調理中と、調理後の反応
圧力鍋を手にした零が作ろうとしている東坡肉は、作ること自体に難しい技術は必要としていない。
単純に、純粋に、手間がかかる料理というだけだ。
食材を用意することもそうだが、工程がそこそこ多いために面倒くさいものがある。
何より、煮込む時間がとても長いことがその面倒臭さを強めているわけだが、そこは初めての圧力鍋を使った料理ということで、零は気にしていない様子であった。
「ふんふん、ふふふ~ん……♪」
最初に数分煮てアクと脂を抜いた後、肉を水洗いして汚れを落とす。
その後に油を敷いたフライパンで皮目から順番にきつね色になるまで各面を焼けば、下処理は完了だ。
旨味を封じ込めつつ、煮崩れを防ぐための処理を終えた後は、待望の圧力鍋の出番。
中華系の調味料各種とネギの青み、薄切りにした生姜と共に食べやすいサイズにカットした豚バラ肉を入れ、圧力をかけつつ弱火で煮込む。
この辺りで有栖の三食カップラーメン宣言を目にした零は、若干のタイミングの良さを感じながら彼女へと白米を用意しておくようメッセージを送った。
【現在進行形で角煮作ってます。芽衣ちゃんに三食カップラーメンなんて不健康な食生活は送らせません】
蒸し器を用意する傍ら、そんな投稿をSNSに投げてみせれば、ファンたちからの賞賛とからかいのコメントが次々と送られてきた。
【一生夫婦でてぇてぇしろ】だの【毎日くるめいでご飯食べててくれ】だの、好き勝手に騒ぐファンたちのコメントに紛れて、見知った名前からのメッセージも届けられていることに気が付いた零が、手の空いたタイミングで彼女らへとメッセージを返信していく。
【その角煮はお姉さんのおっぱい何揉みで食べさせてもらえるの!?@花咲たらば】
【揉ませてもらえなくても最初からお裾分けするつもりなので安心してください】
【私にも食わせろよ!! 揉ませる乳がない奴にはくれてやらないつもりか!?@愛鈴】
【寝言は寝てから言え】
【今からそっちに行けば晩ご飯に間に合いますか!?@リア・アクエリアス】
【落ち着いてください。また今度、こっちに来た時に用意しておくんで】
【絶対ですよ! 絶対の絶対、忘れないでくださいね!?@リア・アクエリアス】
【業務命令です。社長の分の料理を取っておきなさい@CRE8公式】
【これ、パワハラじゃない? っていうか公式アカウントを私用で使わないでくださいよ!】
【角煮……美味しそう……ジュルリ@魚住しずく】
【今度、機会があったらご馳走するね】
【マイサーーンッ!! マンマにも美味しそうな角煮食べさせて~っ!!】
【働け】
とまあ、そんなふうに同期や同僚たちとコメントのやり取りをしている間に煮込みが終わり、零は次の工程へと移っていく。
すっかり味が染み込んだ豚肉を別の容器に移し、その中に煮汁をたっぷりと注いで、その状態で蒸し器に投入して仕上げを行いつつ、余った汁にとろみをつけてタレを作る。
チンゲン菜をサッと煮て忘れずに野菜も用意した彼が皿の準備を始めた頃、ピンポンというチャイム音が響き、土鍋を手にした有栖が家の中に入ってきた。
「お、おじゃましま~す……! ご飯、炊いてきました……!」
「いらっしゃい。こっちももう少しで完成するから、先に準備だけしちゃおうか」
特に慌てる様子もなく、平然とした様子で二人分の食事の用意をしていく零と有栖。
何を隠そう、こうして有栖が零に夕食を厄介になるのは初めてではなく、既に慣れてしまえる程には彼らは食事を共にしていた。
人はそれを半同棲状態というのでは……と思うかもしれないが、深く考えてはいけない。
土鍋からほかほかと湯気を立てる白米を各々の茶碗に盛り付ける有栖の姿が完全に奥さんのそれだとかも思ってはいけないのである。
「お待たせ。初めて作ったからちょっと不安だけど、食べてみてよ」
「わあ……! 凄く美味しそう!」
そうして、食器やランチョンマットが並べられたテーブルの上に出来立ての東坡肉を置いた零が有栖の真向かいの席へと座る。
つやつやとした肉の輝きと食欲をそそる甘い匂いに一気に腹を空かせた有栖は、両手を合わせると大きな声であいさつの言葉を口にした。
「い、いただきます!」
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