【CRE8 THE STAR MAP】

烏丸英

羊坂芽衣の誕生日配信

Birthday Party


『……はい。みなさんこんばんめ~、です。【CRE8】所属Vtuberの羊坂芽衣です』


 静かなオルゴールの音色をBGMとして始まった配信で、リスナーたちへと挨拶をする有栖。

 普段通りの静かな声ながらも、多少はテンションを上げようとしていることが声色からも伝わってくる。


『え~、本日5月10日はね、私の誕生日……ではないんですけれども、約10日遅れの誕生日配信、やっていきたいと思いま~す』


 そう、今回の企画の趣旨を説明した有栖が、そのためだけに飾り付けた配信画面の中で楽しそうにはしゃぐ。

 ショートケーキとジュースのイラストを自分の前に配置し、誕生日パーティーを行っている雰囲気を作り上げた彼女であるが、どうしてだか物悲しい空気が漂っていた。


 ……まあ、それもそのはずだろう。なにせ、パーティーの雰囲気を作り上げているのに、参加者は主役である有栖(羊坂芽衣)しかいないのだから。

 たった1人の誕生日パーティーなんて寂しいだけだと理解しながらも、それを自虐的なネタとしてリスナーたちへと提供する有栖は、苦笑を浮かべながら彼らへと言う。


『えっと……皆さんご存じかもしれませんが、私の誕生日は5月1日でして……本来だったら、その時期に誕生日配信をする予定だったんですけどね、その、ちょうどその期間にお休みを頂いていたせいで、出来なくなってしまいまして……』


 先日のアルパ・マリが流したデマと彼女に扇動されたファンたちの突撃を受けたことでパニックになり、入院するまでに追い詰められてしまったことで活動を休止していた有栖は、運の悪いことにその間にVtuberとしての誕生日を迎えてしまっていた。

 その後、復帰して元通りの活動が出来るまでに状況が回復したまではよかったのだが、1年に1回しか祝えない推しの誕生日をこのままスルーしたくないというファンの声が多く、有栖は9日遅れての誕生日会を主催することになってしまったというわけだ。


 別段、こういった記念配信をすることに抵抗はない。めいとたちからの祝福は本当にありがたいし、彼らから送られてきた諸々のプレゼントの開封とそれに対する感謝の気持ちも伝えたいと思っていたから、機会としては本当にちょうどよかった。

 問題は、先も述べた通りにこの配信の参加者が有栖1人しかいないこと。

 デビューからまだ間もなく、ほとんどの同期たちとも会話をしたことがない上に女性恐怖症であるコミュ障の彼女にとって、自分の誕生日配信に遊びに来てくださいと仲間たちに連絡を飛ばすのは実行不可能な難題であった。


 そして、唯一の希望であった零が薫子に呼び出されたために配信に参加出来ないとくれば、ソロぼっち誕生日パーティーの開催が決定されることとなる。

 一応はPCやスマートフォンの画面の向こうには自分の誕生日を一緒に祝ってくれるリスナーたちがいるわけだし、彼らの存在が救いになっている部分もあるのだが……やはり、こうした企画を実行しておきながら参加者が自分のみとなると、非常に寂しい。


 それでも、折角の記念配信なのだから明るい雰囲気を作り上げ、めいとのみんなと楽しい時間を過ごそうと考えている有栖は、自分なりに工夫を凝らして自分自身の誕生日を盛り上げようとしていた。


『ふふふふふ……! 誕生日だからね、ちょっと奮発して、コンビニで高めのケーキ買ってきちゃった。それに、ノンアルコールのシャンパンも買っちゃったよ~。贅沢しちゃってるな~……』


【俺たちのスパチャで芽衣ちゃんが美味しいものを食べられるのならそれでOK!】

【甘いもの食べて幸せを噛み締めてください!】

【芽衣ちゃん、誕生日おめでとう! ちょっと過ぎちゃったけど、誤差だよ誤差!!】


『ありがとうございます。今日はね、めいとのみんなと楽しく誕生日配信が出来たらな~って思ってるから、一緒に盛り上がっていこうね』


 ケーキを容器から取り出しつつ、ちょっとおしゃれなグラスを用意してよく冷えたシャンパンを取り出す有栖。

 兎にも角にも、こうしてご馳走を用意すれば少しはパーティーらしくなるだろうと、これまでの人生で数えるほどしか参加したことのないお誕生日会の記憶から導き出した結論を基にらしさを作り上げていく有栖は、飲み物を注ごうとシャンパンの口を開けようとしたのだが……?


『あ、あれ? どうやって開けるのかな、これ……』


 人生で初めてシャンパンを買った有栖には、その開け方がよくわからなかった。

 普通のペットボトルや瓶のようにキャップを回して開けるものだと思い込んでいたのだが、よく見ればこれはコルクで蓋がされている本格的な代物ではないか。


 そのコルクをワイヤーできつく抑えている様子のシャンパンの口を見た有栖は、はわはわと戸惑いながら詳しい開け方が書いてないかと瓶をひっくり返したりしてラベルを確認するも、どこにもそういったことは記載されていない。

 若干の不安を抱えつつも、取り合えずこのワイヤーだけでも外そう……と、そう考えた有栖が、手前の輪になっている部分を指で摘まみ、それをぐるぐると回していくと――


――ポンッ!!


『えっ!? ひゃあっ!?』


 そんな景気のいい音が響くと共に、シャンパンの口からコルクが吹き飛ぶ。

 壁をバウンドしてそのコルクが額に直撃した痛みに悲鳴を上げた有栖は、盛大に中身を溢れさせるシャンパンの瓶から手を離すと、そのまま後ろにひっくり返ってしまった。


『いったぁい……なんでこんなことに……ああっ!?』


 材質は柔らかかったものの、結構な勢いがあったことと何より不意を打たれたことに驚いた有栖は、痛む額を擦りながら半泣きの状態で起き上がる。

 そして彼女は、ほんの数秒の間に大きく様変わりしてしまったテーブルの上の光景を見て、先程よりも大きな悲鳴を上げた。


 折角奮発して買ったシャンパンは既に中身が半分以上零れ、ケーキもびしょびしょに濡れてしまっている。

 PCや配信機材に被害がなかったことは奇跡だが、誕生日を祝うためにわざわざ引きこもりの自分が出掛けてまで購入してきたご馳走が一瞬で駄目になってしまった様を目にした有栖は、暫し呆然とした後で瞳にじわりと涙を浮かび上がらせた。


『うっ、うっ……ひっく、ひっくっ……』


【シャンパンは揺らすとコルクが吹っ飛ぶ可能性がある……って言おうとしたけど、遅かったか……】

【大丈夫? なんか凄い音がしたけど?】

【ヤバい(ヤバい)】


『ひっく、ぐすっ……わ、私、だめだめだぁ……! いっつも失敗ばっかりで、1人じゃなんにも出来ないで……折角の誕生日配信も、いきなり駄目にしちゃったよぉ……』


【泣かないで……まだ盛り返せるよ!】

【可哀想は可愛いだが、これは洒落にならん】

【芽衣ちゃ~ん! 大丈夫! 大丈夫だから!! お願いだから泣き止んで~っ!】


『めいとのみんなもごめんね。こんな配信事故起こしちゃって……うぅぅ、本当にごめんなさい……』


 出だしからいきなり失敗し、ご馳走を台無しにしたショックにすすり泣く有栖。

 気分が凹むと気にしていなかったことも気になるもので、そもそも1人ぼっちの誕生日パーティーなんて寂し過ぎることをしている自分自身が嫌になってしまう。

 そうやって、大いに気を滅入らせ、自分自身の不甲斐なさにべっこべこに凹んでいる有栖の悲し気なすすり泣きを配信越しに聞くリスナーたちは、この状況に対する救いを求め始めた。


【駄目だ、どうしようもねえ……一旦仕切り直して、また別の日に誕生日配信する?】

【今から大急ぎでケーキとか用意すればワンチャン……】

【問題は、今の芽衣ちゃんがそんな精神状況かどうかって話なんだが……】


 コメント欄で話し合い、どうにかしてこの状況を収束させる方法を模索するめいとたちであったが、やはり悲しむ有栖の傍にいない彼らには直接的な手を打つことが出来ない。

 励ましのコメントを送り、大丈夫だと有栖を元気付けることしか出来ないことに対する歯痒さを抱く彼らの想いが、限界にまで達しようとした、その時だった。


『えっ……? あっ、えっ!? な、なんで? どうして……?』


 不意に、驚いた様子の有栖の声が響くと共に、画面に表示される羊坂芽衣のモデルが大きく目を見開く。

 その反応から、なにか予想外のことが起きたということを察しためいとたちが緊張に息を飲む中、どたどたという慌ただしい足音が遠のき、また近付いてくる音を耳にした彼らは、その次の瞬間に有栖同様のサプライズを受けることとなった。


『……あ、すいません。お邪魔してま~す……【CRE8】2期生、蛇道枢で~す……』


【は? くるるん!?】

【なんでここに!? 今日は予定があるのではなかったのか!?】

【待って待って待って! 今くるるん芽衣ちゃんの家に居るの!? オフコラボってこと!?】


 唐突に聞こえた蛇道枢(零)の声に驚きを隠せないリスナーたちのコメントが爆速で流れていく。

 彼らと同様、突然の彼の登場に未だに困惑している有栖も、どうして零が自分を訪ねてきたのかと質問を投げかけた。


『あ、あの……枢くん、どうしてここに? 社長さんに呼び出されてたんじゃ……?』


『うん。仕事が終わって、今帰ってきたとこ。んで、今日芽衣ちゃん誕生日配信するって話だったじゃん? だから朝から事務所の料理スタジオ予約してさ……これ、作ってきたんだ』


『え? ええええっ!?』


 ごそごそという音に続いて、嬉しそうな有栖の声が響く。

 何がどうなっているのかが全くわからないリスナーたちがそれでも状況が間違いなく良い方向に進んでいることを確信する中、その期待に応えるようにして、有栖が大声を出して状況を彼らへと伝える。


『ケーキだぁ……! しかもこんなに大きいの! うわぁ、うわぁ~っ!! これ、枢くんの手作り!?』


『一応、そうなるかな。市販のスポンジを買って、生クリームとフルーツで飾り付けしただけだけどね。あとこれ、社長からのプレゼント。シャンメリーだってさ』


『薫子さんが!? えっ、いいの? っていうか、その……もしかして、一緒に誕生日を祝ってくれる、感じ……?』


『うん、まあ……本当は差し入れだけして、後で通話でお祝いしようと思ったんだけどさ、出て来た芽衣ちゃんが半べそかいてるからついつい上がっちゃいました。すいません』


【いや、ナイス! スーパーウルトラナイスタイミングだぞ、枢!!】

【やっぱりお前は最高だ……! お前になら芽衣ちゃんを任せられる……!】

【手作りケーキを手土産に誕生日を祝いに来るだなんて、もう彼氏じゃん! 文句なしのカップルムーブじゃん!】

【ありのまま、今起こったことを話すぜ……俺は芽衣ちゃんの誕生日を祝いに来たと思ったら、くるめいのイチャラブを見せられていた! 何を言ってるのかわからねえと思うが、俺も何をされたのかわからなかった。(尊さで)頭がどうにかなりそうだった。催眠術だとか、超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ。もっとてぇてぇものの片鱗を、味わったぜ……!】

【これがくるめいの世界ザ・ワールドか……!?】


 大ピンチの状況に颯爽と駆け付けた零へと、めいとたちからの賞賛と感謝の言葉が飛ぶ。

 泣きべそをかいていた有栖も完全に復活し、台無しになってしまったケーキとシャンパンの代わりが届いたことでパーティーも仕切り直せる状況になった上に、同僚である枢が同じ空間で一緒に誕生日を祝ってくれるという万々歳な結果に納まったのだから、それも当然だろう。


 零からしてみれば、突発的なオフコラボを行うことで芽衣のガチ恋勢が嫉妬するのではないかという不安もあったのだが……どうやらそれは、全くの杞憂で終わりそうだ。

 状況はよくわからなかったが、めいとが自分のことを待ち侘びていたことはわかるし、滅茶苦茶になっているテーブルと玄関で顔を合わせた有栖の様子を見れば大体の状況も察することが出来た。

 どうやら、本当にナイスタイミングだったようだ……と思いつつ、有栖がVtuberとして迎えた初めての誕生日を楽しいものにしようと決意した零は、先程まで半泣きであったのが嘘であるかのように顔を綻ばせる彼女へと振り向き、笑顔で言う。


『取り合えず、テーブルの上を片付けようか。そんで、そっから仕切り直そう』

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