第28話 寝取り宣言?!
「今日は店外に出張だ」
金を数えながらホクホク顔の女将に呼び出され、今日は客の家に行ってこいと言われた。その客は苛虐癖があるので有名で、私も何度となく酷い目にあっていた。店の中であれば最低最悪でも死ぬまでいたぶられることはないが、これが外となると……。
「大丈夫だよ、三時間したら迎えをやるから。お客様にもくれぐれもとお伝えしてある」
くれぐれも……なんだと言うのか? 生きて帰してくれだろうか?
嫌でも断れる立場にはない。嫌だとすら言えないのだから、私はコクリとうなづくしかなかった。
外出用の打掛を羽織らされ、真赤な紅をひかされて店を出された。
道端には野花が咲き、日差しはやわらかく暖かかった。薄いすじ雲が空に広がり、太陽の周りに輪っかのような日暈ができていた。
吉兆か凶兆か、立ち止まってその太陽を見上げた。
★★★
久しぶりに夢を見た。
あまりに久しぶり過ぎて、起きてもしばらくは夢と現実の区別が難しかった。
風景自体は長閑で麗らかな春のワンシーンだったが、内容は全く長閑ではない。S趣味の客に出張サービスとか、どう考えても無事ですむ訳ないじゃないか。あの女将、頭沸いてるんじゃないの?!
今の自分なら、きっとそう言って女将に噛み付いているだろうけれど、指一本も私の意識で動かせない夢の中ではどうすることもできない。
吉兆か凶兆かって、明らかに凶兆だよね。
「琴音、いつまで寝てるの? ママ仕事行くけど、あんた尚武君と受験勉強じゃなかったの? 」
私は枕元のスマホを手に取り、「ゲッ! 」と叫んだ。
約束の時間三十分前って有り得ない。悠長に夢を回想してる場合じゃなった。
慌てて顔を洗い、朝食にフレグラをかきこんで歯を磨く。化粧は無理だ。グロスのみ塗った。着替えも選ぶ余裕がないから、畳んで置いてあったジーンズスカートにモコモコのセーターを着る。これですでに待ち合わせ時間ジャストだ。
遅れるから先に図書館に入っててとラインを送り、ゴメンナサイのスタンプをおした。
了解と返信がきて、私は勉強道具の入ったリュックを背負って家を飛び出した。
今日のメインは図書館で勉強。でも、今日から十二月。尚武君の誕生日は十二月十二日。つまり、尚武君が言っていた十八歳まであと十一日だ。十一日くらい、ちょっとフライングしても良いと思う訳よ。
運良く今日はうちの母親は飲み会だ。つまり、午前様確定!
勉強した後、うまいこと夕飯に誘ってうちで……なんて目論んでいたのに、なんでそんな日に寝坊するかな。
なんとか十五分遅刻で図書館についた。私達はいつも談話室で勉強している。そこでなら少しは喋れるし、飲食も禁止されていないからだ。
談話室に向かうと、いつもの席に尚武君と……何故か一年女子がいた。
みやちゃんだっけ? 何で彼女が、しかも尚武君の隣で椅子をくっつけて座っているの?
「……遅くなってごめん? 」
頭の中が「?」でいっぱいだから、つい語尾が疑問形になってしまった。
「彼女来たから」
尚武君が荷物を持って立ち上がる。
今の「彼女」は、「she」じゃなくて「sweetheart」の方だよね。
「えー、尚武先輩、
甘えた喋り方に、わざと尚武君の腕を取って胸を押し当てるようにする仕草にギョッとする。
花岡君にフラレたのが三ヶ月前、あんなに泣き喚いていたというのに、いつの間に尚武君に鞍替えしていたのか。
花岡君から尚武君へ行く意味がわからない。見た目も中身も何の共通点もない。同じなのは性別が男であるというだけだ。
「悪いけど、受験勉強したいから」
「えー、だって尚武先輩志望校A判定だって聞きましたよ。受験勉強しなくって余裕じゃないですか」
明らかに拒絶の色が濃厚な尚武君に、みやちゃんは全く気にした様子もなくグイグイおっぱいを押し付けている。
彼女の前でいい度胸だな、おい!
「尚武君」
私が尚武君の横に立ち、スルリと腕を絡めて手をつなぐと、私とはもちろん恋人つなぎで手をつないでくれる。尚武君を引っ張りみやちゃんから引き離すと、彼女に対抗するようにチイパイながら尚武君の腕をおっぱいの間に抱え込んだ。(挟むほどの質量はないのが残念過ぎるけど)すると、尚武君の耳がホンノリ赤くなった。
ボリューミーなみやちゃんズおっぱいでは無反応だったのにね。
「みやちゃんだっけ? 私は花ちゃんみたいに器が大きくないから、自分の彼氏にチョッカイだされるのは凄く不愉快なんだけど」
「でもー、好きになった人に彼女がいたからって諦められないじゃないですかぁ。私のこといっぱい知ってもらえたら、私の方を好きになってくれるかもしれないしぃ。それにほら、今給黎先輩って細くて小さいから、尚武先輩を受け入れるのって無理っぽくないですか? 絶対、尚武先輩満足できてなさそう。私なら断然満足させられると思うし、体力もあるし体も丈夫だから多少の無理はききますよ」
体格差って、そんなに関係あるの?
今まで考えたこともなかったことを指摘され、みやちゃんの寝取り宣言よりも、尚武君が私じゃ満足できないかもしれないってことにショックを受けてしまった。
「琴音以外はいらないから」
「本当に今給黎先輩で満足してるんですか? 」
「もちろん」
まだキスもしてない関係ですけどね。
「後で絶対後悔しますよ。雅、けっこうモテるんですから。後で試しておけば良かったって思っても遅いんですよ! 」
「思う訳ない。一生琴音一人でいい」
「オッモ! 別に尚武先輩のこと本気だった訳じゃないし、和人先輩の友達だからちょっとアプローチすれば落ちると思っただけだから。ガタイもいいし、アッチも凄そうって思ったから、遊び相手にちょうどいいってだけだもん。期待外れもいいとこ! 」
みやちゃんは、怒りながら言い捨てて談話室を出て行ってしまった。
残された私達は……非常に居辛い雰囲気になってしまう。
周りの人達、明らかにみんなこっちの話題に興味津々で耳を傾けていたし、「確かにあの彼氏にあの彼女は無理っぽい……」とか何とか囁かれた声も聞こえてきたしで、もう顔を上げるのも恥ずかしいんですけど。
「……うちで勉強しない? 」
「だな」
どうやってうちに誘おうかと思っていたけど、ごく自然に誘えちゃったよ。
夢で見たあの日暈は吉兆だったのかな?
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