お出掛け当日、待ち合わせ

 そうして迎えた週末、零は目的のカフェがある駅の前にやって来ていた。

 時間をチェックし、天との待ち合わせ時刻までまだ余裕があることを確認した彼は、適当な柱に背を預けて彼女を待ち続ける。


 ジャケットにカットソー、デニムとスニーカーという実にシンプルな出で立ちをしている零は、少し顔が怖いことを除けば十分にイケメンと呼ばれる分類に属される見た目をしており、スマートフォンの画面に注目している彼は気が付いていないが、男女問わず通行人からの注目を集めていた。

 そんな中、少しずつ冬に近付いて寒気を感じられるようになった秋空の下、十数分の待ちぼうけをくらっていた零が時計を見つめながらぼそりと呟く。


「……五分遅刻。何やってんだ、あの人?」


 天の方から頼まれたお出掛けだというのに、当の本人が約束の時間を過ぎても姿を現さない。

 もしかしたら電車が遅延しているのかもしれないと思ったのだが、調べてみた限りはそんな情報はなさそうだ。


 遅刻に関する連絡もきていないし、まさか寝坊したんじゃあるまいなと考えながら五分、またそこから五分……と、合計十五分の遅刻を容認し、天を待ち続ける零。

 だがしかし、そこまで待っても彼女は姿を現さないどころか、電話の一本も寄越すことはなく、流石の彼も我慢の限界を迎えて文句の一つでも言ってやろうと電話をかける。


「ったく、あの人は……! どこでなにやってんだぁ?」


 着信音を聞きながら、天への愚痴と悪態を吐いた零が不機嫌そうに表情を歪める。

 ワンコール、ツーコール……と、彼女が通話に出ることを待ちながら、足踏みをして零が苛立ちを行動に表していると――


「ご~め~んっ!! 本当に、すいませんでした~っ!!」


 ――遠くの方から、とても聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 初手、全身全霊の謝罪を繰り出した天は、そのままの勢いで零へと深々と頭を下げる。


「マジですいません! わざわざ無理言って呼び出したのに待たせて申し訳ありませんでした!」


「……一応聞きますけど、遅刻の理由は?」


「寝坊しました! 申し開きのしようもございません!!」


 正直で実によろしい、とは思いつつも心のどこかでぶん殴ってやろうかという思いがあることを否定できない零が深々とため息を吐く。

 寝坊した割にはバッチリとコーデは決まっているなと視線で文句を言う彼に対して、天は半泣きになりながらこう言い訳をした。


「いや、悪いとは思ったのよ!? でもほら、やっぱ推しに会うからには綺麗な自分でいきたいっていうか……ねっ!?」


「そのためになら俺は待たせても構わないと、どういうことでしょうか?」


「ほんっとーにすいませんでした!! この埋め合わせは、必ずさせていただきます!!」


 この場で土下座せんばかりの勢いで謝罪する天に対して、再びため息を吐く零。

 だがまあ、彼女の乙女心ならぬオタク心も理解できるし、反省もしているようだからこれ以上は責める必要はないかと、寛大な心を以て天を許すことに決めた彼は不機嫌な表情を浮かべて言う。


「まったく、子供じゃないんですから時間はしっかり守ってくださいね? 有栖さんと喜屋武さんはそういう部分はしっかりしてましたよ」


「はい、面目次第もございません……」


「まあ、いつもはこういうこともないですし、今回は特別ってことで許します。次からは気を付けるように」


「はい、寛大なご処置に感謝いたします……」


 ……念のためにいっておくが、零の方が年下である。

 見た目は完全に年齢が逆なのではあるが、そこにこういったお説教まで加わってしまったら、天も年上としての威厳はがた落ちだ。


 まあ、そんなもの最初から存在しないといってしまえばそれまでなのだが。


「そろそろ行きますか。ここでこうしていても仕方ないですし、さっさと目的を達成しちゃいましょう」


「おうよ! ……にしてもなあ」


「……なんすか? 人をジロジロ見て……」


 お説教が終わり、カフェに向かって歩き出そうとした零を上から下まで舐め回すように見た天は、腕組みをしながら小さくぼやいた。


「あんたってば顔もスタイルも良い上にセンスまであるから腹立つわ~……! くっそ、その身長ちょっと私に分けなさいよ……!!」


「……奇遇っすね。俺も今、猛烈に腹を立たせる相手と話してるところなんですよ。ムカついてるんで家に帰っていいですか?」


「ごめんって! 違う、これは褒めてるの!! あっ、マジで帰ろうとしないで!! お願いだから戻ってきて~っ!!」


 こういう余計な一言が多い人間ってどこかで会ったような気がするなと思いながら、キングオブダメ人間な義母のことを思い返しながら、いきなり波乱のスタートとなった天とのお出掛けが如何に大変なものになるかを想像した零は、肩をすくめてため息を吐くのであった。


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