1−12 国境防衛線、

 カルヤラ地峡の北西端に位置するヴィープリから北極圏方面へ一直線、大陸をまっすぐに分断する形でスオミ共和国と連邦の国境線が引かれており、国境に沿って一直線に走る防衛線の塹壕には24時間体制で陸部隊の兵が配置されている。

 均等な感覚で配置された兵の中には訓練行程を経ていないこの地域の一般志願者も含まれており、彼らの一番の任務は命を賭しての防衛線死守ではなく見張りとしての役割が強かった。ただでさえ物資の乏しい原則主義派の国家、塹壕は地面を2m近く掘って雪の代わりに白いビニールシートを敷いただけの簡易的なものだ。とはいえ、彼らにとってもこの防衛線は死んでも守り抜きたいポイントの一つである。


 現在連邦によって占拠されてしまった巨大なラドガの湖とここヴィープリまでの一直線に伸びた防衛線は全長45km。落とせばスオミ本国及びスカンディナヴィア諸島は一気に攻め込まれてしまう。

 この防衛線に配置されている一般志願者や猟銃所持者は、もともとこのカルヤラ近辺に居住していた民族の者たちである。

「これ以上、故郷の地を踏ませてなるものか」

 過酷な環境下で数と圧倒的な火力差がありながら、今日こんにちまでこの防衛線が守られているのも、彼らの精神力の賜物だ。


「おい、あれは何だ?」


 旧式の望遠鏡で設置した高台の上から連邦側を見張っていた兵の一人が、周囲の人間に聞こえるよう大きめの声を出した。

 彼としては情報の共有と、判断をより多くの味方兵士に仰ぎたかったのだろう。だがそれが今回は災いした。


 ピュンーッ。


 甲高く、まるでロボットの電子音のような短い音が聞こえると、望遠鏡を持っていた兵の頭が吹き飛んだ。意思のなくなった身体は力を失い、そのまま地面へと落ちていく。


「おい、一体何がっ」


 塹壕に配置されていた兵がどさりという音に振り向くと、ピュンッピュンッと短い音が続けざまに聴こえ、その音の軽快さとは真逆に高台が蜂の巣にされる様が目に入った。


「敵襲——っ!!!!」


 誰かが叫び声を上げると共に塹壕から一斉に射撃が連邦側に向けて放たれ、銃撃戦が始まった。銃のスコープで目視できる位置には何も見えない。先ほどの高台の破壊具合から見ても、敵戦力に新たな武器が投下された可能性もある。


「塹壕から頭を出すな! 狙い撃ちされるぞ!!」


 抱えた銃身だけを地上に添わせるようにしながら、バリバリと銃弾を撃っていたヘグルント大隊長が叫ぶ。スコープでの狙撃を試みた部下は、打った直後に眉間を撃ち抜かれ側に転がっていた。

 長年の前線防衛の指揮経験が、これまでにない赤信号を脳内に打ち出していた。


「連絡兵! 至急司令部に伝達を!!!! 第4中隊とスロが要る!」

「動ける奴は補給と、戦車砲もってこい! 頭は絶対に出すな!」


 弾倉マガジンを交換する腕は久々の無差別連射の反動で震えている。相手の姿も見られず、近接を許さないようひたすらに数を撃ち込む作戦は下策だが致し方ない。

 しばらく会っていない娘の顔がヘグルントの頭をよぎった。



***



 陸部隊の緊急招集の警報が鳴り響くと、ノーラに連れられ第4中隊のガレージへと向かった。スロに至っては走るのが遅すぎて直に担がれている有様だ。


「あれっ!? 何で直がココにいるの!?」


 呼ばれて振り向けば、装甲車の後ろに飛び乗った赫ノ助かくのすけと視線がかち合う。


「朝早くに弾丸みたいに出撃してかなかったっけ?」

「野暮用だ!」


 無邪気に触れられたくない部分に触れられ、思わず怒鳴り返す。


「おうチビか! 何だ、出張か!?」


 装甲車のハッチが開き、叫ぶような声で呼んだのは訓練の時に一緒だったトーデンダル軍曹である。反射で敬礼を返し、エンジン音に負けない声量で叫び返す。


「銃のカスタムの測定で寄っておりました。何事ですかっ」

「国境付近でドンパチが始まったらしい、連邦の新型兵器らしく手も足も出ずに防戦一方だそうだ……おいアラヤ! エンジンブースターの点火はまだかっ!!!」

「耐火装甲の車両に火力でブースター外付けとかマジで意味わかんないんですけど!!」


 叫び返すなり、赫ノ助の掌から火炎放射のように勢いよく炎が吹き出した。

 ドゥルルルルンッと勢いよくエンジンが唸り出す。

 ガヤガヤと屈強な男達が出入りし、すぐに出撃に向けガレージのシャッターが全開になった。


「準備はできたか莫迦バカどもーっっ!!!」

「「「オヤジィィィィイイ!!!!!」」」


 吹き出すエンジン音をものともしないバリトンボイスがガレージに響き渡ると、それに応え一斉に号令の様な怒号が降り注いできた。振り返ればそこにはユカライネン大佐が立っている。


「やることはわかっているな!? 到着次第、掃討作戦開始だ! 弾薬に関しては今しがた司令部のハゲ共を黙らせてきた、好きなだけ使え! 作戦開始は到着順だ!」


 エンジン音を凌駕する獣の様な咆哮が響き渡ると、我先にと装甲車やジープ、少数だが戦車もガレージから走り出ていった。


「ねっ、言ったでしょ。ムサイ、ゴツい、厳ついって」

「嫌いじゃないけどな」


 呆れた様に隣で呟くノーラに直は笑って応えた。


「おう! せっかくだチビ! お前も手伝え!」


 気づけば大佐に首根っこを掴まれていた。


「戦闘機を取ってくれば良」

「要らん! ついてこい! 銃くらい撃てるだろう!」


 国境の危機に助力できるとなれば自分も、と動き出そうとしたがユカライネン大佐は直とスロを抱えたままガレージを歩き出す。


「ノーラ! 電気式のジープがあっただろう、コイツに稼働させろ! スロ、弾倉マガジンは?」

「スピッツ、5。KP/-31が40ふたつ」

「ノーラ! ついでにスロ用の弾倉マガジンをもう何個か持ってきとけ!」

「人使い荒すぎないっ??」


 反射で叫ぶ様に返しながらも、ノーラがテキパキと動く。


「っていうか、スナオは飛行部隊所属でしょ! 引っ張り出してもいいんですかー?」

「問題ない! 中隊長は笑顔で送り出してくれたぞ!」


 実のところは「あのチビの力を借りたい、貸さんのなら滑走路でグスタフ(第4所属の中隊長、階級は大尉)のアスファルト瓦割り演習を行う」と半ば脅してもぎ取ってきた様なものだが。それは直達の知るところではない。


「こんな化石みたいな車も、取っておくもんね」


 抱えられたまま一台のジープの前に到着すると、後部座席に放り込まれた。

 同じく放り込まれたスロの足元には弾倉マガジンがばら撒かれる。


「あっ暴発しない様に注意してよね! スナオっ、ラゲッジ部分のあたりにバッテリーが搭載されてるから、そこに電気流して」

「了解っ」


 バチバチッと音がして数秒、ジープのエンジンが稼働した。

 助手席に大振りなカールグスタフ84mm無反動砲を抱えた大佐が乗り込む。なんだかとても楽しそうだ。


「さあ諸君、少し荒いがピクニックといこうじゃないか」


 ノーラがアクセルを踏み込み、四人を乗せたジープがヴィープリに向けガレージを飛び出した。



***



 「自律型致死兵器システムLAWSか、厄介な上に奴ら本当にそろそろ人間をやめたいらしいな」


 車内で先行した中隊から又聞きで現地の情報を聞き、ユカライネン大佐がそうボヤいた。


「なにそれ」「何ですかソレ」

「キラーロボット。人工知能搭載の殺傷兵器よ。完全にオートマで人間側の意志決定関係なく短時間かつ正確に大量の人を殺せるわ」


 後部座席から同時に問いかける二人にノーラが噛み砕いて説明する。


「しかも結構小さいわね、戦車で出た人達にはちょっと苦なんじゃないですか?」


 偵察に出ていた飛行部隊からの写真が表示されたタブレットを見ながら、ノーラはアクセルベタ踏みのまま走行した。タブレットに繋がれたケーブルは直が握っている。早い話が充電器と無線受信機にされていた。


「とりあえず国境線を跨がせなければ上出来だ。地面揺らすぐらい撃ち込んでやれと伝えろ」

「了解——」


 遠くで響いていた銃撃音が段々と近くに聞こえてきた。

 直もノーラに渡されたライフルをぎゅっと握りしめる。


「フワ伍長、銃撃戦や狙撃の経験は?」

「お恥ずかしながら航空戦以外は白兵戦がほとんどで。地上での狙撃はあんまり役に立たんかと思います。銃撃戦でしたら、何とか」

「問題ない、ならばスロを見ておくといい」

「……?」


 隣を見ればスロは無言で弾倉マガジンをベルトや袖に取り付けている。やけに長いその銃身をかちゃりと眺めると、突然口を開いた。


パピ親父、ぼくがでる」

「好き放題やれ」


 短い会話の後、スロはジープの天井サンルーフをスライドさせ、車上に躍り出る。


『……スオミ・ネイトよ。貴女の片腕を取り戻さんと、僕はこの弾丸を祖カルヤラの大地に捧げます』


 祖国の言葉で歌う様に呟いたスロの周囲に、真っ白な雪が舞っていた。

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