第29話 おうちで勉強会
目の前には大きくて高い門。
入りたくなくて門の目の前で立ち止まっていると、門の横の通用口が開き、背の低い老爺が顔を出した。
「お入り」
入りたくない!
そう思ってもどうにもならず、重い足取りで通用口をくぐった。
★★★
「……琴音、起きろ」
肩をユサユサ揺すられ、私はビクリと跳ねて飛び起きた。
うちのリビング兼ダイニング、ローテーブルで尚武君と向かい合って勉強していた筈。いつの間にか突っ伏して寝てしまったらしい。
慌てて口元を拭い、テーブルに涎を垂らしてないか確認する。危ない、大好きな彼氏の前で涎垂らして爆睡とか、全くもって有り得ない! 関係を進めたいとか思ってたのに、自分のあまりの色気のなさにがっかりだ。
しかも、寝坊して遅刻した癖にうたた寝してしまうとか、どんだけ寝汚いんだ。
「遅くまで勉強してた? 」
「いや、そんなには……」
まさか、どうやって尚武君と関係を進めるか悩んでいただけなんて言えない。
久しぶりにあの夢を見たってこともあるけど。
……あれ? 今も見たよね? しかも昨日の夢の続きだったような。
夢のことをかんがえていたら、無意識に尚武君を見つめてしまっていたようで、尚武君がホンノリ耳を赤くして頭をガリガリかいた。
「いや、別に、琴音の寝顔に見入ってたとか、つい手を出しそうになってヤバくて起こしたとかじゃねぇから」
「えっ? 」
尚武君が顔まで赤くして、大きな手で顔を隠してしまう。
「……」
「手……出してくれてもいいのに」
二人で真っ赤になってワタワタする。
「と……ところでさ、うちの一年の女子、みやちゃん? あの娘、いつの間に尚武君狙いになってたの? 」
「さあ? そう言えばなんか周りチョロチョロしてたな。花岡のこと諦められないのかと思ってた」
あんなに接触されて、見るからに尚武君狙いって丸わかりなのに? でも尚武君ならあり得るか。私のアピールも総スルーだもんな。
本当は尚武君がかなりの理性を総動員して、「とにかく十八になるまでは!」と我慢に我慢を重ねているなんてことを知らない私は、自分のアピールがどれだけ尚武君の理性を滅多打ちにしているかなんて知らなかった。後から考えると、多感な十代男子には酷な仕打ちだったなと思ったけど、逆によく他で発散しなかったと褒めてもあげたい。
私は膝立ちで尚武君の横に移動すると、そのガッシリと筋肉のついた腕にしがみついた。
筋肉って知覚ないのかな? だからムラムラしないのかな? 決して私のがチイパイだからじゃないよね。みやちゃんのあのムッチリとしたオッパイにも無反応だったし。
実際の尚武君は硬直しており、全知覚神経か右上腕に集中しているなんて知る由もない。
つい、ギュッギュッと胸を押し付けていると、ヤンワリと腕から引き剥がされた。
「……ヤキモチやいちゃった」
「何で? 」
「だって、尚武君は私のなのに、ベタベタくっつくから」
「これからは近寄らせない。琴音に嫌な思いはさせないようにする」
「うん。信頼はしてるんだ。尚武君は花岡君なんかとか違うって」
尚武君が苦笑する。比べる人間が悪すぎると思ってるんだろう。
私はここは押し時だろうと、再度尚武君の腕にしがみつく。花ちゃん直伝のあざと可愛いを意識して、上目使いで自分良く見える角度で小首を傾げる。
「多分ね、尚武君のことは信頼してるけど、自分に自信がないんだよ」
「え、何で? 」
一般的に見て、私は儚げな美少女らしい。でも実際は人見知りの男性恐怖症、気ばかり強くて負けず嫌い。ただのチビのガリだ。
それに比べて尚武君は、身長も高くムキムキマッチョでたくましい。無口だけど、いざというときには頼りになるし優しい人だ。頭だって凄く良い。文武両道とは尚武君の為にある言葉だよね。ちょっとばかり年齢不詳な強面だけど、最近のナヨッとしたジェンダーレス男子よりはずっと男らしくてかっこいいと思う。
こんな完璧な尚武君に私が釣り合うかって……、釣り合わないよね。せめてさ、尚武君がさ私を求めてくれたらさ、少しは自信につながるかもしれないんだけど。
さりげなく、そこはかとなく、そんなことを匂わせるように言うと(尚武君の魅力は盛大に語ったけどね)、尚武君はヘンテコリンな表情になった。
「俺としては、そんだけ琴音に良く思われてるのは嬉しいんだけど……いつかその幻想が解けた時がこえーな」
「幻想じゃないよ、真実だよ。せめてさ、尚武君に求められてるって実感できたら、自信も持てるんだろうけどね」
あざと……ではなく、本当のため息が出て閉じた目をゆっくりと開いて尚武君をジトッと見上げてしまう。
「求め……って」
「今日ね、うちの母親飲み会で帰り遅いんだ」
女子がここまで言ってるんだから、さすがに汲んでほしい。少しくらいのフライングは良しとしようよ。
尚武君と付き合って三年目。
十二月は尚武君の誕生日とか、クリスマスとかイベント盛り沢山だけど、そこに被せるんじゃなくて、さらに増やしてもよくないかな。
初チュー記念日とか、初H記念日とか。両方イッキにでもドンと……。
そこまで考えて、さっきのみやちゃんの発言を思い出す。
尚武君は身体がデカイ。いや、さすがにあそこ(キャー、どこ?! )には筋肉つかないよね。鍛え方もわからないし。いや、男子なら知ってるのかな? いくら尚武君でもそんなとこ鍛えないだろう。いや、ストイックな尚武君なら至る所を鍛えるんだろうか?いやいやいや、いくら何でも人外レベルではない筈。人間同士だもん。大丈夫だよね?
思わず見たことない尚武君の下半身に畏れ慄いていたら、尚武君が私の肩に腕を回して引き寄せてきた。思わず肩がビクリと跳ねてしまう。
すると、頭の上でフッと微笑む気配がした。
「いつだって琴音が欲しいよ」
耳元で低音が響いて、腰が抜けそうになる。座ってて良かった! 尚武君にすがりつくようにシャツをつかんでしまう。
尚武君!
いつの間にそんなスキルを身に着けたの?!
色気のある声にお腹が疼いたじゃないかァッ!!
ズルイズルイズルイ! 尚武君ばっか余裕で、私はいつもいっぱいいっぱいで、こんなに翻弄されてる。
思わず睨むように尚武君を見上げると、尚武君の三白眼気味の目に一気に熱が灯った気がした。
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