第25話 Wデート3
「何かありましたか? 」
定番の膝の上で、険しい表情の男を見上げる。いつもそれなりに恐い顔をしている男だが、今日はさらに輪をかけたしかめっ面をしていた。
見た目は厳ついけれど優しいこの男を怒らせてしまったんだろうかと、私は目の前が真っ暗になるほどの絶望を感じた。
そんな私の感情をくみ取ったのか、わずかに眉間の皺を弛め、いつもの優しい手で私の頭を撫でた。
「何もない」
男との逢瀬はまだ数えられるほどだが、それでも男が何かに苦悩しているのはわかる。自分が怒らせた訳ではないのなら、この男を苛んでいる怒りや悩みは何なのか? せめて自分の身体で発散してくれたら……と思うけれど、いついかなる時も男は欲をぶつけてくることはない。
この男になら何をされたっていいのに……。
★★★
ファミレスで花岡君と別れて、尚武君と二人っきりの帰り道。辺りは暗いし、人通り皆無ではないけれどそこまで多くないからか、尚武君としっかり手をつないで歩く。
「ねぇ、尚武君。さっきの目から鱗だったよ」
「うん? 」
「ほら、適度に距離をとればいいって話。私さ、なんとかしなきゃ、克服しないとって焦ってたんだ」
「うん」
「でもさ、実際には他人とそんなに至近距離になることないよね。それこそ満員電車くらい」
「だな。道場でだって組手は無理だけど形ならできるしな。まぁ、男女組手はやらせないけど」
「私、尚武君となら組手できるよ」
「ウッ……」
尚武君が立ち止まって固まってしまう。
ツンツンと手を引くと、尚武君はつないでない方の片手で顔を押さえ、小さくため息をついた。
「本当だよ。それに近くにいたいなって思うのは尚武君だけで、その尚武君とはゼロ距離でも安心しかないから、男性恐怖症だって問題ないよね」
自分は普通じゃないって思っていた。
夢のこともだけど、必要以上に男の子に拒否反応出ることとか、最近じゃ吐き気がするくらい男性が駄目なこととか。それこそ受診レベルじゃないかって悩んでもいた。
でも、尚武君はそんな私でもいいんだって言ってくれて、大好きな人が受け入れてくれた。なら、何も怖くないじゃない?
他の誰に触れなくたって、尚武君とだけは触れ合えるんだから、全く問題なしだったのよ。
「最初から何の問題もねえよ」
ぶっきらぼうに言う尚武君だけど、つないだ手は凄く優しい。
私は周りを確認した。
街灯と街灯の間でいい感じに暗い。人通りはさっき前歩いていた人が曲がって行ったし、後ろからは足音もないからいない筈。さりげなく振り返って確認したけどいない。
よっしゃ!
今じゃない? 今しかなくない?
私は尚武君に向き合うと、両手を引っ張って身体を寄せた。尚武君が少し前屈みになると、顔を見上げてゆっくり目を閉じる。
いわゆるチュー待ち顔を晒した。
さぁこい! どんとこい!
ファーストキスだし、緊張して震えながら待つのが普通の可愛らしい女の子かもしれないけれど、尚武君への気持ちが溢れでちゃっている今の私は、ニマニマを押さえるのに必死だ。下手したら口角がひくついてしまっているかもしれない。鼻息荒かったら恥ずかしいな。
しばらくの無音の後、オデコに柔らかい感触がした。
オデコ?
私が背伸びしてさらに顔を上に向けると、今度は瞼に。
まだ届かないのかな?
今度は尚武君の制服の胸元をつかんでさらに背伸びをすると、頬に。
私はバッチリ目を開けて、盛大な膨れっ面をしてしまう。
「チューしてくれないの?! 」
甘えた雰囲気で言えれば良かったんだろうけれど、明らかに不満です!というような口調になってしまう。
ムードもへったくれもないってわかってるけどね、今は焦らされてる場合じゃない訳。いつ人がくるかわからないんだから。
「……」
尚武君は、唇ギリギリ横の頬にキスをくれた。ほんの少しかすったか……うん、かすってないな。
「……もう少し待ってろ」
「もう少しって? 」
「十代の性欲舐めんな。キスで止まる訳ないだろ」
キスで止まる訳ない?
ここ路上ですけど……。エッ? さすがに初めてが野外っていうのは、前世花街育ちの私でもレベルが高過ぎですよ。
「俺らまだ高一だろ。まぁ琴音は十六になれば結婚できるかもだけど、俺はまだまだだし、さすがに責任取れないことはできない」
責任って……結婚?
それはそれで嬉しいけど、可愛くチュッも駄目なの? 結婚待ち?
あれ? 現代だよね?
「だから、十八まではこれで我慢しとけ。本当はこれも我慢すんのヤバイんだから」
軽めのハグをした尚武君は、私の背中をトントンと宥めるように叩くと、大きく息を吐いて私から離れた。
「帰るぞ」
十八まで待てば、責任取らなきゃいけないことをしてくれて、さらに責任取ってくれるってこと?
それってプロポーズ?
嬉しいんだけど嬉しくないような複雑な気持ち。大事にしてくれる気持ちも、責任感のある態度も、「大好き」って気持ちでジタバタしたくなるくらい嬉しいんだけど、十二月生まれの尚武君、一月生まれの私。十八になるまであと二年半くらいあるんですけど。
私……我慢できるかな?!
男性恐怖症の女子高生とは思えない思考に悶々としながら、どうすれば尚武君の隙きをついてチューできるか、あれやこれや悩む私だった。
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