第19話 勢いの告白からの?
真っ暗だ。
夢の中の筈なのに、真っ暗しかない。
あぁ、私はずっと目を瞑っているんだな。
★★★
「琴音ちゃんって……趣味悪い?」
殴っていいかな?
米神に青筋がたってるって鏡見なくてもわかるくらい、私は怒りを隠せていない。
そんな私の顔を見て、さすがにしまったと思ったのか、花岡君は視線を反らしながら後退り、「そう言えば買い物頼まれてたんだった」と、ひきつった笑顔を浮かべながら回れ右をして駆けていった。
「何あれ!! 」
怒りで拳を握り締め、たった今自分が告白まがいの発言をしてしまったことなどスッポリ頭から抜け落ちていた。
「あー、うん。何だったんだ」
後ろからポツリと声がし、尚武君がまだ近くにいるのを思い出し、私の怒りがポンッと消えてなくなる。ジワジワと沸き上がる羞恥に、つい挙動不審になってしまう。
「えっと、誉めてくれただけだよな。大丈夫、勘違いなんかしないから」
顔を赤らめながら目元を手で隠して言う尚武君は、厳つい彼からは想像できないくらい可愛かった。
「いや、あのね! 勘違いなんかじゃないから」
「いや、俺はあんたが俺に好意を……男女のあれだ、そんな感情を持ってるって勘違いをだな。その ……人間的に大きな意味で好ましいってだけだよな」
ついに首まで赤くなってしまった尚武君は、隠した目を見せてくれない。どんな表情をしているのか、私の好意を嬉しいと思っているのか、迷惑と思っているのかわからない。
私は尚武君の目元を覆う手に触れようと、せいいっぱい背伸びをして手を伸ばした。ギリギリ届かないから袖を引っ張った。
「人間としても素敵な人だと思うけど、それだけじゃないんだよ。顔見たいな、ダメ? 」
尚武君はノロノロと手を下ろしてくれた。
「あのね、私、男嫌いでずっといて、今は男性恐怖症だって自覚するくらい男の子がダメで。でも、尚武君だけは大丈夫なの。まだ知り合って一年もたってないけど、尚武君だけは信頼できるし、そばにいても怖くない」
「それは……やっぱり……男だって意識してないからじゃ」
シドロモドロ言う尚武君を下から睨み付ける。
「尚武君までそんなこと言うの?! さっき私が言ったこと聞いてなかった? 君のことが異性として好きなんだよ。そりゃ子供っぽくて、発育も今一な私に好かれても嬉しくもないだろうし、大人っぽい尚武君と釣り合うとも思えないけどさ」
「いや、そんな……」
自分で言っといて凹んできた。
私は大きくため息をつくと、しばらく目を瞑って気持ちを入れ替える。
「もう帰ろうか」
「……送っていく」
二人で並んで黙々と歩く。
同じ駅ではあるけど、尚武君とは帰る方向が違う。冬で日が暮れるのが早いとはいえ、まだギリギリ夕暮れだ。
一人で帰れるけど、言わない。
白い息を吐きながら二十分歩く。母親と二人住まいのマンションについた。オートロックつき、ファミリー向けマンション。駅からは少し遠いけど、小学校は近かったから問題ない。
「送ってくれてありがと。……じゃ」
返事なしってことはフラれたのかな。まぁ、お付き合いしましょってなっても、今の私の状態じゃどうしようもないんだけどね、でもさすがにスルーはきついかな。
勢いで告白もどきなことをしてしまい、テンパっていた気持ちも、徐々に落ち着いて今は気持ちがめり込んでる。
「あ”!! 」
オートロックを解除しようとした時、喉に引っかかったみたいな変な声がし、振り返ると尚武君が真っ赤な顔をして咳払いしていた。
「大丈夫? 」
「あの! 少し話を……」
大きな声で言ったかと思うと、語尾は聞き取れないくらいの小ささだった。真冬なのに、汗までかいているようで、顔色も赤いしまさか熱でもでた? と心配になる。厳つい人相が、輪をかけて強面度アップしていて、三白眼気味の目力も半端ない。
普通の人なら、絶対に近寄らないないだろうなって表情の尚武君だったが、恋愛フィルターのかかった私にはカッコいい一択しかない。
「話? 寒いし……うちあがる?」
尚武君はコクコクうなずき、オートロックを解除した私の後についてマンションに入ってきた。一緒にエレベーターに乗り、部屋の前までくると鞄から鍵を出してドアを開けた。
「どうぞ。ごめんね、部屋寒いね。今エアコン入れる」
母親はまだ仕事から帰っていないから家は真っ暗だ。靴を脱いで、廊下の電気をつけて家に上がる。正面のリビングダイニングのドアを開けて電気をつけ、真っ先にエアコンを作動させた。
体温計!
あんなに顔が真っ赤で咳き込んでたから、熱があるかもしれないから熱を測ってもらった方がいいかも。救急用の薬などが入っている引き出しをあさって体温計を捜す。
体温計を見つけて振り返ると、尚武君はいまだに靴も脱がずに玄関に突っ立っていた。
「やだ、そこ寒いでしょ。上がってよ」
玄関まで迎えに行くと、尚武君は口をパクパクさせた後に掠れた声で言う。
「……お、お母さんは? 」
「まだ仕事だよ。帰ってくるの、早くても7時くらいかな。遅いと9時とか10時。だから、気にしないで入っていいよ」
「……」
尚武君は固まって動かなくなってしまった。
「ね、顔真っ赤だよ。熱があるかもしれないからお熱測って。ここ寒いからリビング行こうよ」
「体調はすこぶるいいから大丈夫! 」
「でも」
「これは、女の子に初めてあれみたいなこと言われたからで……その……病気じゃない」
恥ずかしかったということだろうか? 初めての女子からの告白に。
いまさらながら私も恥ずかしくてなってきて、顔を赤らめてしまう。
「とにかく、入ってよ」
尚武君は首を大きく横に振る。
「さっきのあれ……、本当に? 」
「あれ……」
好きって言葉のことだと思うけど、自分から再度口にするのは恥ずかしい。
「異性としてってあれ」
尚武君は靴も脱がずに、玄関でお互いに真っ赤な顔をして視線を泳がしているこの状態、はっきり口にしないと話は進まなそうだ。
「まぁ、その言った通りなんだけどね。尚武君のことはいつからかはわからないけど、男の子として意識して見てる。でも、だからって無理して付き合ってほしいとか、私のこと好きになってとかは思ってないから。勝手に尚武君見てドキドキしてるだけだからさ。友達は止めないでほしいし、いつかそのうち女の子として意識してくれれば嬉しいなとは思うけど」
気にしないで友達を続けて欲しいと言うつもりが、最後は自分の要望が駄々漏れてしまった。
「もう、女子として意識してる」
「エッ? 」
あまりに小さな声で聞こえなくて聞き返した。
「最初からあんたのことは女の子としてしか見てない」
男子女子の女子ってこと?
いや、さすがにツルンペタンだけど男子に見られたことはないよ。
「性別云々の話じゃないからね」
少しムッとして尚武君に非難の視線を向けると、厳つくて筋肉達磨な尚武君が、面白いくらいにワタワタと慌てる。
「そりゃそうだって。あんたはどっからどう見ても女の子だし。だから、異性として……好ましいか好ましくないかって話で。最初見た時はさ、ただの可愛い女の子だなくらいだった。俺とは違う惑星に住んでるくらい関わりない相手と思ったさ」
「違う惑星って……」
「女子ってだいたいが俺のこと怖がるからさ、普通に会話できるだけでスゲー奴だって思った」
「最初から怖くないもの、だから別に凄くないし。だってさ、花岡君に告白されて困ってるの助けてくれたでしょ」
「それでもよ、大抵は俺見たらびびるんだよ。あんたの友達も、最初は顔ひきつってたろ」
そうだったかな?
花ちゃんって、基本マイペースだから他人には無関心(花岡君除く)なんだけどな。尚武君が大きいからびっくりしただけじゃないかな。
尚武君は頭をガシガシとかく。いつもは凛々しい(ドスのきいた三白眼)目元が、困ったように弛んでいる。
「スゲー奴って、どう受け取ればいいのかな」
女子に褒め言葉ではない気がする。
「スゲーなって思ったら……興味がわいた。なんか、目が行くようになって…………気になった」
「つまり……両想い? 」
尚武君は史上最高に真っ赤に(すでに赤いを通り越してドス黒い?)なり、片手で目を覆って肯定も否定もしなかった。
両想い……両想い、両想い?!
私は自分の言った言葉に衝撃を受けて、思わずへたりこんでしまった。
こ、腰抜けた。
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