1−13 撃鉄ヲ起コセ、
それはまるで、早回しのビデオテープを観ているかのような光景だった。
ボルトアクション式の小銃は撃った後の反動、そして次の発砲までにもう一度ボルトの操作が入る為のタイムラグが生じる。まして小柄な人物なら反動でのブレが大きい分、次の照準を合わせる時間も余計に要るはずだ。
車上に出たスロは
薬莢が落ち次の射撃に入るまでの援護にと直が車上にその身を乗り出した時だ。
「えっ?」声が終わる前には薬莢がもう一度目の前を落下していった。
「スナオ、あたま引っ込めて」
ダンッ、ダンッ、ダンッ——。
規則的な音と共に等間隔で薬莢が宙を舞う。
五発撃ち終わって
援護の必要もなさそうなほどに絶え間なく聞こえるその音に、直もスロに従って車内へと身体を戻した。
バラバラバラと銃声が鳴り続ける防衛線のその向こう、スロがどこに向けて狙撃したのかもその距離と速さゆえに検討がつかない。威嚇なのか?でも小銃だぞ?そう思った時だ。
「あれっ?」
銃声が止まっている——。
「スロに気がついたようだな」
「どういう」
ピュンーッ。
甲高く、射抜くような音がした、
「スロ!?」
一瞬見えた閃光がスロを貫いたように見え、直は思わず身を乗り出した。
「だいじょうぶ、あたってないよ」
雪がゆらゆらと揺れている。
スロの周りを取り囲むそれは水面のような波紋を立てて、消えた。またどこかから雪が舞う。
自分の吐いた息が白くなるほど、スロの周りだけ気温が下がっていることに直は気づいた。雪に包まれまるで蜃気楼のように霞んで見えたスロからは、白い息は
再びピュンッと甲高い音が聞こえると、それが鳴り終わる前にスロが銃を撃つ。見上げるままになっていた直は、ガシッと服を掴まれ車内に引き戻された。
「チビ、絶対に頭を出すなよ。顔がなくなるぞ」
「その前にこの状況下でジープで直進する方も心臓に悪いわよっ」
笑いを含んだ声で、助手席に座る大佐が言うとノーラの小さな叫びが車内に響いた。
そこからは音の応酬。甲高い音が鳴り止まないうちにダンッ!と銃声がなる。ビッとフロントの防弾ガラスにヒビが走った。
「スロ! 撃たせる前に撃ちなさいよ」
そう言いながらもスロを振り落とさないようにか、ノーラはハンドルを切らずにアクセルをベタ踏みしたままだ。
ようやく防衛線の向こうが視認できる近さになって直は理解した。
(なんだこれ……!?)
先ほどタブレットの画像で見た、人間くらいの大きさの
その足元には踏み越えられて潰された
「ノーラ! 塹壕を飛び越えろ! 一網打尽にする!」
「了解っ!」
短く叫び、そのままのスピードでジープは塹壕を飛び越え国境線をぶち抜いた。バウンドし、急停止した反動でスロが車内に転げ落ちてくる。
「スロ!」咄嗟に受け止めると「いたい」とスロは無表情のまま短く呟いた。
起き上がりたいのを察して背中を上げてやる。そのまま直の身体を踏んで立ち上がり、座席の背もたれ部分に足をかけたスロは小銃を持った上半身だけを
短く五回銃声が響く。
それに反応してこちらを敵と認識したであろう他の機体の銃口が向く。同時に、銃声が響き渡るとそれらが片っ端から停止していった。あとはイタチごっこである。
「すげぇ……」
「どうだ、これがうちのナンバーワン狙撃手だ。車上で撃ったのも恐らく全弾命中しているぞ」
言うなり窓から半身を乗り出した大佐が、84mm無反動砲をぶっ放した。土煙を上げ何機かが吹っ飛ぶのが見える。
『オヤジ! どうやら敵さん戦車隊と交代のようですぜ!』
車内に無線が響いた。その報告と合わせるように残っていた
「なるほど、装甲車には小型の殺戮兵器では分が悪いと判断したようだな
言うなりユカライネン大佐は無線機を引っ掴み叫んだ。
「全隊に告ぐ! 国境線はなんとしてでも死守しろ、敵はぶっ潰せ! その他細かい指示はせんから安心して暴れちらかせ! ……最後に一つ、連邦側の大地がどうなろうが俺の始末書には全く関係ない! やれぇぇぇっ!」
無線越しに物凄い雄叫びが聞こえる。即座に味方のいる方面から
「パピ、こっちにもきたよ」
車上のスロが数発撃ち込む音がすると、ドォーンという火柱が遠方から上がった。「出すよ!」ノーラの合図で再びジープが走り出すと同時に、ストンと車内にスロが落ちてくる。
「スロ今何したんだ?」
「
「……は? どうやっ」
「筒の中の砲弾を撃ち抜くと爆発するそうだ、そいつがよくやる戦法だぞ」
この距離から戦車の砲塔をピンポイントで撃ち抜くだと? スコープもなしでか? 呆気にとられていると、その視線に気づいたスロが少しだけ微笑んだ。
「大砲、うごかない。ばんごはんの鳥撃ちおとすよりカンタン」
「ジェット機墜とすより鈍足の爆撃機引っかけて墜とす方がラク、的なやつか?」
「……ちょっとアンタ達、アタマおかしい会話すんのやめてくれる?」
口開けてると舌噛むわよ! と叫ぶなり、ノーラはハンドルを切りスタント紛いの運転をかます。絶妙に避けきる感じで、走った跡には戦車砲の土煙が上がった。
「馬鹿ね! 音が聴こえるなら私らには当たんないのよ!」
ノーラ・ヴァロもまた、戦闘要員ではないものの連合軍に所属する"悪魔の契約者"の一人である。異常な程の絶対音感と聴力は、武器や人体の僅かな音の差も聴き分けそれに応じピッタリとパズルのピースがハマるようなカスタムを製造することが可能だ。
故に、"避けきれる程度のスピードと範囲であれば" 戦車砲の発射音とその軌道上の音で着弾地点を推測することなど容易い。
どうやら連邦も躍起になってきたらしい、後退する自軍の
「人が乗ってないからって……! メカは大事にするものなのに!!」
ノーラが歯噛みする。
それを見たユカライネン大佐がふむ、と呟き「よし、
「はぁ何言ってんの大佐! 見たでしょ、あれ人工知能が」
「電源を落としてしまえば問題ないだろう?」
ニヤリと笑った顔が後部座席を振り向いた。
「出番だぞ、とりあえず可哀想なロボットどもを全員気絶させろ、できるな?」
できるか? ではなく、できるな? ときた。
直は不敵に笑い返す。
「承知しました、連邦との通信回路もついでに焼き切っていいですか?」
「無論だ」
空を見上げる。大好きな、幼い頃から愛している空だ。それは例え踏んだ大地が国が変わろうが変わらない。鉄砲玉が降ってきても、爆煙で霞んでも、悲しくても楽しくても、見上げればいつも空は在った。
(飛んでいる空が違う、アンタはそう言ったが空ってのは繋がっているんだぞーー)
この場にいない誰かに心の中で少しだけ嫌味を向ける。
息を吸って集中し、空に手を挙げた。
そのまま勢いよく振り下ろすと、ドォォォオオオオオン!!! と
ぱちぱちと電流を流しながら、
「いいなお前、ルードルマンなんぞやめて
無線でそれらの回収を後方の部隊へと命じたユカライネン大佐が、車内に戻った直にそう声をかけた。同じく車内に引っ込んできたスロが少し期待したような眼差しで見る。
「有難いお話ですが、」直は一度ニヤリと笑って言葉を切った。
「大佐殿が本当に欲しいのは兄上でしょう? それに自分は少尉と同じ空を一度飛んでみたいのです、
ユカライネン大佐は「そうか」と一言呟いて楽しそうに笑った。
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