第26話 女子トーク

「しばらくこれない」

「しばらく? 」

「あぁ。戦に行くんだ」

「戦? 」

「志願した」


 男の逞しい身体を見る。今まで見たどの男よりも筋骨逞しい。腕に、胸に手を這わせた。脂肪のない発達した筋肉、剣さえも通さなさそうだ。これなら大丈夫。きっと無事に生き残れる筈だ。


「ご無事で」

「ああ、必ず生きて戻る。待っていてくれるか? 」


 待つ?

 待ってどうなるの?


「沢山の敵の首を狩る。大将の首なら懸賞金も高い。この戦で、俺は大金を手にする。そしておまえを迎えにくるから」


 つまり、私を身請けする為に危険な戦に行くと。


「迎えにきたら、おまえを抱くからな」


 私は男の胸にしがみついた。


 ★★★


 朝起きて、ボーッと夢のことを考えた。


 いやいや、何かのフラグですか? 

 戦って一週間二週間の話じゃないよね? 年単位で待てって、尚武君と同じじゃん。そこは戦に行くからって盛り上がるところじゃないの?!

 確かにあの男は強そうだ。尚武君の前世なら実際に強いんだろう。

 でも戦だよ? いつ死んだっておかしくない。

 あの男を待ってて、それでもし帰ってこなかったら……。

 待ってる間に私に何かあったら……。


 二度と会えないじゃないかぁッ!


 なんか、私がこの夢を見続けている意味がわかった気がした。

 不幸しかない夢の中(前世)の記憶。あまりの不幸っぷりに、今の私が引きずられて男性恐怖症になっちゃうくらいの悲惨さで、その中での唯一があの男だったんだ。ただひとつ執着する愛しい男。


 きっと幸せにはなれなかったんだろう。


 男を追いかけて生まれ変わって、忘れたくなくて夢で見て。こんなに執着して執着して、私は帰らないあの男との約束にすがったんだろう。


 よし!

 夢の中(前世)の私が不幸だったぶん、今の私はムッチャ幸せになってやる!尚武君とイチャイチャのラブラブになってやろうじゃないの!

 二年なんて待ってられません。


 そして私は花ちゃんに電話した。


「男の子の理性ぶっとばすにはどうしたらいいの?! 」


 私のこの発言で、花ちゃんはうちまできてくれた。

 一般的に見てうちは汚くも狭くもないけど(2DK)、お嬢様な花ちゃんにしてみたら犬小屋レベルの狭さだろう。実際に花ちゃんちの愛犬ベティ(アフガンハウンド)の小屋は、六畳エアコンつきだ。私の四畳半の部屋より広かったりする。

 花ちゃんはうちのティーパックの紅茶を優雅に飲みながら話をしているのだが、話の内容は優雅には程遠い。


「というか、二人の仲がまだ清いままというのは驚きですわ」

「うん、しかも尚武君は十八までは手を出すつもりはないくさい」


 花ちゃんは、大きな目をさらに大きく見開いた。


「尚武君て、修行でもしてらっしゃるの? 何を目指しているのかしら」

「責任とれるようになるまでってことらしいけど」

「戒律でもあって、避妊したらいけないとかですの? 何事も100%はありませんけど、世の中には避妊て言葉があるのはご存知ないのかしら」


 花ちゃんは、純情可憐な見た目なのに、実はその手の知識は豊富だったりする。ほとんどは漫画の知識みたいだけれど、最近は花岡君っていう彼氏ができたから、まぁきっと実践もしているんだろう。恥ずかしくて聞いてはいないが。


「修行もしてないし、無宗教だから戒律もないと思うけど」

「健全な男子高生が可愛い彼女に盛らないなんて、機能不全を疑われてもしょうがありませんわ」


 花ちゃんは慄いたように言うけれど、尚武君の名誉の為にも尚武君は機能不全インポではないと声を高らかに言いたい。えっ? 違うよね?

 あと、可愛いっていうのは花ちゃんみたいな娘のことを言うのであって、私みたいに貧弱で幸薄そうな(見た目だけは儚げらしいから)女子のことじゃないからね。


「わかりましたわ! 私が琴ちゃんをコーディネートいたしますわ」


 花ちゃんは肩まで伸びた私の髪を上手にカールし、ルーズなユルフワ無造作ヘアを作り上げた。以前は髪を掴まれることを懸念して(まずあり得ないシチュエーションではあるが)短くしていたけれど、花ちゃんに紹介された美容院に行き始めた頃からカットしつつ伸ばしだしたのだ。

 今だけじゃしょうがないので、コテの巻き方やアレンジの仕方を習う。次には化粧だ。というか、花ちゃんがしっかりメイクをしていたことに驚いた。ナチュラルメイクは全然ナチュラルではなかった。しっかりメイクをしてよりナチュラルに見せる、凄まじいテクニックだ。


「見た目だけでは駄目ですわ。視線とかちょっとした表情とか、男性の欲を引きずり出すんですの」

「視線……表情……」

「あとさりげないボディータッチですわね。やり過ぎは下品になるから駄目ですけれど」


 師匠……花ちゃんをこれから師匠と呼ぼう。


「洋服も出しすぎはNGです。チラ見えくらいですわね。しかも、近い距離にいる彼氏にだけ見えるくらいの。肌の、特にデコルテと足のケアは大事ですわ。シットリモチモチ、触り心地を重視して夜はしっかりオイルマッサージ、あとはこの微細ラメで視線を釘付けにですわ」


 なる程、だから花ちゃんの肌は触り心地が良さそうだし、なんかキラキラしてると思ったら、ラメが光ってたのか。


 それからも手をつないだ時にたまにキュッと握って上目使いに見上げる方法とか、キスをねだる仕草とか、あざと可愛い仕草を色々教えてくれた。衣服も、今ある物でさりげなく色気を出す着方も習い、四苦八苦して見た目だけは整えることができた。

 あざと可愛い……私に出来る気がしないけれど、なんとかして尚武君の理性をぶっとばすぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る