第18話 そんなの、ズルいもん

「アクキー六種、クリアファイル六種、あとミニカー一種。これは限定品なのでひとり一つっス」


 秋鹿あいかさんは、今日もド派手なアニメTシャツにツインテール、そして超ミニスカートに厚底サンダルだ。

 でもお仕事はちゃんとするタイプのようで、ひとつひとつ確認しながら説明してくれた。


 今日はバスイベント当日だ。

 イベントは朝十時からだが、私たちスタッフは朝七時集合で準備をしている。

 みんな眠そうだが、明らかに元気なのは私と秋鹿さんと佐伯さんだ。きっとオタクイベントに朝から参加している仲間だと思う。

 私も会社だと毎日辛いのに、イベントだと起きられる。


 デザインしたメンバーは、そのまま商品の販売員として仕事をする。

 会場の入り口から入ってすぐの所にテントを立てて、そこで販売するのだ。

 去年は完全な裏方だったから、ちょっと楽しい! 


 テントの裏に行くと、信じられないほどの段ボールが積み上げられていた。

 段ボールを開けて確認すると、種類関係なくアクキーが、みっちり詰まっている。このままでは販売しにくい。

 私は種類ごとに箱をつくることにした。

 作業していると佐伯さんも来た。


「ミニカーも開けていきますね」

「よろしくお願いします」


 私たちは無言で作業を進めた。

 このイベントは都内のバスイベントとしては最大級で、とにかくお客さんが多い。

 現時点で外に行列が見えていて、開始と共にミニカーの所にくるのは分かっているので、できることはしておきたい。

 ふと横をみると佐伯さんが手を止めて遠くを見ていた。

 その視線の先には保城ほしろさんが見えた。


 保城さんは今日、バスガイドの制服を着て撮影会をする。

 事前予約制なのだが、なんと販売当日一時間ですべての時間帯が売り切れてしまった。人気がすごい!

 今は開場前に入っているテレビ局の取材中で、今日のイベントの紹介をしている。

 たくさんの照明に囲まれて、ピシッと制服を着て立つ姿がカッコイイ……!

 佐伯さんは静かに保城さんを見て口を開いた。


「保城さん、去年はテレビ局の人たちに言い寄られてて、可哀相だったんです。でも今日は五島さんが見張ってるみたいですね」

「え?」

 探してみたら、少し離れた場所で五島さんがメディアの対応をしていた。

 スーツを着てテキパキと指示を出している。ああ~~めちゃくちゃカッコイイ。

 佐伯さんが私の方を見て口を開く。

「五島さんとお付き合いされてるんですか。羽鳥さんにお聞きしました」

 私はその言葉をきいて吹き出してしまった。羽鳥さん、おしゃべりすぎて本当に焼き鳥にされてしまうのでは?

 本当の彼女じゃないけど……イベントが終われば会わない人なら惚気ても許されるだろう。

「そう、です。強くて……すてきなんです」

「いいですね。僕も五島さんくらい強かったら……と思いますが、無理ですね」

「佐伯さんは、えっと、この几帳面で、良いと思います」

「橘さんこそ、段ボールごとに分けてて、良い感じですね」

 私たちはお互いに好きな人をみながら作業を進めた。



 イベントが始まり、一気に人が流れ込んできた。

 頭の三時間が忙しいのは知ってたけど、本当に途切れることなくお客さんがきてすごい!

 特にミニカーは大人気で、どれだけ出してもすぐに無くなっていく。

 でも小さな子どもが目を輝かせてバスを受け取ってくれるのが嬉しい!


 お昼前にはミニカーのプレゼントが終わり、それだけで一気に楽になった。

 アクキーやクリアファイルは断続的に売れているが、交代で休憩ができるレベルになった。

 するとチラシコーナーを担当していた同僚からヘルプが入り、チラシを配る仕事に移動することになった。

 

 会場にはニ十種類以上のバスが展示してあり、その周辺で企画の紹介をしている。

 チラシの種類だけで百種類近く、去年私は、バックスタンドでこのチラシの箱を延々開けていて、めちゃくちゃ疲れたのだ。

 ミニカーのように午前中だけではなく、一日を通して断続的にチラシが無くなるので閉場までずっと忙しい。

 スタンドにチラシを補充していたら、後ろから声をかけられた。


「絵里香お姉ちゃん!」


 ふり向くと典久くんだった。お店に遊びに来たときにチラシを渡していたけど、来てくれたようだ。

 私は嬉しくなって膝をおり、小さくなって話しかけた。


「来てくれてありがとうー! ミニカー貰った?」

「貰った! 俺トミカ大好きだったけど買ってもらえなくて。だから嬉しい!」

「良かったねー!」

 典久くんは私の横にあるバスを見て目を輝かせた。

「このバスもタイヤのところに会社名が入っててカッコイイ! 絵里香お姉ちゃん、横でバスの看板持って。お姉ちゃん写真撮って!」


 典久くんはスマホを後ろにいたお姉さんたちに渡した。

 典久くんにはお姉さんがいるとは言っていたけれど……なるほど三人もいるのね。

 そしてどうやら……キャラがすごく強そうで、三人は三人が言いたいことをバラバラに発しているように見える。


「タイヤの写真とか意味わかんない、キモイ」

「てか、あっちでお菓子配ってたよー」

「ねえねえ。なんか撮影会してない? あのモデルさんテレビで見たことある~!」

「てかお腹すいたんだけど」

「あっちの出店で綿菓子売ってたよ、あっち行こうあっち」


 三人は途切れることなく話し続けている。

 典久くんは、


「もう早く写真撮ってよ!!」


 と叫んだ。

 お姉さんたちは「はいはい」と写真を撮ってスマホを典久くんに渡してキャーキャー楽しそうに綿菓子を買いに向かった。

 なるほど。この環境ではキュアリンが好きと言ったら、大変なことになりそうだ。

 典久くんは写真を確認しながらため息をつく。


「うちの姉貴たちは、マジでうるさい。口に巨大スピーカーがついてて、一日中ガーガーガーガー話すんだ。俺が何しても全部学校でばらされるし、全部いじってくるし、マジウザい!!」

「異性のお姉ちゃんは、大変そうね……」

 

 たった数分で典久くんの苦労を察してしまった。

 私はひとりっ子でお兄ちゃんとかお姉ちゃんに憧れたけど、良い事ばかりじゃないのは分かる。

 撮った写真を確認していたら、後ろから声をかけられた。


「……こんにちは」

「天音ちゃん!」


 一緒にチラシを見ていたけど、来てくれて良かった!

 天音ちゃんは典久くんの方を見て苦笑する。


「……千夏ちなつちゃん、相変わらずだね」

「そうなんだよ! マジでうるさい、頭痛いよ。天音ちゃん、アイツにイジメられて学校行けなくなったんでしょ? マジクソ姉でごめん……」


 典久くんは俯いた。

 なるほど。どうやらあの三姉妹の中に、天音ちゃんの同級生がいて、五島さんが言っていた道路を無視して渡っていた子がいるのだろうか。

 天音ちゃんは静かに首を振った。


「ううん。典久くんは悪くないよ。悪いのは千夏ちゃん。ごめんね、お姉ちゃんを悪く言いたくなくて、黙ってた」

「そんなのいいよ!! マジでクソだから、関わらないほうがいいよ!!」


 弟にここまで言われる姉……と思うが五島さんから話を聞いていると、少し難しい子なのだろう。

 ふたりに駄菓子の無料クーポンと、スタンプラリーの台紙も渡した。 

 天音ちゃんはそれを受け取って、保城さんが撮影会をしている方を見た。


「……バスガイドさんの制服をネットで知って、見に来たんです。男の人も、女の人も、同じでカッコイイ」

「そうなの! バスガイドさん共通の制服でね……」

 私はこそこそっと天音ちゃんの耳元に近づいて声を出す。

「(ワイファイジャーのボスの制服に似てると思わない?)」

 そういうと天音ちゃんは口元を押さえて噴き出した。

「……ちょっと思いました」

「だよねえ!」


 私は地図を見せて、その制服が飾ってある場所を教えてあげた。

 実は「少し似てるなあ……」と前から思っていたのだ。さすがワイファイジャー仲間、分かり合える。

 天音ちゃんと典久くんはふたりでスタンプラリーに向かった。

 なんだか微笑まして、誘って良かったなあと思った。




 夕方になり、お客さんが減り、片付けモードになってきた。

 イベント好きとはいえ、朝から晩まで動き続けるのはさすがに疲れる。

 テント裏に戻ると、ちょっと信じられない量の段ボールを佐伯さんが片付けていた。

 私を見つけて笑顔で話しかけてくる。


「ラストスパート、がんばりましょう」

「はい……」


 佐伯さんはどう見てもイベント慣れしていて、次から次に段ボールを拾っていく。

 なんとなく思うんだけど、佐伯さんってイベントを運営してるスタッフさんじゃないかな。

 動きが素早い。私はイベントに出てもお昼にはほとんど終了しているので、夕方にパワーはもう残っていない。

 それでもなんとか段ボールを拾っていたら、指を少しだけ切ってしまった。


「っ……!」


 痛い。でも佐伯さんはテキパキ作業してるから、私もサボれない。

 左手だけで拾おうかな……と動き始めたら、視界にバンドエイドが見えた。


「大丈夫か、もう休め」

「五島さん……」


 見慣れた顔を見ると、一気に疲れが溢れて脱力してしまう。

 五島さんは私をパイプ椅子に座らせた。そしてスーツの上着を脱いで、私に渡した。

 そして佐伯さんにも軍手を渡してふたりでテキパキと段ボールを片付け始めた。

 バンドエイド嬉しい。地味に痛かったの。それを指にはって、すっごく五島さんの匂いがするスーツを抱きしめた。

 するとスーツのポケットに何か冷たいものが入っているのが分かった。五島さんが私を見て口を開く。

 

「入れといた。顔色が悪い、飲んどけ」

「ありがとうございます……」


 五島さんのスーツのポケットには冷たいお茶が入っていた。

 よく考えたら全然水分取って無かった気がする。

 一口飲むと一気に疲れて出てきて、気力だけで動いていたのを自覚した。

 スーツを抱きしめて五島さんを見る。


 こんなに優しくされたら好きになっちゃうの、仕方ないじゃん、ずるい……。

 

 スーツを抱きしめてると、いつも朝抱きしめられてる時みたいに安心して……もう寝てしまいそう。

 そしてイベントは大盛況に終わった。

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