第3話 後をつけてみました

 中学に入るまでは、私の夢にはあの最低最悪な虐待親父と私と同じように成長していく夢の中の自分しか出てこなかった。

 自分のことは見えなかったけど(家には鏡がなかった)、手足とか身体は見下ろせるからね。あとは視界の高さなんかから、成長してるんだなというのはわかった。なんか、二つの人生を生きているような、そんな不思議な感覚だった。


 夢の私は、ひたすら家にひきこもり、関わり合うのは虐待親父だけ。殴られないように空気のように過ごし、無視されるか殴られるかだけ。虐待親父が寝ている時に、食べ散らかされた残飯をあさり、こっそり身体を拭く。そんな毎日の繰り返しだった。


 一方、起きている時の私は、母子家庭ではあったものの、それなりに愛情をもって育ててもらってるし、お金の面でも苦労したことはなかった。だから中学受験もできたし、私立の女子校にも通わせてもらっている。友達も数は少ないけどいないこともないし、勉強も運動も困ることないし、夢の中の自分とは比べ物にならないくらい幸せだ。


 こんな二重生活(?)、みんなそうなんだって思っていた。私だけだって知ったのは、小学校三年の時。

 女の子って占いとか好きでしょ? 休み時間に夢占いの話になって、そこで初めてみんなが色んな夢を見ていることを知った。


 あの時のショックは忘れられない。


 そんな私の夢が変化したのは、中学に入って少ししてから。

 虐待親父がでてこなくなった。それだけで私の精神面はかなり安定したと思う。


 場所もかわったみたいで、綺麗なお姉さんの世話係みたいなことをしてた。私は彼女のことを「姉様」と呼んでいるようだけど、実際には血の繋がりはない。

 言われるままに姉様の着替えを手伝ったり、髪の毛をすいたり。初めてのことでモタモタする私なのに、姉様は決して怒らなかった。また初めて食べ残しじゃない食事にありつけた。


「あまり食べすぎないほうがいいわよ」


 言われるまでもなく、それまで満足に食べれなかった胃はかなり小さかったのか、ほんの数口でお腹いっぱいになるんだけどね。

 姉様がそんなことを言ったのは何故か、その時の私には理解できなかった。


 ★★★


 目立つな、あの人。


 同じクラスの金沢かなざわはなちゃんと帰っている時、少し前に尚武君の姿を発見した。

 回りの男子よりも頭一つ分以上大きな身長、マッチョでごつい体つき。うーん、どう見ても中学生には見えない。

 ほんの数年前にランドセル背負ってたのかと想像すると、ちょっと信じられない。もしそうなら、きっとランドセルが大木にとまった蝉みたいにちょこんとしてて可愛かったに違いない。


「琴ちゃん、どうしたんですの? なにか面白いものでも発見しました? 」


 どうやらつい笑ってしまっていたみたいだ。


「ううん、何でもない。ね、ちょっと本屋さん寄ってかない? 」

「いいですわ。なんか新しい漫画出てないかしら」


 尚武君が本屋に入ったのを見て、こっそり追いかけるように本屋に入った。花ちゃんは目当ての漫画コーナーへ、私は尚武君の向かった参考書コーナーへ足を向ける。

 尚武君は中学三年の数学の参考書を手にしていた。やっぱり中三。あれでタメ?


 尚武君は数冊見比べ気に入った一冊を見つけたようで、参考書を手にしたまま今度は雑誌コーナーへ向かった。もちろん(?)私も後を追う。


「あれ? 琴音ちゃん」

「ウギャッ! 」


 いきなり背後から肩を叩かれて、私はびっくりし過ぎて変な悲鳴を上げてしまった。振り返ると、花……田、花……井、花村……花岡君だ!がいた。

 背はそこまで大きくないし、体つきも少年をやや脱皮したくらいな感じだけれど、整った顔とそれを自覚していそうなチャラい雰囲気を醸し出している花岡君は、パーソナルスペースが狭いのか、嫌に近くに寄ってくる。私としては、男子とはあと三歩くらいは離れないと落ち着かないんだけど、後ろに本棚があるから下がることができない。


「何の用ですか」


 つい、咎めるようにきつい口調になってしまう。多分、表情は嫌悪感を隠していないだろう。


「見かけたから声をかけたんだよ。ほら、この間の返事ももらってないし」

「断りましたよね」

「ええ? デートして僕のこと良く知ってからって話したじゃん。まずはデートしてみないとでしょ。返事を受け付けるのはそれからだよ」


 自分のこと知ったら断られる筈ないという鼻につくような自信に、琴音の表情がどんどん険しくなる。


「知らない人とはデートしません」

「やだな、知ってもらう為にデートするんでしょ。なんなら今からお茶でもしない? 」

「友達と一緒だから」

「なら、友達も一緒でいいよ」

「友達も嫌がると思うから」


 ズリズリと横にずれながらなんとか花岡君と距離を取ろうとするけど、花岡君は同じだけ距離を詰めてくる。


「琴ちゃん、お待た……せって、お友達ですの? 」


 花ちゃんはどれだけ買ったのか、重そうな紙袋を両手で持っていた。いわゆるお嬢様な花ちゃんは、お金の価値観が微妙にずれている。中学生ながら大人買いするのは彼女のお財布の問題なのだから個人の自由ではあるものの、自分で持てる許容範囲を考えないのは問題である。


「友達じゃない」

「やだな、まずは友達からって言ったじゃん。だから友達だよ。ね、君は琴音ちゃんの友達? 僕は花岡和人。中三。君は? 」


 花ちゃんは、花岡君に笑顔を向けられてポッと頬を赤らめた。


「金沢花、中三です」

「花ちゃんか、可愛い名前だね。君にぴったりだ。それ重そうだね、持つよ。今ね、琴音ちゃんとお茶しようって話してたんだ。花ちゃんも一緒にどう? 」


 花岡君はすんなり花ちゃんから紙袋を受けとると、勝手にお茶に行く前提で話を進める。


「ちょうど喉渇いていたんですの。行きたいですわ」

「それじゃ……、あ、尚武がいる。尚武! 」


 会計を済ました尚武君が本屋を出ようとしていたところを、花岡君が声をかけた。尚武君はニコニコと手を振る花岡君を見て、僅かに眉間が寄ったけれど、無愛想な表情のまま近寄ってきた。


「何か用か」


 壁のような大きさに、花ちゃんの笑顔がひきつる。


「おまえ暇だろ。これからみんなでお茶すんだけど一緒しようぜ。ほら、桐女と知り合いになれるチャンスだぜ。琴音ちゃんと花ちゃん、可愛いよな」


 桐女とは、桐ケ谷女子校の略で、幼稚園から大学まである女子校だ。ちなみに尚武君達の男子校は幼稚園から高校までしかなく、大学はイギリスにあるらしい。月峰学園で、略して峰学だ。

 花岡君は喋りながら花ちゃんの紙袋を尚武君に渡す。


「こいつ、小鳥尚武。見た目はアレだけど怖くないから。こんな見てくれだけど同じ年だから」


 花ちゃんはポカンとして尚武君を見上げている。うん、わかるよその気持ち。オヤジ臭……いやかなり大人っぽいものね。そんな私達を見て、花岡君が面白そうに笑った。


「オヤジにしか見えないしょ。でも正真正銘タメだから」

「小鳥……君? 」

「あ、名字呼びは止めたげて。ほら、このナリで小鳥とかギャグじゃん」


 花岡君の喋り方に、不愉快しかない。何か上から目線で尚武君を馬鹿にしているように感じた。


「私の名字の今給黎も変だと思う? 小学生の時に、男子に馬鹿にされて凄く嫌だったの。私は小鳥って名字綺麗で良いと思う。今給黎よりも小鳥の方が良かったわ」

「もし琴ちゃんがそこの彼と結婚したら、小鳥琴音……なんかコトコトって可愛いね。」

「あー、それなら花岡君と花ちゃんで花岡花でハナハナで可愛いよ」

「いや、それじゃ両方変だよ。それなら花岡琴音じゃん? 座りがいいよ」

「座りって何? 」

「わからないけれど、絶対小鳥琴音の方がいいと思いますわ。コト……尚武君はどう思います? 」


 花ちゃんに尚武君を名前で呼ばれると、何故かお腹の上辺りがキュッとした。


「別に何でも……。今給黎でいいんじゃないか」

「それより、場所移動しようぜ。マックでいいかな」


 何故か不機嫌そうな花岡君がしきり出す。


「いいですわ。花岡君行きましょう」

「花ちゃん、僕も和君でいいよ」

「和君」


 フンワリ可愛い系の花ちゃんが、恥じらうように頬を染める姿は物凄く可愛い。花岡君の隣を歩いて、一生懸命話かけてる花ちゃんは、どうやら花岡君のことを気に入ったようだ。


 いつの間にか四人でお茶することになっていて、本屋の隣にあるマックに移動した。

 私と花ちゃんはシェイク、尚武君はビッグマックのセット、花岡君はポテトのLサイズとコーラを頼んだ。

 丸テーブルで私の右隣に花ちゃん左隣に花岡君、目の前に尚武君が座った。


「琴音ちゃんと花ちゃんは中学からの友達? 」

「うん。私は初等部からの持ち上がりですけれど、琴ちゃんは中学受験組ですから。和君達は? 」

「うちらも中学受験組。でも武臣とは小学校から一緒だし、こいつの家道場やってて、それに通ったりしてた。小学生の時な」

「道場……うん納得って感じですね。琴ちゃんも剣道やってたんですよ」

「へぇ、剣道。以外だな」

「強いんですよ。それに、護身術で合気道とかも。この間教えてもらったんですの」

「琴音ちゃんも花ちゃんも可愛いから、護身術は必要かもね」


 ずっと花ちゃんと花岡君が喋っていた。たまに花岡君にニッコリ微笑かけられるけれど、笑顔などかえせたものじゃない。


「尚武君ちの道場って? 」


 尚武君に聞いたのに、花村君が入ってくる。


「古武術っていうの? うちらは剣道とか武道って思って習ってたけど」

「見学してみたい」

「えっ? 琴音ちゃん武術に興味あるの? 」


 興味あるというか、夢の中の父親みたいに無闇に振り下ろされる暴力を無力に受けたくはない。夢の中の私は防御すらできなかった。反撃なんかあり得なかった。だからこそ、現実の私は反撃できる力を求めた。

 剣道は小一から、合気道は四年から。でも受験の為に五年生で辞めてしまっていた。復帰しようと思っていたけど、中学に慣れてからと思ってたら、思った以上に私立女子校の勉強は難しく、ズルズルと中三になってしまったのだ。そのおかげで、試験は常に上位はキープできたが。性格的に、あれもこれもできる器用なタイプではないのだ。


「僕も受験で辞めちゃってたけど、また通ってみようかな」

「なら、私も。琴ちゃんと一緒なら楽しそうですわ」


 三人の視線が尚武君に向き、尚武君はビッグマックの最後の一口を飲み込んだ。


「……別に、見学は自由だから」

「ならさ、みんなでライン交換しようぜ。グループ組もう」

「えっ……」


 尚武君とは嫌じゃないけど……。などと、男嫌いの私にしたら珍しい思考に自分でびっくりしているうちに、花ちゃんと花岡君がラインを交換し、グループラインを立ち上げられて花ちゃんから招待を受けてしまった。尚武君は花岡君から招待を受けていて。

 ラインの友達のアドレスに、初めて男の子名前がのった。

 尚武君には、私の男嫌いは発動しないようで、尚武という名前とをそっと指で撫でた。

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