家族、車中、見送りにて

「忘れ物、ねが? ちゃんと必要な物は揃えであるが?」


「もう、父っちゃったら! いづまでも子供扱いすねでけ! ちゃんと全部持ったす、足りね物があったどすてもあっちで買えばいだげなんだはんで!」


「わーにどっちゃあおめはいづまでもわの子供なんだはんで、子供扱いすて当然だびょんが。そもそもなんだ、折角のクリスマスも年末年始も家族でねぐって東京の友達けやぐと過ごすだなんてよぉ……」


「はいはい、二人ともそごまで。父っちゃもスイも、落ぢ着ぎなさいって」


 駅へと向かう一台の車の中で言い争いじみたやり取りを繰り広げる三名の男女。

 父親とその娘がああだこうだと方言で言い争うのを止めた母親が、双方を窘めるように言う。


「スイ、わがってあげで。父っちゃはあなたと過ごせねで寂しいのよ。わらすの頃がらずっぱど家族で過ごすてぎぢゃーのに、急さ東京のお友達と遊んだりするみでぐなってまったはんで、やぎもぢ妬いでらんずね」


「……わがってらおん。ごめんって。ばって、お仕事って部分もあるんだすさ……」


「へっ! こったごどになるんだったら、Vtuberだなんてものになるの許さねばえがったな! そうすりゃあ、おめも都会にがぶれるごどもねがっただびょんに……」


「父っちゃ! ……あなたもわがってるでしょう? スイがこの仕事始めで、お友達と出会って、どんどんい方向におがってらってごどに。寂しいからってそったごどスイの前でしゃべるのは間違ってらわよ」


「……すまん」


 とても綺麗な北欧美人である母親から強めでありながら優しく諭された父親が、その大きな体を小さくしながら謝罪する。

 美女と野獣という表現がぴったりな夫婦ではあるが、パワーバランスは母親の方に傾いているようだ。


 こうしてスイを見送るためにわざわざ車を出していることから考えても、父親も本心では娘の活動を認めているのだろう。

 だが、Vtuberとしての活動に注力し始めたことでスイが家族から離れていく寂しさも覚えているからこそ、彼も素直になれないのだ。


「……父っちゃが不安さ思う気持ぢもわがるじゃ。だけど、わっきゃ大丈夫だはんで。事務所の社長さんもいい人だす、同期のみんなもほんにいい人たちで、大切な友達だはんでさ」


「……ああ、そうだな。わがってら、わがってらおん……!」


 自分を慰めるように投げかけられたスイの言葉に、諦めたように父親が呟く。

 まったく、これではどちらが子供かわかったもんじゃないと思いながら、顔を上げた彼はミラー越しに娘と目を合わせるとこう言った。


「おめがそうしゃべるんだったら、ほんにいい人たぢなんだびょんさ。めらすのしゃべるごど疑う父親なんざ、この世にいねえよ……ただ、やっぱり寂しいんだよなぁ……」


「父っちゃ……」


 しんみりとした空気の中、車内に無言の時が過ぎる。

 両親はきっとわかっているのだろう、娘がいないクリスマスや年末年始を過ごすのは今年だけではない。むしろ、今年からずっとそうなる可能性が高いということを。


 スイも残り数か月で高校を卒業する。進路ももう決まっているし、その部分に関しては心配していない。

 ただ……来年の春にはもう、彼女は地元から出ていってしまうという事実が、胸を締め付けるような寂しさを感じさせていた。


 Vtuberとしての活動も田舎より都会の方が何かと便利だということはわかっているし、多くの人々が集まる都会の方が様々な学びがあることも理解している。

 だけれども、娘が独り立ちしてしまうことへの寂しさはそんな理解を塗り潰すほどの寂しさと苦しさがあるのだと、父親の胸の内を理解する母は、静かにスイへと語り掛けた。


「わんどのごどは気にすればまいねよ。あっちではお友達と一緒さ楽すく過ごせじゃ。大丈夫、こっちはこっちで楽すくやってらはんで」


「……うん」


 そう返事をしたタイミングで、車が目的地である駅へと到着した。

 荷物を確かめ、両親を順番に見つめたスイは、笑みを浮かべて二人へと言う。


「じゃあ、行ってきます。二人とも、寒さには気を付けてね。それと……よいお年を」


「……ああ、気付げでな」


「いってらっしゃい、スイ。あなたの方こそ気付げでね」


 別れの挨拶をした後、キャリーバッグを手に改札口へと向かっていく娘の背中を見送って……それが見えなくなってからも暫くそこに留まっていた両親は、どこか寂し気な表情を浮かべながら車を走らせ始めた。

 先ほどまでの言い争いが嘘であるかのように静かになった車中で、父親がぼそりと呟きをこぼす。


「方言じゃあねがったな。どんどんあいつも、都会さ染まっていっちまうんだびょんか……?」


 地元を離れて、都会で暮らすようになって、そうしたらスイは自分たちのことも生まれ育った故郷のことも忘れてしまうのだろうか?

 別れの言葉が自分たちと同じ方言でなかったことに一抹の寂しさを覚える父親へと、笑みを浮かべた母親が言う。


「大丈夫よ。もすかすたっきゃ使う言葉は変わってまるがもすれねけれど……あの子がわんどや故郷のごど忘れでまるごどなんてねじゃ」


「……なすてそったごどがしゃべれるんだ?」


「あの子今、大勢の人の前で私たちど話す時ど同ずように振る舞っちゅはんで……わんつか前まで方言で話すこど嫌がっちゃーあの子、トラウマ乗り越えで堂々どおしゃべりでぎるみでぐなった。その姿見でへば、何にも心配いねわよ」


 過去に大勢の人たちに方言を笑われたことをスイがトラウマとして抱えていたと知っているからこそ、今の彼女が方言を使って配信で楽しそうにおしゃべりをしている姿に不思議な安心感を覚える。

 きっとそれはVtuberとして活動していく中で出会った友達やファンたちの支えがあってのことなのだろうと、堂々と素の自分の姿を曝け出すようになった娘を思いながら、母は言った。


「スイは変わってらんでねぐって、成長してるんだ。巣立ぢもきっと、あの子立派になってら証だはんで……受げ入れであげるべよ、ねっ?」


「ああ……わがってら、わがってらさ。ばって、寂しいなあ……!」


 季節は冬、しんしんと降り積もる雪が溶ける春は、まだ遠い。

 だが、その時が必ず訪れることを知っているからこそ、寂しさにハンドルを握る手に力を込めるスイの父のことを、母は優しく慰めるように肩を叩くのであった。

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