第2話 今の私
「琴音ちゃん、大好きです。付き合ってください!! 」
私の行く道を塞ぐように立ち塞がったのは、隣の男子校の生徒だ。彼の顔も見たもなければ、もちろん名前なんか知らない。男子校の制服を着ているから、隣の男子校生なんだろうなということしかわからない。あとはネクタイがエンジ色だから中学生だってことくらい。つまり、全く見ず知らずの他人ということ。
そんな他人が私の名前を知っているばかりか、名前呼びされるなんて、不愉快以外の何事でもない。
「お断りいたします」
思わず不愉快さを全面にだしたかのような冷たい口調になってしまったけれど、まぁまぁしょうがないだろう。何せ、私は根っからの男嫌いだ。一メートル以内に近寄られるのも無理だし、触れるなんて言語道断。絶叫する自信しかない。
病的な男嫌い。自覚しています。
色んな理由はあると思う。
子供の時から小柄で華奢で、全体的なイメージが弱々しいというか、人によっては庇護欲がかきたてられる容姿らしい。それと同時に、加虐的な思考を持つ人間をも引き寄せてしまうようで、病的な好意を押し付けられることが多かった。見た目と中身が相反している私は、それなりに撃退術は身につけてきたものの、好きな子を虐めてしまうというレベルを遥かに超えた男子を相手にすることが多々あると、まぁ普通に男嫌いになるというものだ。
しかも、幼い時から繰り返し見る夢が、私の男嫌いを増長させた。毎日見る訳じゃないけれど、覚えている夢はいつも同じような感じ。同じ人物が出て来て、同じ場所にいる。たまに違うこともあるけど。
ただの夢、臭いも感触もないただの夢。痛みもない。でも、最低最悪な夢。知らない(夢の中では多分肉親、父親だと思う)男に精神的にも肉体的にもズタボロにされる夢。小さい時は、夢と現実がわからなくて、夜中に酷く泣いたこともあった。実際には、自分にその拳が触れる直前にブラックアウトするから、暴力に触れることはなかったけれど、自分に振り下ろされる拳を寸前まで見るのは恐怖だった。
そんな酷い夢を見続けて心が壊れなかったのは、毎回酷い虐待の夢というわけではなく、たまに一般の日常(男が家にいない日や、泥酔して寝てる男を眺めているだけとか)があったから。それに夢自体を見ない日もあった。
現実にはうちは母子家庭で父親はいないから、もしかしたら父親がいた時に虐待にでもあったのかって疑った時もあったけど、夢の中の男は写真に残る父親とは全くの別人だった。それに、着ている衣服が違う。着物に近い気がするけど、少し違うような。
だから、あれは前世の自分なんじゃないかって思う。
そんなこともあり、私は根っからの男嫌いになった。だから中学は頑張って受験して女子校に入学した。回りは女の子ばかり。先生も女性が多いし、男の先生はいるけど年寄り率が高い。
私にはパラダイスだった。
問題は、うちの女子校からほど近い場所に男子校があり、通学路がかぶること。そして、たまにこうして待ち伏せされて告白されることだ。
「友達からでもいいんで、お願いします! 」
お断りしたのに、なおもしつこく引き下がらない男子中学生にイライラする。
今日はスーパーの特売の日だから早く買い物に行きたいのに、男子中学生が進路を妨害するように立っているから動くことができない。
「間に合ってます」
「一度デートして、僕のこと知ってください。それからでも遅くないでしょ」
男子中学生は、私の手首をつかんできた。激しい嫌悪感で目眩がする。
「離して! 」
回りに人がいない訳ではないのに、チラチラ見るだけでみんな素通りしていく。誰も助けてくれない。
殴っていいかな? 蹴り飛ばしていいかな? 竹刀がないからこの重い学生鞄で張り倒すしかないかな。
ちょっと腕を触られたくらいで、こんなに気持ちが悪いと思う人と付き合える訳がないじゃない。例えこの人の何を知ったって、対して変わらないと思うし。デートなんて絶対嫌! とんでもなく無理!
私が学生鞄を振り上げようとした時、男子中学生の後ろから大きな影が現れた。そしてその影は男子中学生の肩をガッシリとつかんだ。
「花岡、おまえ部活さぼったろ。宮田先輩が激怒だったぞ」
「オワッ、尚武。え、いや、親戚のお通夜が。だからさぼったんじゃ……」
「通夜の前にナンパ? 」
「ナンパじゃないよ。たまたま琴音ちゃんを見かけて、一人だったから告白するチャンスだと」
「部活さぼって? 」
「だから、さぼりじゃないって」
告白してきた男子中学生は花岡というらしく(覚えるつもりはないけど)、名前を呼び合うくらいには親しい友人なんだろう。
それにしても、突如現れたこの友人、同じ男子校の制服を着ているから学生というのはわかる。ちょっと信じられないけどね。しかも、ネクタイはエンジ色。
影のように見えたのは、あまりに身長が高くて太陽を遮ったからだし、全体的に筋肉達磨? 中学生の筋肉には見えない。顔もおじさん……いやかなり大人びて厳つい。私服でいたら二十代後半くらいには見えそうだ。
カッコいいイケメンとかいう部類には入らないけど、味のある顔をしていると思う。かなり強面だけど。
これで中学生……あり得ないけど真実だ。
「あ、宮田先輩だ」
「やっば! 琴音ちゃん、また今度。これ、僕のアドレス。琴音ちゃんのは今度教えて」
名刺のようなものには、花岡和人という名前と、携帯番号、メールアドレスが書いてあった。あ、年齢も。中三、タメでした。
そして、向こうから全力疾走してくる男子から逃げるように、凄まじい速さで走っていってしまった。
つい勢いで受け取ってしまったけど、正直いらない。もらっても困る。
「あの……」
私は筋肉達磨の彼を見上げた。
「なんか、あいつが迷惑かけた。悪い」
低い落ち着いた声。普通なら苦手な男子と二人きりになってしまったのに、なぜか全く嫌な感じがしなかった。
「まぁ、迷惑は凄く迷惑でした」
筋肉達磨の彼は、少し驚いたような顔をした。多分、見た目(自分で言うのもなんだけど、おとなしくて気弱そうに見えるらしい)と違って、ハッキリとした口調で言ったからだろう。
「うん、悪かった」
頭をペコリと下げられたが、筋肉達磨は悪くないよね。それどころか助けてくれた恩人だ。
うーん、恩人に対して、心の中だけとはいえ筋肉達磨呼ばわりはやはりよろしくないよね? うん、名前を知らないから筋肉達磨呼ばわりになってしまうなら、名前を聞くべきじゃなかろうか?
「あなたは悪くないですよね? というか助けてくれた訳だし……。私、
まずは自己紹介からよね。
「いま……いまい? 」
「
普通なら男子に名前呼びなんて絶対に嫌だけどね。筋肉達磨……名乗ったんだから名乗りなさいよ……には名前で呼ばれても良いと何故か思えた。
「はぁ……」
「あなたは? 」
筋肉達磨は、右を見て左を見て上を見て下を見て(つまりは挙動不審)、やっとかなり小さい声で名乗った。
「……
「小鳥……」
ばかでかくて、筋肉達磨で、厳つい顔のこの人が小鳥?
「笑ってもいいぞ。大抵みんな似合わないって言うしな」
「わ……笑わないよ。可愛い名字じゃない。でも、まぁ、尚武って名前はあなたにぴったりな気がする。今時のキラキラしい名前より全然いいと思う」
「そりゃ……どうも? 」
「何で疑問形なのよ」
「いや、なんとなく。じゃあ、俺行くから」
「ちょっと待った! 」
私は歩き去ろうとする尚武君の制服のをワシッとつかんでしまった。もし自分が男子にこんなことされたらひっぱたき案件だけど、尚武君は普通に立ち止まってくれた。
「あのね、申し訳ないんだけど、これをさっきの男の子に返しといてくれないかな」
「ああ、あいつ、こんなの用意してたのか」
さっきの男の子(名前はもう忘れた)の名刺を尚武君に押し付けた。
「持っているのも嫌だし、個人情報だから捨てるのも……ね。本人に返すのがいいと思うの」
「まぁ、そうだな。わかった、俺からあいつに渡しとく」
尚武君は私から名刺を受けとると、きちんと鞄にしまってくれた。
「あの、ついでに、本当に無理だって伝えてもらえないかな」
「これ返せばわかんないか? 」
「さっきも何度も断ったの。でも、全然聞いてくれなかった」
「あー……、まぁ、そういうとこあるよな。あいつ、そんなに駄目か? けっこうモテるみたいだけど」
「生理的に無理」
尚武君はガシガシと頭をかく。
どうやら困っているようだ。友達と今会ったばかりの私なら、友達を応援したいんだろう。
「まぁ、言うくらいなら言ってもいいけど、第三者に言われて諦めるかな」
「諦めてもらわないと困る! 本当無理だから。私、男嫌いなの。あ、でも、別に女の子が好きとかじゃないからね」
尚武君はウンウンとうなずく。
「わかった。あんたに付き合う気がないってことは伝えてみる」
「お願いします」
これが現世での私と尚武君の出会いだった。
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