第66話 やべぇ奴と女神の過去 その一

《side東堂歩》



「インノケンティウスねぇ……」


 花園の怨敵にして、俺も勝手にぶち込まれている『超越者』のカテゴリーに属するという怪物。

 個人的な感想を述べるのならば、また随分と歴史的な大物が湧いて出てきたなというところ。

 ギリギリ一般教養と言えなくもない歴史上の人物であり、オタクや雑学好きだと偶に耳にすることもある人物だ。


「キミはさ、魔女狩りについてどれぐらい知ってる?」

「まあ一通りは。まとめサイトとかをサラッと流し見したぐらいか」


 中世の魔女狩り。世界史を学べば何処かのタイミングで耳にするであろう歴史的なイベントだ。

 アレ、調べると結構面倒な類なんだよな。一般的なイメージの魔女狩りと、現実に起きた魔女狩りとはかなりの差異があるというか。

 発生時期と活発化した時期に結構なズレがあったり。教会はそんなに加熱してなくて、やらかしてたのは実は民衆の方だったりとか。

 原因とか実体、目的やらの諸説がありすぎてかなりの難題になってたはず。


「その中でもインノケンティウスだろ? ……てことは、イカれたオッサンのアレか」


 えーと、スマホで……ああ、ハインリヒ・クラーマーだ。典型的な狂信者、それも勝手に妄想膨らませて現実に当てはめるタイプのオッサン。

 魔女と異端の撲滅に謎の情熱を捧げてて、当時の教皇であったインノケンティウス八世に何度も『魔女裁判沢山させろオラァ!』って上申。

 典型的なダメ教皇であったインノケンティウス八世は、何か知らんが『審問官ってそういう役割だよねー』と、肯定寄りの文書を返してしまい。

 似たようなやり取りを何度か行った末、クラーマーおじさんは鮮やかに教皇の文書を理論武装に悪用するという。

 晴れて公権力を装備したキチゲェオヤジが誕生し、暴走を開始した。


「教皇様の名を盾に『魔女裁判じゃー!』ってエキサイトとしまくって、最終的に上から下までの地域住民の怒りを買いその地を追放。んで、余計に妄想を加速させた挙句、あの悪名高き『魔女への鉄槌』が執筆され、世にばら撒かれる。後世での魔女狩りの教科書が爆誕したエピソードだろ?」


 インノケンティウス八世と魔女狩り関連の出来事となると、多分この辺なんじゃねぇかなぁと予想。


「……割としっかり知識があってビックリしてる。何で?」

「アニメ。同じ人物をモチーフにした魔術があるんだよ」


 暇な時にアニメとかの設定調べたりするからな。その成果って奴よ。


「ただ、この辺の知識も何処まで正しいか怪しいところだがな。所詮はまとめサイトがソースだ。それにマトモな書籍を漁ったところで、ガチの事実なんか書かれてなかろうよ。資料そのものが根本的に違うだろ」

「正解。ほとんどの歴史学者は神秘の存在を知らないからね。こっちの視点からだと、大分違った背景が見えてくるんだ」

「そらそうだ」


 歴史の全部が違うとは言わないが、神秘なんてファクターが入るだけで定説そのものが覆ったりもするだろう。

 失敗とされている出来事が、実は裏では目的が達成されていたとか。その逆も然り。

 魔女狩りなんて正にそれだ。現代ではただの異教徒弾圧やら、女性差別の究極系みたいな扱いを受けている。

 だが一度神秘の存在を知ってしまえば、魔女狩りがただの宗教的イベントとは思えなくなってくるわけで。

 この歴史的な大騒動は、教会主導によるガチの『魔女』を炙り出しという可能性すら浮上してくるのだ。


「本当の魔女狩りってのはどういうものだったんだ? 俺はそっち系の知識はゼロでな。説明してくれるとありがたい」

「もちろん。歴史の生き証人であるお母様から、直接聞いた内容だからね。どんな資料よりも正確だよ」


 それ本当に正確だったりする? 主観バリバリで私怨モリモリの偏向報道だったりしない? そもそも数世紀前のこととか、マイフレンドちゃんと憶えてられるの?


「まず大前提として、インノケンティウスどうこう以前に当時の教会、特にローマ・カトリックはクソです」

「やっぱり私怨入ってるな?」

「そりゃお母様を苦しめた奴らだし。てか、そういうの抜きにしても当時は普通にクソだよ?」

「……まあの」


 教義云々まで否定したら宗教戦争待ったなしだが、当時の聖職者たちに焦点を絞るとね。全力でオブラートに包んだ評価で『クソ』だからね。


「挙げるとキリがないから割愛するけど、当時の聖職者の横暴は酷いものだった。倫理だって発展途上だったし、現代と比べものにならない地獄の時代だったんだって」

「ほうほう」

「で、そんな中で流行りだしたのが魔女狩り。歩君が挙げたのも、流行に伴ったエピソードの一つだね」

「嫌な流行だねぇ」


 気に入らねぇ奴を吊し上げるリンチが流行したってことだからな。殺伐としすぎて涙が出てくるよ。


「ただこの魔女狩りってさ、実態を知ってると笑えない類の皮肉なんだよね。どれだけ当時の聖職者たちがクソなのかが分かるよ」

「何で?」

「彼らがイメージする魔女、要するに男女関係ない悪魔憑きだね。それと教会上層部の聖職者。これが実際のところほぼイコールだったから」

「えぇ……」


 どういうことだってばよ。


「単純な話だよ。当時の魔女のイメージは、まんま今でいうところの魔法使いのそれなの。で、教会の上層部にいるような聖職者は総じて魔法使い。だから魔女の同類なんだよ」

「……聖職者なのに魔法使いなん?」

「神秘を扱う人間は総じて魔法使いだよ。技術体系が違うだけで、括りで言えば同じものだし。単に向こうが『奇跡』とか『秘跡』って言い方を変えてるだけ」


 あー、はいはい。そういう系ね。魚類と哺乳類のような根本的な違いじゃなくて、哺乳類の括りの中での犬猫ってことね。

 なるほど笑えねぇわ。本物の魔女を聖職者様と仰いでありがたがっていながら、偽物である一般市民は吊し上げられてリンチされると。クソすぎるわ。


「……ふと思ったんだけどよ。魔女狩りってまさかアレか? 教会のお偉方が主導して、他のガチ魔法使いを叩き潰すのが裏の目的だったり?」

「あはははっ。──もっと笑えないに決まってんじゃん。魔女の概念が表の世界で自然発生したから、適度に油注いでキャンプファイヤーやってただけだってさ」

「はいクソ。もうクソ」


 予想を超える邪悪な解答が出ちゃったよ。お約束の勢力争いかなと思ったのに、実際はただの愉快犯とかお前さ……。


「あくまでお母様の分析だし、混乱に乗じてそういうこともやってたみたいだけどね。それでも勢力争いに表の、それも神秘の前では無力に等しい民衆を巻き込む必要なんてない。専門の戦闘部隊を運用した方が合理的だし、実際にそういう奴らは実在したんだよ。なんだったら現代まで存在しているし」

「回りくどい手を打つより、シンプルに殺し合う方が手間もないと」

「そ。だから魔女狩りの発生には、教会の上層部は関わっていない。それでも魔女という概念は異常な速度で各地に浸透していったし、下っ端の聖職者や異端審問官で熱を上げる者も出てきた」


 裏の神秘関係では無意味に等しい。表の方でも世が荒れるだけ。実際、表の歴史では教会側も魔女狩りに否定的な時代もあったという。

 それでも加速度的に魔女狩りという悪しき文化は広まっていくことになる。

 魔女の存在をまやかしと断言できる知識と、騒動を鎮静化させるだけの力を持つ者たちがいながらだ。それは何故か?


「──愉しんでたんだよ。無知な連中がありもしない空想に取り憑かれていくことを。自分たちの言葉一つで、多くの人間が理性を喪っていくことを。当時の教会上層部は、そしてインノケンティウスはそういう奴だった」

「クラーマーおじさんの一件もそういうことか」

「うん。現代の通説では、インノケンティウスはハインリヒ・クラーマーに魔女狩りの強権までは与えていないとされている。でも違う。失態とならないように明言は避けただけで、そうなるようには誘導していた」


 曰く、奴は故意に解釈のしやすい書簡を返した。

 曰く、そもそもクラーマーが抱いた狂気すら、大元を辿ればインノケンティウスたち教会上層部が植え付けたものだった。

 それは断言できるという。何故なら当時の教会上層部はそれだけ腐っていたし、なにより直接対峙したマイフレンドが当人の口から聞いたのだと。


「で、このタチの悪い屑どもの遊戯が、お母様の存在を暴いてしまった。人里離れた場所でひっそりと暮らしていたお母様のもとに、魔女狩りの魔の手が忍び寄ってきたんだ」

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