第27話 優しい上司はピザを奢る

「こちらにはいないようだ」

伐文ばつもんさん。こちらもです」

 コウが部屋に入ってきた大柄の男にそう告げると、彼はそうかと低い声で応えた。


 ルゥド商事の幹部の一人、伐文―――大柄なその体型は立っているだけでも迫力がある。

 沈黙寡言かげんな彼は騒がしいルゥド幹部の中では希少な存在であるが、その口数の少なさゆえ、幹部以外の社員からはよく怒っているようで近寄りがたいといわれている。

 実際のところは慎重に言葉を選んで話しているだけで、怒っているわけではない。しかしごく稀に伐文から話しかけようとすると、長身なために自然と相手を見下げる形となり、それだけで怖気づき逃げ出す者もいる。その度、実は秘かに少し傷ついていたりするのは誰も知らない。

 だが直属の部下であるコウは普通に接してくれるため、伐文もありがたく思っている。


「食べるか」

「それは……?」

 懐から伐文が取り出したのは、大型トラックに踏み潰されたように平たくなった何かだった。

「ピザをひとつ購入した」と原型をとどめていない袋を開ける。「腹が減っては戦ができぬ」

 手で掴んだそれを半分にちぎり、いびつな形をした物体の片方を差し出した。

「見た目は不格好だが、本質に変わりはない」

「はあ」

 呆気に取られつつもコウは一口頬張ると、グロテスクな成り果ての見かけによらず、意外な美味しさに感動する。


 コウはルゥドに所属してから伐文の部下として働いている。これまでいくつかの仕事に同行し、身の振り方などをみてきた。初めはガタイが良いうえに表情が全く変わらない伐文のことを怖いと思っていたが、実は部下のことを気にかけてくれる器の大きい人だとコウは最近実感している。


「美味しいですね」そう云うと、伐文は無表情に咀嚼そしゃくしながら頷いた。

「でも伐文さんこれ―――」コウは食感を吟味する。「ピザっていうより、じゃないですか?」

 伐文は表情を変えないまま首をかしげる。

「どう違うんだ」

「……いえ、本質的には変わりないです」

「そうか」

 天然なのか、とコウが思ったことを伐文は知るよしもなく、二人は黙々と食べ続けた。


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ 


「おい、どうするんだよ」

「どうしようかしらねぇ。こんなややこしい依頼とは私も思わなかったわ」

 ひそひそと話す静雫とマスターは、光介と久留野の様子をちらちらと伺う。

「やっぱり素直に今回は引いた方がいいんじゃないか。無理だって、あの人が異能者かどうかだなんて見破るの」

「そうよねぇ……でも演奏も堪能しちゃって前払いされたようなものだし……」

 あの、という久留野の声に、二人はびくっとする。

「すみません……私もそろそろよろしいでしょうか」

 久留野はよく見ると少し疲れた様子だった。

「あ、ええ。すみませんね、公演後にお疲れでしょうに」マスターは気前よく返事するが、内心は少し焦っている様子だ。

 しかし無理に引き留める適当な理由も思いつかず、久留野は軽い挨拶を済ませて出て行ってしまった。


「うーん……光介さん、本当に彼女が特別な力を使っていると?」

「ああ。間違いない」

「でもだとしたら、なんでステージ上でだけ……発動制限がなにかあるのか?」

「その説が有効そうね。私たちにもそれぞれ、多少の制約はあるし」

 ふぅ、と息を吐いてマスターはよし、と頷いた。

「静雫と木騎、あなたたちは久留野さんの後を追いなさい。夏目は京也を連れ戻してきて。まだここら辺にいるはずだから」


 ―――指示を受けた三人が去ると、マスターは光介に向き直って苦笑いする。

「こんな大掛かりにする必要なかったんじゃありませんか?」

「協力に感謝するよ」光介は片目を閉じて微笑み返した。

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