魔王が死んだ ~ロクでなし男と真面目淑女の物語~

山芋ご飯

魔王が死んだ

 かつて最強と呼ばれた魔王がいた。

 彼の力は絶大で、歴代魔王でもトップクラスの魔力と拳だけで王国軍15万程度なら相手にできる圧倒的な身体能力で当初魔王の座を狙っていた幹部たちを軽くあしらうと、歯向かう魔物は一切いなくなった。

 しかしこの魔王、とにかく先代までの魔王とは一線を画す個性があった。

「この文献にある“ぱん”という食べ物が食べてみたい」

「原料小麦粉なのでパンデミック起きますけど大丈夫ですか?」

「原料変えればいいだろう」

 そんなやり取りの後に小麦粉が食べられない魔物でも食べられるようなパンを開発した。

「明日、幹部のミルトの誕生日だ。お前らバレないように速やかに準備を始めろ!アイツはテレポートが使えるから私が魔法無効の障壁を張っておく!」

「魔王様、簡単な魔物避けもしておきました!」

「馬鹿者が!簡単に済ますな!誕生日は年に一度なんだぞ!?」

 生まれた日になんて興味がなかった魔物たちに誕生日という概念を与えて、どれだけ位が下の魔物でも何かしら魔王はプレゼントを贈っていた。

 最初こそ強さで従えているだけで周りの魔物からは疑念に渦巻かれていた魔王だったが、絶対的な手腕や魔王ではなく魔物として生きている彼の生き様に少しずつではあったが信頼を置く者も決して少なくなかった。

「ん?王国からの詫びの品か。くだらん、捨てておけ」

「それなんですが……」

「は?人だと?」

 そしてそんな中で、とある人間の女性に出会った。

「シャルテと申します」

 人質や供物に近いものとして送られてきた彼女だったが、気が強いが誰よりも面倒見が良い性格と自分の置かれている状況にも絶望しない精神力が彼女にはあった。

 大した興味もなく、最初は雑用やら家事をさせていたが、その仕事ぶりを見て魔王の側近まで出世した。

「シャルテよ。この国はどうだ」

「この立場ですから。素直な気持ちは言えませんがいいですか?」

「……なら立場が変わればいいのか?」

 シャルテは優しくはにかむ。

「そうですね。でも今以上の立場なんて」

「俺の隣で良ければ開けておこう」

「……幸せにしてくださいね」

 次の日には魔王と人間の女性シャルテは結婚した。

 魔物たちも最初は驚きこそあったものの、魔王の性格やシャルテの人間らしい強さを知っていた魔物たちの中に文句を言うものは誰も現れず、結婚式の日には魔物たち総出でお祝いした。

 魔王軍としての功績も多くあり、領地の拡大こそ少なかったが知性を持たない魔物たちの巣を占領するなど、魔物人間が危険視するものは極力力を抑えた。

 他にも食糧問題、知性を持たない魔物に対する対処など自らの力で平和を作り出し、そしてその上に将来に繋がる確実な安寧をもたらした。

 そんな幸せは魔王とシャルテの間にも訪れた。

「生まれたか!?」

「うるさいわよ。この子の泣き声をちゃんと聞かせて」

 魔王とシャルテの間には一人息子が誕生した。

「あなた。名前はどうする?」

「この子には人の名前を付けてほしいんだ。それがこの子にどんな影響をもたらすかは分からないが、お前のような心の強い子になってほしい」

「そうね……どんな形でも幸せになってほしいわ」

 名を「エリン」と名付けられて、すくすくと成長した。

「やっぱり全体的に私に似てイケメンね」

 ゆりかごでウトウトとするエリンの頬を指で突きながらシャルテは言う。

「いや、輪郭とか髪の色とかは俺にそっくりだと思うんだが」

「あなたに似て悪人面にならなくて良かったわ」

 母に似た品性な顔立ちと、父に似た黒く鮮やかな髪の色で小さい頃から魔物たちに愛されてきたエリンだったが、物を覚えてくることには様々な自覚を持ち、剣を自ら握った。

「ミルトさん……俺に剣を教えてください」

「稽古ではなく、ただ私に、ですか?」

「はい、ミルトさんの剣を俺に教えてください」

「……私は厳しいですよ」

 潜在意識にあった人間としての自分は、魔物に劣ると考えたエリンはひたすらに剣を握り、そして魔法を学んでいった。

「エリン、お前を魔王直属指揮官に任命する」

 そして16の頃には幹部にまで上り詰めていた。

 そこに親の七光りはなく、父と同じく力で全てを納得させた。

 決してそれからの道も優しくはなかったが、それでも彼が何かを投げ出すことはなかった。

 魔物たちにも、そして両親にも愛されたエリンの魔物としての日常。

 それは魔王の死によって訪れたのだった。

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