癖はどうやらまだ直らんようだな」

「あーハイハイ。まだバルクホーン中尉が居てくれないと何にもできない坊ちゃんブービーですよぉどうせ」


 ぼやくハートマンの開いた掌から、カランカランと音を立てて銃弾が床に落ち、転がっていく。少しだけ、皮膚の焼け焦げたような匂いが鼻をついた。

 背中合わせになりバルクホーンとバスクの間に割って入った部下二人は、漂っていた緊張感を何処吹く風と、まるで吹き飛ばすかのようにその場で軽口を叩き合い始めている。

 突然の出来事に、バルクホーンもバスクも開いた口が塞がらないといった様子だ。


「……いやしかし、どうしてお前ら二人ともが」


 ようやく……なんとか自力で驚愕という拘束から解けたバルクホーンが、誰ともなしにそう問いかける。

 と、その手から拳銃を取り上げる手が横から入った。


「ユカライネン大尉の力と、私が協力したに決まってるだろう」

「メイヴィス!? なんで」

「ふん、これで貸し借りは無しだ、バルクホーン」


 ツンとした口調で顔色一つ変えずに拳銃を奪いながら言うのは、この中隊に唯一いる彼の同期、メイヴィス・リリー中尉。


「貸し借り……? いや、一体何の話……」

「覚えてないならいい」


 涼しげな視線で一瞥され、端的にそう告げられる。

 疲労も相まってバルクホーンの頭は更に混乱した。


「大丈夫でしたかバルクホーン中尉っ!!」

「失礼いたしますっ、皆様ご無事で何よりです!」


 その叫び声と騒がしい足音と共に、今度は見慣れた小隊の部下達が次々と室内になだれ込んできた。その後ろから困ったような安心したような顔で見守っているのはユカライネンだ。


「な、何が起きた……一体」

「ちょっともう! ほんっとーに、アンタはっ!」


 ぷりぷり怒りながら、すっかり毒気を抜かれた様子のバスクにずかずかと近づくなり、左腕に包帯を巻いたノーラが思いっきりその頭をバールで殴りつけた。あまりの遠慮のなさに、うわと思わず目の前にいたルードルマンが呟くほどだ。


「ってえな! ンだよこのアマ!」

「ばかっ! ばかばかばか! どうしてあんなに生きたがってたくせに、抱え込んで死んじゃおうとするのよ!」

「はぁ!? つーかテメー誰だよ! 吹っ飛びてぇのか!?」

「機械になっていようと、アンタが人間なのに変わりないでしょ!」


 うううっ……とその大きな目に涙を溜め始めた見ず知らずの女性に、バスクはたじろぐ。


「アンタの、その、心臓はっ……生きようと一番頑張ってるのにッ」

「お、おい……」


 どうしたよ、と手を伸ばそうにも伸ばす手が自分にはない。

 巻かれた包帯を見て、ああそうだと、あの時痛くて苦しくて堪らずに、その腕に噛みついてしまった事を思い出した。「舌噛むよりマシよ! 耐えなさい!」そう叫んでいた彼女はとても気丈そうだったのに。

 自分より白くて柔らかそうなその肌を、傷つけてしまった事を今更ながら悔やむ。今にも涙が零れ落ちそうな様子に、一体どうしたんだと視線を泳がせる。


 すると、その背後で、もう一つ動く小さな影が目についた。

「ささっ、どうぞひとまず」と椅子を持ち出し、有無を言わせぬ様子でそこにバルクホーンを座らせたのは直だ。


「バルクホーン中尉殿、失礼いたしま……すッ!!」


 ごんっっ。


「なんのつもりだ、きさまァ!!!!」

「エェェェェッ小鳥ちゃんっ!?」

「すなおぉぉぉおおお!!!?」


 素早く敬礼ののち、少々振りかぶるように上体を仰け反らせた後、直はバルクホーンの額に渾身の頭突きをお見舞いした。その光景に、非難轟々というよりかは「なんで!?」という三者三様の叫びに近い声が同じ小隊連中それぞれの口から上がる。


「シュヴァ……ルべ……」

「目は覚めましたでしょうかっ!? 大変失礼を致しました中尉殿! 如何様いかような処罰でも喜んで受けましょう!」


 相変わらずの暴挙の後、悶絶しているバルクホーンに対しびしりと背筋を伸ばすと、馬鹿丁寧な口調で直は叫ぶ。

 これには部屋の入り口に寄りかかるようにして待機していたメイヴィスは完全に度肝を抜かれたような表情で、ガードナーとユカライネンに関しては耐性がついてきたのか必死に噴き出すのを堪えている。

 そんな周囲の様子を知ってか知らずか、直は真っ直ぐにバルクホーンを見つめたまま「ですがっ!」と語気を強めて言葉を続ける。


「その銃は、決して。自分自身の愛する者には向けてはなりません。神がそう仕向けるのであれば尚の事、それに屈してはなりません」

「そうか……シュヴァルべ、そう……だよな」


 まるで憑き物が落ちたかのような表情で、バルクホーンはそう独り言ちる。


「貴方が誰よりも他者を優先し、誰も傷つけないようにって。そう身体を張っているのはわかってます。でも、だからこそっす。何のための二機一組ロッテっすか。貴方一人に、その重荷は決して背負わせないです、一緒に……皆が生きる道を、探しましょ?」

「我らの武器はその敵にのみ向けるからこそ意味を持ち、人として在るがために強くなれる。確かに武力は誰かの命を日々奪っていきます、しかし決してその武器は自身の抱える悲劇を増長させるものではないと。自分は、皆と、そうありたいのです」


 うんうん、とハートマンは頷く。


「ねっ中尉、このままじゃ第8の最強の盾と最強の矛が、とんでもない矛盾コンビって言われちゃいます。俺ちょっとそれはダサすぎるので勘弁してほしいっていうか……」


 ひと呼吸おいてハートマンは微笑み、


「敵だけじゃなく、部下や人々だけじゃなく。貴方も誰かの愛し子って事、忘れないでください」


 その誰がつけたのかもわからんコンビ名はまだ有効なのか、とか。

 さっさとお前達を置いて命を絶とうとした情けない上官だぞ、とか。

 色々言いたい事はあるのに言葉が出てこない。


「ま、この作戦を思いついたのはハートマンで、そこの石頭はその間爆睡を決め込んでいたんだがな」


 揶揄い口調のルードルマンに「お先に寝てしまい悪うござんした」とみるみる膨れっ面になった直は、睨むような視線を向けて抗議の意を示す。



 それと、と直は一旦踵を返し、泣きそうなまま肩を震わせているノーラの側へ寄り添う。


「ノーラはな、いろんな音が聴こえるんだ。お前のその心臓の音も、爆弾の位置も、さっきの会話も……何もかも」

「チビ……」

「どっちがチビだクソガキ……目は覚めたか?」

「覚めた、っていうか」


 見上げる表情はどこか不安げで、それでも先ほどまでのヤケを起こしたような少年のものではなくなっていた。これだけの人間が、一気に介入してきたのだ、まあ混乱もするだろう。

 

「私にも兄がいる、兄上がいなければ私は今ここで息をしていない」

「……」

「だからこそ言おう。お前には這いつくばってでも、その姉の心臓に報いて生きて欲しいと」


 生きてほしい、その言葉に「えっ?」とバスクが零す。


「何よりそれを望んでいるはずだ、お前の姉は」

「……いや、でも爆弾が」

「私の放電で誤爆しなかったくらいだぞ? どうとでもしてやる、顔も知らん踏ん反り返った神になぞ好き勝手やらせてたまるものか」

「スナ、オ……それ、アタシのセリフ」


 アンタ、爆弾処理なんてできないでしょ。任せなさいよ、アタシの得意分野なんだから。絞り出すように言うノーラの肩に、直はぽんと優しく手を乗せた。


「はははっ、ほら見ろ。第13師団随一の技師官がそう言ってるんだ、なんとかなるさ」


 聞こえてくる泣き声と笑い声に、場の空気も少しずつ和み解れていった。



「つーか皆さん、一旦いいっすか」


 ルードルマンと背中合わせのままの状態をキープしていたハートマンが、焼け焦げたようになっている右の掌と、何故か血だらけの左の掌をひらひらとさせながら、喉から声を押し出すように言う。


「狭いんすよここ! 一旦、一旦場所変えましょ! あと俺怪我人なんすよ! むしろ今、怪我が増えたとこなんすよ! 少尉殿、貴方デカくて威圧感あるんでさっさとどいてください!」

「ハートマン……お前」


 その掌の傷に気づき、バルクホーンは驚きの声を溢す。


「……その言い方、っすか?」


 食えないその微笑みが、なんだかいやに輝いて見える。

 ああ、最初に出逢った時からそうだ。面倒くさいとさえ思っていた、自分とは違う……全てを持って生まれたように見える輝きだ。でも——。

 この光を手に入れる為に、彼が見えないところでどんな努力を重ねたか、知らないほど遠い上官ではないつもりだ。


「ん? どうしましたバルクホーン中尉」

「……いや、助かったよ」


 その言葉に嬉しそうにハートマンは笑いかえす。


「いつまでもただの弟子でいるのは、師に報いる道ではないって、そう言いますからねぇ」

「……いつから俺はお前の師になったんだ」

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