2−6 最悪ノ敵ハ 何時モ アナタ自身、
爆音と巨大な水しぶき、燃え上がる海面と少し漂ってくるガソリンの匂い。上陸用舟艇全ての破壊を目視で確認し、ハートマンはバルクホーンに続く形で上昇した。
ここからは各分隊として
四機から六機の敵飛行編隊に対し、こちらは一小隊が上陸用舟艇部隊への攻撃に向かい計七機での応戦。機体のスペック差もさることながら、何故か地上からの援護射撃もない今、状況は全くもって芳しくない。しかしその中でも、敵を翻弄するようなアクロバティックな飛行を繰り返し確実に銃撃を浴びせるユカライネン大尉と、超音波で敵機のコンピューターシステムを狂わせ翻弄するメイヴィス中尉の動きはやはり一つ抜きん出ている。
『こちらユカライネン、只今二機目を撃墜した。既に一機はお魚の世界へ行ってしまったようだがね——』
(よし、俺も……!!)
上空に見える飛行編隊の交戦と、その
速度を上げ上昇しようとしたところを、即座にバルクホーンに制止され唇を噛み締める。
「またですかぁ、」
『すまんなハートマン、しかし上空を見ろ。あの乱戦の中にお前が飛び込んで行くより、編隊に合流する形でフォローに入る方が味方にとっても安全だ。
「それはそうですけども……」
最新鋭の戦闘機との空中戦の際、敵が放つのは対空ミサイルが主だ。
様々な誘導方式が存在するそのミサイルだが、幸いな事に原則主義派のパイロットの中には電波を妨害できる者やそもそもエンジンに熱反応を発生させる事のない者も多数おり、戦艦や地上基地から発射される様な外部射撃指揮装置での指令誘導のあるタイプのものを除けば、彼らにとってそのミサイルはただ真っ直ぐに放たれた速すぎる砲弾と同じであり効力は半減する。
電波の点を挙げても、コンピューター制御ではない旧式の戦闘機を使っているため、速度以外では単純なパイロットの技量でのドッグファイトに持ち込めばこちらに分があるという利点があった。
墜ちて行く
守らなかった場合に、自分がいつも結局どうなるのかはハートマン自身が痛いほど知っている。勿論、今回はバルクホーンの護衛も兼ねて、という意味もあるが。
敵も横付けに並んだ
その時だ——。
『上空に警戒! ダイチェの
突然、緊迫した声で入った通信に、閉じかけていた瞼が一瞬にして跳ね上がった。
(
全神経を集中させ、目を凝らし耳を澄ませて上空を窺う。
見つけるべきは一つ、
『おいっ! そっちへ行ったぞ!!!』
「バルクホーン中尉っ! 九時の方向です! 真横から突っ込んできます」
最大速度マッハ2.2を誇る機体が空を裂く音を聞くや否や、ハートマンは叫ぶ。間髪入れずにミサイル
「……中尉っっ!!!!」
『……クソッ!!!』
滅多にないバルクホーンの激昂する声が響いた。それもそのはず、ハートマンが叫んで呼ぶまで、彼はその場を動こうとしなかったのだから。
空の中で破裂した火花に阻まれながらも、残った一発は真っ直ぐにバルクホーンの機体目掛けて空を切り裂き飛んで行く。
ドォォォォォォォオオオン——ッッ!!!!!
爆発音が辺りに響き渡る。
『味方機だぞ! なんてやつだ!』
咄嗟に回避したバルクホーンの苦々しい声が耳元で響く。
まだ見えぬその敵機は、並んで横についている味方の
「バルクホーン中尉! 追撃が来ますっ!」
続けざまに浴びせられる
熱反応に引き寄せられたミサイルが次々と空中で誤爆していった。
刹那——。
一陣の
ぞわり。と背筋が粟立つのを感じた。
それはこれまで彼の感じたことのない憎悪、そして殺意。
明確な意志を、方向性を持ったそれは戦闘機の殻を被っていて。
いつでも自分を殺せたその
その目を覆いたくなる様な激情の矛先にいたのはたった一機——。
「バルクホーン中尉っ! 避けてっっ!!!」
ダダダダダダダァアアアンッッッ——!!!
連続した機関砲の音が響き、追われた
対して幸いなのは、バルクホーンの能力が砲弾や電波の妨害に突出したものであった事だ。
(クソ野郎っ! これじゃまるで嬲り殺しみたいじゃないか……!!)
依然、必死の回避飛行を繰り返すバルクホーンに叫びながら、ハートマンも上官の機体に当たらない様に配慮しながら銃撃を浴びせる。
対して
『おい! ハートマン! 何が起こってる、大丈夫か!?』
「わからないです! とにかくこの
上空の部隊も依然
ユカライネン一人が時を止めこちらに来ても、二極化しているこの状況を変えてしまえば誰かに被害が及びかねない。
「バルクホーン中尉! とにかく攻撃を避けることだけに集中してください! 俺がなんとかしますっ」
『ハートマン! 俺はいいから……っ、自分の身を守れ!』
「どう考えても狙われてるの貴方でしょっ! こんな時まで人の心配しないでください!!」
もはやいつバルクホーンが被弾してもおかしくない。銃撃が当たらなければ体当たりをするかの様に向かってくる
『チイッ! 雷を落とそうにも、二機の距離が近すぎてバルクホーン中尉の機体に当たってしまいます!』
『ハートマン聞こえるか!? とにかく俺が二機の間に割って入る!そこを狙え!』
事態に気づいて上がってきた四○四分隊からの通信が慌ただしく入る。
全員で畳み掛ければ隙もできる……、そう思った時だ。
『ルードルマン! シュヴァルべ! 避けろっ!!!』
バルクホーンからの通信にハッとして見れば、
『クッソ野郎が! んなもん全部避けてやるよ!!』
爆弾の雨が降り注ぐ中、直の罵声が耳元で響く。
すぐさまルードルマンの怒鳴り声が聞こえた気もするが、おおよそ自分が弾くから下手に動くなといったところだろう。
(独りで突っ走るな、か——)
いつも掛けられるその言葉をハートマンは反芻し、ふうと息を吐く。
(突っ走ってないです。俺は今、俺のできる最善で、絶対に一機も失いません)
ルードルマンを、直を、二人を見ていたから思いついた。……きっと後から冷静になって考えればそういう事だったのだろう。
「バルクホーン中尉っ! 全速力で! 振り返らずに飛んでください!」
『待てハートマン! お前なにする気、』
全力、自分のできる全力でハートマンは自身の機体の後ろに爆発を起こした。
その爆風で圧された機体は真っ直ぐに
(今だっ——!!)
機関砲の引き金を引こうとしたその時。
ハートマンは見てしまった。
そのコクピット内部に無数に伸びる機械の管を。
そこに乗っている人影を。
乗員二名のはずのコクピットに居たのはたった一人の——。
(少年兵……?)
憎しみに満ち満ちたその眼光がこちらを向く。人間の瞳ではなくなったその球体が。まだ幼さの残る、その面立ちが。
『ハートマン!?』
『ハートマン少尉殿っ!!!』
あっ、と思った時にはコクピットが眼前に迫っていた。直撃を避けようと操縦桿を握る。
ごぎゅっ—————。
吸い込まれる様にハートマンの搭乗した
『ハートマンッッッ!!!』
数拍おき、そのもつれた二機から炎が上がり。煙と鉄の塊を撒き散らしながら墜ちていく———。
20XX年、八月某日。
スウィーデン王国ノルチェピング近海、ダイチェラント国籍の上陸用舟艇部隊及び飛行戦闘部隊との交戦。
戦果 —上陸用舟艇部隊殲滅。敵戦闘機、撃墜五機。
被害状況及ビ損害 —味方戦闘機三機被弾、飛行ニ問題アラズ。一機、"墜落"。
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